光陰の足跡

阿丘

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第十七話 絵空事

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 服と肌の隙間に冷たい風が侵入して、リオーネは思わず身震いした。
 冬が近づき、脳の頂点までもが冷える風が吹く中、それでも兵士たちは村民を外からの脅威から守るため、訓練に励んでいる。近頃は特にその様子が顕著だ。
 リオーネにも族長として村民のみんなを守る責務があるが、他に仕事があるため、一般兵士のように一日中ずっと訓練を積み重ね続けることは叶わない。そのためたまに兵士の前で実演し、指導を通することで身体が鈍ってしまわないようにしている。

「そこ、もう少し差し出す足に力を入れて、突きに勢いをつけて。」

「はい!」

 指示を出された兵士は、素直にそれを聞き入れ、行動にした。
 リオーネはそれぞれ模擬戦をしている兵士達を厳かな顔をしながら見渡し、誰かが走ってくる音を耳で拾うと、表情はそのままで振り向いた。

「大変です、族長!村の東の入り口の方から例の不審人物が集団を成して襲って来ています!」

「今の言葉、聞いた?君たちから見て訓練所の左側のコートにいる人はここに残って見張って、右側の人は俺について来て!」

 あたりには瞬時に緊張感が走って、兵士達は各自自分の武器を手に取った。
 それを確認したリオーネは、半分の兵士を率いて、動いているものの何にも負けないというような勢いで東へ向かっていった。
 村の入り口まで到達すると、見回り兵が言った通り、そこには腕を伸ばし、何かを心から求めているようにも見える人の群がこちらに向かってきていた。
 初めて目撃されたときから今に至るまで、彼らには変化があった。
 彼らの目は変わらず虚ろのままであったが、腰は栄養不足を疑われるほどに細く、それと見比べると腕と脚の筋肉は異常なまでに発達しており、全体的に見ると砂時計の形に似ている。
 あまりにも普通の人間とは思えないような姿形をしている彼らはもはや不審人物ではなく“変異者”という呼び名の方が近しいだろう。

「村からまだ距離があるうちに、こちらから行って迎撃しよう!村民のみんなに危害を加える奴は誰一人として逃すな!」

 リオーネがそう言って先陣を切ると、兵士達も「うおー!」と叫んで狭い村の門から次々と出て行く。
 誰かが武器を一振りするたびに鮮血が空中を舞う。変異者の血液は緑でも青でもなく、人間らしい温度を持った赤だった。この風景だけを見れば、今、敵として手にかけている者をまともな人間と見間違えてしまいそうだ。
 集団でやって来ていたとはいえ、リオーネが想像していた数よりも少なかったため、決着はあっという間についた。

「あいつら日に日に強くなっている気がしないか?今俺の腕すっごく痛いんだよ。信じられるか、これあいつらがやったんだぞ?」

 一人の兵士が自身の腕を摩りながら、仲間にそう言った。
 変異者の攻撃が当たってしまったことで体に大きな傷を残してしまった人は少なくなかった。意識不明に至るまで酷い怪我を負わされた兵士がいなかったことだけが喜ばしい。
 支え合いながら訓練所に戻ると、なんとそこには誰もいなかった。
 訓練所の近くに住んでいる村民をリオーネが尋ねると、「訓練所に残っていた兵士は、北の入り口も襲撃にあいそうだという報告を受けて、そこに向かっていったぞ。」という言葉が返って来た。

「族長が人を半分残して置くようにして良かった……」

「そうだな……」

 万が一のために、リオーネは無傷であったり、軽傷で済んだ者から何人か連れて北の入り口へ援助をしに行こうとしたが、間もなくそこに駆けつけていた兵士が帰って来た。
 リオーネが引き連れていたグループよりも怪我人が多く、その傷もより酷いものが多かった。
 本来なら怪我した兵士は皆、医療所に行って痛むところを診てもらった方がいい。
 しかし医療所は原因不明の病気にかかった患者で圧迫されそうであることを知っているリオーネは、負傷者を一人一人天秤にかけて、重症者を数名だけ医療所に送り、残った負傷者はひとまず簡単な手当てだけすることにした。

「あの、リオーネ族長。」

「何?」

 リオーネに包帯で足を固定されている一人の兵士が急に口を開いた。

「俺達の平穏が戻ってくるのは、いつでしょうかね?」

 かつての日々を想う言葉を吐き出した兵士の口は震えていた。
 リオーネは村の外側を静かに見た。そこに広がっているのは見慣れた長閑な草原ではなく、血液によって青々しい草が赤黒く染められてしまった不調和だった。

「……それは、ごめんね。俺にもわからない。」

 雨が降るたびに、争った跡は消えて無くなってしまうが、兵士や村民の不安や不満などの負の感情はどんどん蓄積していき、大海原に流れていったりはしてくれない。
 ここ数日、リオーネはそのことを肌でひしひしと感じていた。
 情けなさに支配されたリオーネがつい痛くしてしまったのか、兵士は手先と足先をぴくりと動かした。
 すると兵士はそれだけでなく、胸を苦しそうに抑え、目をまめの潰れた手で覆った。目の上にあった屋根が取っ払われたとき、涙はそこにはなかったものの、彼の目は充血して赤くなっていた。
 
「俺の妹が、病気に罹っちゃったんです。日を追うごとに目に見えて衰弱していって、それと共に妹の笑顔も消えてなくなりました。」

「君の妹って確かまだ……」

「そうです。まだ六歳七歳の子供なんですよ。俺の妹はまだ、ぽかぽかのお日様に包まれて、空を見ては、雲に乗って、それを食べながら村中を一周、みたいな絵空事を口にするような年齢だっていうのに……」

 その兵士の話を聞くと、リオーネの胸も鎖に締め付けられたような感覚になった。
 何と言っても、この兵士の妹はリオーネがよく一緒に遊ぶ子供達のうちの一人なのだ。
 項垂れる兵士を目の前にして、リオーネは何も言えなかった。現状は少し昔にリオーネが立てた理想から間違いなく離れていっている。

(俺の夢も目標も、結局は子供が描く絵空事のようなものなのかな……?)


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