【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし

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2、毒を食らった日の温玉乗せばくだん丼

 ……浸水し始めてから12時間経つな。
 よし、そろそろ炊くか、玄米!
 ごぼうはクシャクシャにしたアルミホイルで表面の泥を削り洗って、千切りして酢水にさらす。
 にんじんも同じように千切りにして、フライパンに胡麻油をひいてごぼうと一緒にしんなりするまで炒める。
 きんぴらの味付けって、甘くしたりお酢を入れたり家庭によって全然ちがうよな。
 俺は水大匙3、酒大匙1、醤油大匙2、みりん大匙2、鷹の爪一本くらい入れて甘さ控えめのピリ辛味に炒め煮する。
 汁気がなくなったら仕上げにいりごまを振って、きんぴらごぼうの完成だ。
 次に、袋のまま塩ずりして洗ったオクラを完全に火が通らないくらいまでレンチンして、2センチくらいの輪切りにする。
 皮を剥いた長芋をサイコロ状に切って、オクラ、納豆、醤油大匙1にチューブわさび耳掻き一杯分を溶いた液と一緒に軽く和える。
 ……勇者くん、食べられないものは特にないって言ってたけど、納豆平気かな?
 食べる直前にスーパーで安かったパックのマグロのタタキを添えて、千切った海苔をトッピングするから、それまでは冷蔵庫にしまっとこう。
 今日の香の物は職場で貰った京都土産のすぐき漬けだ。
 すぐき菜っていう蕪みたいな京野菜と塩だけで漬けた乳酸菌たっぷり漬け物で、芝漬け、千枚漬けと並んで京都三大漬け物のひとつなんだって。
 今日は葉っぱと実両方をみじん切りにして混ぜちゃって、醤油垂らして小山に盛り付けちゃおう。
 そして、今日のメインディッシュ、昨日の晩からジッパー袋で味噌大匙2とヨーグルト大匙2に漬け込んでおいた鮭の切り身だ。
 これはもうキッチンペーパーで軽く表面を拭いて、キャベツとしめじを下敷きにしたアルミホイルで作ったお皿に乗っけて魚焼きグリルで7分か8分焼くだけ。
 汁物は中華顆粒だしベース。
 小鍋に水300CC、酒小匙1、中華顆粒だし小匙1、塩ひとつまみ、砂糖ひとつまみ、よく洗った生食用のもずく100g、大きめに賽の目切りしたトマトを入れて沸騰させ、火を止める。
 食べる直前になったらもう一度沸騰させて、溶き卵を投入してかきたまにしたら完成。
 器に盛る時に小ネギを散らして、ちょっと辣油を垂らしたら美味しいかも。
 そこで、ガチャリとクローゼットの扉が開いた。

「た、ただいまっ!」

「お、おかえりー……って、ど、どうしたの勇者くん! なんか顔色がおかしいよ!?」

 よろけるようにクローゼットから出てきた勇者くんの顔色は、青ざめてるのを通り越して紫色になっていた。
 唇も真っ白で、寒いのか歯がカチカチと小刻みに震えている。

「……大丈夫。 実は今日攻略していたダンジョンのフロアに、一帯が毒沼化している場所があって。 そこを通る時にやむを得ず毒を受けることになってしまって。 セーブポイントの中に入ったのですぐに回復すると思います」

「だ、大丈夫なわけないだろ! 鎧脱ぐの手伝うから、早く横になりな!」

「……すみません、羽佳はつかさんの手を煩わせてしまって」

「そんなのいいから」

 勇者くんは変なところで謙虚だ。
 まだ十九歳の子どもなんだから、もっと大人に頼ってもいいのに。

「せっかく晩飯の準備したけど、仕方ない。 冷蔵庫に入れられるものは入れて俺が後日食べるとして、玄米と鮭はこのままおにぎりにするか。 スープくらいなら勇者くんも食べられるだろうから、朝食にはこれとパウチのおかゆを用意してっと」

 勇者くんの鎧を剥がしてソファーに寝かせた俺は、ひとりで処理するにはかなり多めに作った晩飯を片付けようと手を伸ばした、その時だった。

 「ぐうぅ~~っ」

 いつものTシャツに着替えて、ソファで横になっていた勇者くんの腹の虫が元気に鳴く。
 嘘だろ、もう毒が回復したの?!

