顔の裏側その顔は。

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 声に振り向くと受付のスタッフはにこやかに立っており、声のトーンは変わらなかった。

「明日空 珪那様ですね。こちらへどうぞ」

 珪那の心臓が一瞬だけ強く打った。
 名乗っていない、身分証も見せていない。

 珪那は一瞬、退くことを考えたが、むしろチャンスと即座に判断した。
 表面上は協力的な客を装い、内部に足を踏み入れることで情報収集の機会が増える。
 そう考えれば、名が知られていることすら利点になる。

「では、案内をお願いします」

 と淡い笑みを返し、スタッフの後に続いた。
 同行する社員は終始礼儀正しく、だが過剰に親切で細部まで把握している様子だった。

 エレベーターで上層階へ向かうと、内部はクリニックとスタジオが混在するような設備が続いた。
 廊下を進む間、珪那は周囲の端末やカメラ、案内表示に細心の注意を払った。

 案内されたのは会議室ではなく社長室であった。
 珪那は入る前に、ポケットの小型レコーダーを起動させる。

 (何か重要な話が聞ければいいけど…)

 入室すると、そこには若い女性が一人座っていた。白いスーツに整った髪、柔らかく微笑む顔立ちだが、その瞳は冷静で、観察者のようにこちらを見据えている。

「はじめまして、津山 晴奈です。AFAKEアフェイクの代表取締役をしております」

 礼儀正しく名乗る声は落ち着いて、所作に無駄がない。
 名刺代わりに差し出されたタブレットには津山の顔写真と簡単なプロフィールが表示されている。

 津山はふふっと笑みを零し、椅子にもたれかるようにして肩の力を抜いた。

「驚きました?」

 その声は軽やかだが、どこか計算された響きがある。
 珪那は一瞬だけ目を細め、観察を続ける。

「小型レコーダーを忍ばせているようですが、無駄…という事だけ先にお伝えしておきます」

 津山は珪那が忍ばせていた小型レコーダーの存在を見抜いている。

「音声も立派な証拠になりますよ?」

 珪那は冷静に小型レコーダーを机に出して軽く圧をかけて意識させた。

「警察で使われている媒体も我が社の製品ですよ。それに貴女を法的に訴える事もできますが?」

 津山の笑みは崩れず、その余裕のある態度に珪那は苛立ちを覚えたが、彼女は無理に争うことは控えることにした。
 仕方なく、小型レコーダーを停止させ、机の上に置いた。

「話が分かる方で良かった」

 津山はそのまま続けると、言葉を選ぶような口調で言った。

「ではまず、貴女の名前を知っていた事についてです」

 津山の説明が始まった。

「警察関係者の方は、全てデータとして登録しています。特に貴女は、我が社の捜査を最後までしていたそうですから」

 その言葉に、珪那は心の中で警戒心が増すのを感じた。
 データとして登録という言葉の裏には、彼女に対する周到な調査と監視があったのだ。
 津山が自分の情報をしっかりと把握していることは、珪那にとって想定外の事実だった。

「つまり、私の存在が貴社にとって脅威だとでも?」

 珪那は強気に出る。

 津山は穏やかな表情のまま続けた

「それは一面的な見方です。貴女の能力は評価しています。だからこそ、貴女と直接お話ししたかったのです」

 それに対して、珪那は一瞬考え込む。
 津山が示す言葉には、真剣さが見え隠れしていた。
 しかし彼女がどのような意図を持っているのか、まだ読み取れないままだった。
 彼女の言葉の裏に潜む意図を探るためにもここで一歩引くわけにはいかない。

「世界的に名高い大企業の社長が、一介の刑事に話す事なんてあるんですか?」

「ははは。簡単に言うと疑惑の種を詰んでおきたいんですよ」

「それは後ろめたい事があるという事ですか?」

 珪那の目が据わる。

「勘違いしないで頂きたいですね。大企業という事は些細な悪評でさえ、やがては大きな亀裂を産むものです」

 その言葉には、一見すると理知的な裏付けがあった。
 しかし、珪那は内心で葛藤していた。
 果たして津山の言うことが本当に真実なのか、それともただの言い訳なのか。
 珪那はその思考の中で、津山の意図を探りながらも自らの位置を確立する必要があった。

「今、貴女はALKAROIDの盗難事件を捜査しようとしている…ですね?」

 津山の言う通りだ。

「そんなに驚かないでください。私の知人に警察関係者がいるってだけです」

 やはり、警察内部に協力者がいるのだ。
 珪那はこの情報が津山に漏れていることを知り、警戒心が強まった。
 彼女の周囲の信頼できる者が、果たして本当に信頼できるのか再考する必要があった。

「警察の方には、早く解決してもらいたくてですね。こちらで調べた情報とALKAROIDの企業データもお渡しします」

 津山は1つの端末を珪那に差し出す。

 端末の画面を指し示し、

「ここには、事件の現場に関する詳細なデータ、証拠の分析結果、そしてALKAROIDの関連情報が含まれています。このデータを使って、より幅広い視点から捜査を進める参考にしていただければと思います」

 珪那は画面をちらりと見て、情報の豊富さに少し驚いた。
 データがしっかりとまとめられていることから、津山の真剣さが伝わってくる。
 しかし、彼女がこれを提供する理由については、引き続き疑念が残った。

「では、有り難く使わせて頂きます」

 珪那は端末を受け取り、本社を後にした。

 ☆☆☆☆☆

「よろしいのですか?」

 秘書が津山にコーヒーを差し出す。

「別に構いませんよ。あのくらいのデータを渡した所で支障は出ません」

 津山はコーヒーを嗜む。

「それに嗅ぎまわれるのも好きではありませんからね」

 端末を開き、珪那を表示する。

「あの時の刑事ですか」

「そう。3年前の事件の生き残り」
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