顔の裏側その顔は。

ASFAKE

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阿媽波 天羅立つ!!

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異形町いけいまち】に、新たな住人が足を踏み入れる。

 石畳に響く靴音が、古びた街並みの静けさを切り裂く。
 曲がりくねった路地、歪んだ看板、窓に映る逆さまの空――異形町は一見、不穏さを隠しきれない景色を纏っている。
 新参者の表情は晴れやかだった。
 瞳は好奇心に輝き、唇にはわずかな笑みを含んでいた。
 希望が灯るその顔は、昼下がりの薄い陽射しを受けて柔らかく浮かぶ。

「来ちゃった~。異形町!こっから私の新生活が始まるのか~」
 と、阿媽波 天羅あまなみ てんらは元気いっぱいに声をあげ、両手を大きく伸ばした。
 陽射しが彼女の黒髪を柔らかく照らし、ひらひらと舞うように揺れる。

 16歳の彼女は、持ち前の明るさを全開にしていた。
 周囲の不気味な雰囲気など気にも留めず、目の前に広がる未知なる景色に心を躍らせている。
 街の角に立つ古びた建物たちは彼女の目には冒険の舞台に見え、風に乗る異なる音色が新たな生活を後押ししているように響いていた。

 そして、大きな一歩を踏み出した。

 ーーだが。
  
「君、名前は?」

「阿媽波 天羅…です」

「ご両親は?」

「…いません」

「何か身元が分かるものある?」

 刑事である明日空 珪那に職務質問を受けていた。

「行方不明は…出ていないわね」

 珪那は端末で天羅を照会するが、行方不明届出は提出されていない。

「あの、お巡りさん!私、何か悪いことしました!?」

「ここ、風俗街って知ってる?」

「風俗…街? 異形町じゃなくて?」

「異慶市ね。異形町なんて呼ばれてるけど、この区域は風俗街なの」

「風俗街?」

 天羅は首を傾げる。

 天羅の声は少しだけ戸惑いを含む。
 期待に満ちた瞳はまだ好奇心で輝いているが、その首の傾げ方には無垢な疑問が滲む。

「大人向けのお店がある場所なのよ。未成年が来るような所じゃないの」

 珪那が説明する。

「一応、聞くけど。ここに来た理由は?」

 珪那が尋ねると、天羅は1枚の名刺を取り出した。
 名刺を受け取り、文字をじっと追った。
 社名は淡い金の箔押しで「AFAKE」とある。

 名前は、津山 晴奈つやま はるな

 眉間に細い影が生まれる。
 笑みは消え、口元が引き締まる。
 周囲の明かりが彼女の輪郭を鋭く際立たせ、冷静さの中に潜む緊張が言葉にならずとも伝わる。

 AFAKEアフェイク

 その名は、世界に並ぶ大企業の金字塔。
 あらゆる事業へと手を伸ばし、経済規模は国家級と言える。
 テクノロジー、エネルギー、製造に留まらず芸能部門、モデル事業、AFAKEの影響力は広がり続け、人々の生活の隅々にまで浸透している。
 あのALKAROIDの開発元でもある。

 珪那が眉を潜めたのは、AFAKEに対して複雑な思いからだった。
 周囲には華やかな成功談や未来への期待があふれているが、彼女の心の中には、黒い噂が引っ掛かっている。

 多くの人々が称賛し、技術革新や経済成長の象徴と捉えている一方で、企業の影には、倫理的な疑問や不正の噂が蠢いていた。

 現在、ALKAROIDは世界的に普及しているが、その道のりは決して平坦ではなかった。
 発表当初、その革新的な技術に対する批判は凄まじく、数え切れないほどのメディア報道で取り上げられた。

 毎日のように、テレビや新聞、ソーシャルメディアでは「人工的に人間を生み出す行為は命への冒涜だ」との声が盛り上がり、倫理的な議論が巻き起こされた。
 専門家や著名な思想家、宗教指導者たちが次々に意見を表明し、「人間の尊厳」を脅かす行為だとの警鐘を鳴らした。

 しかし、ある日。
 奇妙なことに、かつて強く警鐘を鳴らしていた者たちの報道がピタリと止んでしまった。
 その静寂はまるで、社会がALKAROIDの存在を受け入れ、その影響力に飲み込まれたかのようだった。
 彼らの声は次第に小さくなり、メディアから姿を消した。

 中には、消息不明となった者もいた。
 その突然の失踪は、多くの人々の関心を引き、SNSを中心にさまざまな憶測が飛び交った。
「彼らはどこに行ったのか?」
「圧力を受けたのか、それとも恐れて姿を消したのか?」
 といった疑問が囁かれ、人々の心には不安が広がる間もなく、SNSもそういった書き込みも消え失せた。

 その不安を消し去るように、AFAKEは積極的な住民サービスを展開し、ALKAROIDの存在をます身近なものにした。
 地域社会との関わりを深めるため、AFAKEは健康管理プログラムや教育支援、環境保護活動を通じて、住民との信頼関係を築こうとした。

 具体的には、ALKAROIDを利用した医療サービスが提供され、住民たちは手軽に高度な医療技術を受けることが可能となった。
 街中には健康診断のための無料のクリニックが設置され、ALKAROIDによって生まれた人工的な医療技術が、病気の早期発見や予防に役立つことが広く知られるようになった。

 さらに、地域の子供たちには、科学や倫理について学ぶワークショップが開催され、ALKAROIDの技術がもたらす未来を夢見る機会も与えられた。これにより、住民たちの間ではALKAROIDの存在が自然になじみ、批判的な声は次第に薄れていったのだ。

「モデルやらないか?ってスカウトされて、衣食住が無料って事で即断したんですけど…」

 天羅が理由を答えると、珪那は内心、胡散臭いと感じたがAFAKEの財力なら容易い。

「無料って言葉は人を惑わせるのよね」

 と珪那は淡々と返す。
 だが目は冷たく光り、天羅の背後に広がる可能性と危険を同時に見据えていた。
 天羅の無邪気さが羨ましくもあり、同時に怖かった。

「とりあえず、行けば分かるだろうし、その会社まで連れて行くわ」

 そう言って珪那は天羅を車に乗せて、会社まで車を走らせた。

 車は高層ビルが林立する歓楽街を抜け、やがてAFAKEの本社ビル前に滑り込んだ。
 ガラス張りの巨大なファサードに映る青空と企業ロゴは眩しい。

「ここが本社?…すごい!!」

 と天羅が目を輝かせる。
 彼女は無邪気に笑っている。
 対照的に珪那は出口付近の警備員の動きや出入りする人々の表情を観察した。
 施設内には案内ロボットが静かに行き交い、受付の一角にはALKAROIDの広告が流れている。
 表向きは親しみやすく洗練された空間だ。

 受付で来訪目的を告げると、応対したスタッフは丁寧に案内を申し出た。

「モデル募集の件ですか。阿媽波 天羅様ですね。お待ちしておりました」

 と柔らかく微笑む。

「じゃ、頑張ってね。天羅ちゃん」

 珪那は微笑みを作って手を振った。天羅は満面の笑みで小さく会釈し、明るい声で返す。

「ありがとうございます!刑事さん!」

 エレベーターの扉が閉まり、天羅の後ろ姿が視界から消えると、珪那の笑顔はすっと消えた。
 ガラス越しに見える社内の煌めきはいつしか冷たく感じられ、胸の奥で何かが重く沈む。

 すると、先程のスタッフに呼び止められた。
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