「あの……」

 俺はハッと我に返る。
 勇者くんが上体だけ起こして、申し訳なさそうにこっちを見ている。

「あ、ごめんごめん、お腹すいちゃったよな。 ちょっと遅くなっちゃったけどそろそろ晩飯にしようか」

 まあ、何はともあれお腹すくぐらい回復してよかったよ。
 汁物を暖めなおして、ご飯をよそってと。

「さ、食べよっか。 いただきます」

「イタダキマス」

 俺と勇者くんは向かい合って手を合わせ、今日も一緒にご飯を食べる。
 
「今日のコメはいつものと違って茶色いんですね」

 勇者くんは玄米をひとくち頬張り、目を輝かせる。

「風味が香ばしい! それに、いつものに比べて食感が固めでしっかりしてる。 いつもの白いコメも甘くて柔らかくて美味しいですけど、これもこれで美味しい……! この刻んだ酸っぱい菜っ葉にもよく合う」

「玄米だからね。 これを精製したらいつものあの白い米になるんだ」

「へえ~」

「白米より消化に悪いから、ひとくち口に入れたら三十回は噛むんだぞ」

 俺がそう言うと、勇者くんは慌ててシャキッと背筋を伸ばしてもくもくと口の中のものを咀嚼した。

「スープがなんだかぬるぬるしていますね。 核を破壊したスライムの死骸みたいだ」

 勇者くんはスライムの死骸、もとい、もずくとトマトのかきたまスープを恐る恐るひとくち啜る。

「んん、鶏出汁の旨味を吸ったぬるぬるがツルっと口に入ってくる。トマトの酸味とふわふわの卵がよく絡んでて、ちょっとピリッとしてるのがまたいいですね」

「なあ、やっぱそっちの人ってその辺でスライム捕まえて食べたりすんの?」

「? しませんよ。 お金持ちが道楽で育てた食用のスライムってのは確かにあるみたいですけど、そもそもスライムに限らず野生種には寄生虫がうじゃうじゃいますから食用には向きません」

「そ、そっか」

 てっきりファンタジー作品あるあるでモンスターとか食べたりすんのかな?って勝手にワクワクしてたけど、いやそりゃそうだよな、その辺のもん捕まえて食ったりとか普通はしないよな。
 だって、そんなの俺らでいったらその辺の公園でナメクジとか捕まえてそのまま食うみたいなもんだもん。
 それってどんな野蛮人だって話だよ。

「この魚も柔らかくて美味しいです。 ほのかな酸味とまろやかなコクがあって、しんなりした野菜と一緒に食べると口の中が幸せです。 風味がちょっと、いつも出してくれるヌカヅケに似ていますね」

 鮭の味噌ヨーグルトちゃんちゃん焼きとご飯を交互に掻き込む勇者くん。
 香の物や汁物はもちろん、小皿に入れてたきんぴらごぼうなんか秒で消えていく。
 しかし、それまで淀みなく動いていた食事の手が、ひとつの小鉢の前でピタリと止まった。

「……あの、羽佳さん。 これは? なんだか豆の腐ったような臭いがするのですが」

 どうやら勇者くんは、納豆に警戒を示しているようだ。

「あー、それは納豆っていって、腐ってるんじゃなくて大豆を発酵させたものなんだけど……ごめんな? ついひとり飯の時のクセで、和えてから気付いちゃってさ。 勇者くん納豆無理そうなら食べなくていいよ。 そっちは俺がもらう。 代わりにほら、マグロのタタキは別に取り分けてるからさ。 あ! ってか生魚も無理か? うわっ、どうしよ」

 俺が小鉢を下げようとするのを、勇者くんが慌てて押し留める。

「羽佳さんが僕に勧めてくれるものに悪いものなんかひとつもないって信じています。 なので、そのナットウという豆も生の魚も、全部余さずいただきます」

「本当? 結構外国人とかでも納豆駄目なひといるからさ、無理しなくていいよ」

 心配する俺をよそに、「大丈夫です!」と勇者くんは覚悟を決めたようにフォークスプーンを構えた。
 そして、マグロのタタキを小鉢に乗っけると、一気に掻き込む!

「……っ!」

 カッと勇者くんは目を見開いた。

「お、美味しい! 白い野菜のシャキシャキした歯触りと、緑の野菜のぬるぬるサクサク感、そしてねっとり濃厚な半生の魚の身! これらをほんのり苦しょっぱいナットウのネバネバ感がうまくまとめあげている……! 散らしたノリと、絡んだ調味液のツンと鼻にくる辛さが見事に調和し合っている!」

 よかった、勇者くん納豆も刺身も平気そうだ。

「あの、羽佳さん、こ、これ、コメにかけても美味しいのでは……?」
 
「お、ばくだん丼いいね。 だったら勇者くん、ご飯おかわりいるよね?」

「いります!」

 はい! おかわりいります頂きました!
 俺は勇者くんのどんぶりにおかわりのご飯をよそうついでに、マグカップにちょっとだけお水を入れてそこに卵を一個落とし、ふんわりラップをかけて電子レンジで即席温玉を作った。
 一合のどんぶり玄米ご飯にばくだんをたっぷりかけて、その上に温玉を乗せる。
 うーん、完璧なビジュアルだ。

「う、わぁ……! 半熟の黄身のとろみがまた合う……! ちゃんと三十回噛まなきゃいけないのに、コメを口に運ぶ手が止まらない~~!」

 今日の酒はストがゼロする度数きつめのグレープフルーツ味チューハイだ。
 っっ、かーーッ!! 勇者くんの食べっぷりを肴に飲むチューハイうまーーッ!!



◆◆◆



 勇者くんはもうすっかり本調子みたいだ。
 女神の加護ってやっぱチートだな……。
 ぶっちゃけちょっと羨ましいかも。同じ空間にいるはずなのに何で俺にはなんの効果もないんだろう?

「今日もゴチソウサマデシタ。 とっても美味しかったです。 でも今日の料理は、なんだかネバネバぬるぬるしてる変わったものが多かったですね」

「それについちゃ、これ食べたあとに説明させてもらおうか」

 食後のデザートの市販の酒粕甘酒を寒天で固めて黒蜜かけたやつを綺麗に食べ終えてから、俺は勇者くんにことの経緯を話しはじめた。

「まず、何故いきなり玄米なんか炊きはじめたのかというとだな。 ご飯どきに汚い話で実に恐縮なんだが、先週の土曜日くらいから38度の高熱と激しい腹痛、嘔吐感に見舞われてちゃってさ。 上からも下からも大洪水なわけ。 んで、病院に行ったら食中毒って言われて」

「ど、毒!? 羽佳さん大丈夫なんですか!?」

「ん、ヘーキ。 抗生物質処方してもらったし、熱も腹痛も三日くらいで収まったから。 ただ医者が言うには、検査の結果、腸内から未知の細菌が検出されたらしいんだよね」

 ごく稀にこういうことあるんだよね。 
 お兄ちゃんここ数日の間に外国の生水とか飲んだりしなかった? 
 駄目だよ簡単に異郷のものを口にしちゃ。 
 向こうの人間は平気で食べてるものでも、こっちの人間じゃ消化できないものって結構あるんだから。
  ──そんなおじいちゃん医者の話を聞いて俺が真っ先に思い当たったのは、先週の金曜日に勇者くんがお土産に持ってきてくれたダンジョン産の果物である。

「ああ、ダイアリアの実のことですか?」

 そう、そのダイなんとかの実。
 勇者くんの故郷ではポピュラーな果物らしくて、せっかくなのでありがたく頂戴した。
 見た目はパパイアに似てて、味は熟れてないメロンって感じでまあまあ美味しかったんだけど……
 多分それが食中毒の原因だったのかなって。 
 直近で食べた未知の腸内細菌が検出されるようなものってそれくらいだし、他に変なもの食べたりもしてないしさ。
 俺の言葉に、勇者はサーッと顔を青くして椅子から立ち上がった。

「ご、ごめんなさい! まさかダイアリアの実が腐ってたなんて気が付かなくて!」

「あ、ううん! 違うんだ! 勇者くんもその果物も全然悪くないよ!」

 今にも死にそうな形相でペコペコ頭を下げる勇者くんを、俺は苦笑いで制する。

「これはただの俺の憶測なんだけどさ、多分勇者くんの世界の食べ物って、俺の身体の腸内細菌じゃ消化しきれないんじゃないかな? それで食中毒を起こしたんだと思う」

「ちょうない……?」

「うん、勇者くんの世界でもあるだろ? その土地の人が平気で食べてるものでも、よその人間が食べると身体に合わなくて腹壊したり湿疹が出る食べ物って。 あの果物は俺にとってそういう類いのものだったんだと思う」

 心当たりがあるのか、勇者は顎を摘まんでなにやら「なるほど」と頷いている。

「それで今回の献立は腸活にいいものばっかにしたってわけ。 腸内細菌の状態がいいと、身体に取り入れた毒素が早く抜けてってくれるみたいだから」

「そんなことがあったんですね……。 気付かなくて本当に申し訳ない」

「いやいや、何も考えずに『異世界の果物だ!』ってはしゃいじゃってた俺がアホだったんだよ! 勇者くんは100%善意でお土産くれたわけだし気にしないで! ……ただ、ごめんなんだけどさ、今後は勇者くんが持ってきてくれた食材は遠慮させてもらいたいなって」

「はい、それはもちろん。 ……でも、食材の差し入れもできないとなると、今後はどう食事のお礼をすればいいのか……」

「そんなのいいって。 勇者くんが無事に帰ってきて、うまそうに飯食ってる姿を見せてくれたら、もうそれだけで充分だから」

 言っとくけど、これはマジのガチの本心だからね。
 だって勇者くんと一緒に飯食うと、メチャクチャ酒が進むんだよ。
 俺みたいな先のない二十七歳独身フリーターが若い子と一緒に飯食えるなんて、それだけで充分ご褒美だから。
 でも、「そんなんじゃ全然お礼になってないです!」と勇者くんは納得いってないみたい。
 勇者くんにはまだわかんないかな、この気持ちは。

「勇者くんはこっちの食材食べても全然腹壊したりしてないよな? それも女神の加護のおかげ?」

「そうだと思います。 向こうで受けた毒はここではすぐに回復しますし、多分敢えて毒入りの料理を用意されたとしても、無毒化して問題なく食べきれると思います」

「いや、毒入りの料理て。出さないよそんな物騒なもの」

「ふふ、分かってますよ」

 お、勇者くん、やっと笑ってくれた。
 今日飯食う前はずっと毒で苦しそうだったもんな。
 勇者くんにはダンジョン攻略の使命がある。
 時間が来れば、モンスターと戦って怪我をしたり、毒の沼に入らなきゃいけなかったり、俺にはとても想像もつかないような過酷な道のりに勇者くんは戻らなければならない。
 だからせめて、この部屋に来ている間だけは美味しいものをたらふく食べさせて、ゆっくりさせてあげたいんだ。



【本日のおしながき】
玄米ご飯
鮭の味噌ヨーグルトちゃんちゃん焼き
オクラと長芋とマグロのタタキの納豆和え+温玉
ごぼうとにんじんのきんぴら
もずくとトマトのかきたま汁
すぐき漬け
酒粕甘酒の寒天黒蜜かけ
感想 4

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