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14話 バ先にリディア
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デートの翌日。
今日は容赦なくバイトだ。本当はリディアともっと一緒にいたいのだが、そうも言っていられない。
フリーターにとってバイトの欠勤は死に直結する。這ってでも行く。恋人と過ごしたいから休むなど言語道断だ。
「じゃあ行ってくるよ」
「はい、行ってらっしゃい」
リディアは優しく微笑んでくれた。
土曜日の和泉屋書店はそれなりに混んでいる。加えて店長もいるので、サボることは許されない。
といっても噂で聞く限り、他のバイトよりは全然楽だ。店員と雑談する余裕もある。
菜々緒先輩がニヤニヤとしながら、品出し中の俺に近づきてきた。
「よう少年、アタシとオーヴェリアちゃんの話、聞きたい?」
「興味ないっす」
「おーいつれないなぁ」
菜々緒先輩が肘で小突いてくる。良いことがあった時のウザ絡みだ。めんどい。
昨日菜々緒先輩の部屋で何があったのか。たぶん何もなかったのだろうから聞く価値はない。何かあったとしてもそれはそれで童貞には刺激が強すぎるので聞いていられない。
「あ、レジだ。少年行ってきてくれ」
「えー、俺品出し中ですよ?」
「先輩の言うことは聞くものだよ」
「ちぇ」
品出しが遅れると業務が溜まるから面倒なのだ。それは先輩も同じことで、できるだけ俺に仕事を回して楽したいのだろう。
まぁ、オーヴェリアという最大の仕事を持っていってくれたから良しとするか。
レジが終わって品出しに戻ろうとすると、ふとレジに置いてある小型テレビから近所の話題が出てきた。
近所の名前をニュースで聞くと注目してしまうのはなぜだろう。県民性なのか、はたまた全国共通なのか。
それが、たとえ良いニュースだろうと悪いニュースだろうとテレビに吸い寄せられてしまう。
『目撃情報によると昨晩喧嘩騒ぎを起こしたのは赤髪の男で、出血もしていたそうです』
物騒な世の中だ。
もし聖杯なんていうどでかい巻き込まれがなかったらこの男が俺の元に来ていたかもしれない。巻き込まれは収束するのだ。だからここ数日は穏やかに過ごせている。
ある意味聖杯に感謝した。
ちなみに、聖杯はバイト先にもしっかり持ってきている。和泉屋書店に来てオーヴェリアに脅されたらたまったものではないからな。いつでも願いを叶えられないと人質として機能しないのだ。
品出しに戻って作業すること1時間。そろそろ眠気が襲ってくる。
レジして、品出し。またレジして、品出しのループ。正直言って退屈な仕事だ。なまじちょっとだけ忙しい分、サボれもしないのが厄介だ。
他にも業務はある。
「あの、本を探しています」
そう、本の案内だ。これが意外と多い。
「はい。何でしょう、か……」
息が詰まる思いだった。
目の前で恥ずかしそうに立っているのは、柄シャツを着て、青い綿ズボンを履いた少女。
流れるような美しい金髪と、サファイアのようなスカイブルーの瞳。そして幼い顔立ち。この3点セットを有した美少女がここにいることに驚きを隠せない。
「り、リディア! なぜここに?」
俺の彼女、リディア・キューライスが和泉屋書店に訪れていた。顔を赤く染め、目線は泳いでいる。
「ま、正輝さんみたいな人がちゃんと働けているのかチェックしに来たのです」
「何だよそれ」
嘘が下手だ。幼稚園児でも嘘だと見抜ける。
「し、仕事ですよ。ちゃんと本の案内をしてください!」
「いいけど、お金は?」
「正輝さんの部屋に落ちていました。これお金ですよね?」
リディアはそう言ってくしゃくしゃの1000円札を見せてきた。おそらく、何かの拍子で落とした1000円札に気が付かず物を溜め込んでゴミの下敷きになっていたのだろう。掃除したら出てきたわけか。
「それは俺のお金だぞ」
「正輝さん曰く、この世界では落とし物は拾った人にも利益が分け与えられるのですよね?」
「余計な知識を与えちゃったな」
そこまで言われたら俺の完敗だ。
まぁ、1000円くらい自由に使われたって別に構わないが、ちょっと意地悪したくなったのだ。今回は珍しく不発に終わったが。
「それでどんな本を探しているんだ? 小さい本屋だからあまり期待しない方がいいぞ」
「えっと、別世界から来た女性と、元の世界で頑張っている男性のラブストーリーを読みたいです」
「ラノベかよ」
「ラノベです」
「ラノベだったんだ」
あまりライトノベルを訪ねてくる客はいない。だから脳内検索機が勝手に純文学の中で探そうとしたが、そういえばリディアはライトノベルにしか触れていないんだった。
異世界から来た女性と、元の世界で頑張っている男性のラブストーリーか。なんか俺とリディアの関係性みたいだ。
「ラノベならこっちだ」
様々なレーベルのライトノベルが立ち並ぶコーナーは出入り口からかなり離れたところにある。
若い男性から中年男性はもちろん、最近だと女性もこのコーナーに足を運ばれる。和泉屋書店の人気コーナーの一つだ。
しかもライトノベルを探し求めるお客さんは熱心なので、店の隅々まで探してくれる。だから奥に追いやっても売り上げは不変なのだ。
ライトノベルコーナーは少女漫画コーナーほどでないにしろ、目がチカチカする場所だ。背表紙がカラフルだったり、もはやレインボーだったり、緑一色だったりと、レーベルによって特色が出ているのも原因の一端だ。
その光景に、リディアは目を丸くしていた。
「すごいです。こんなにラノベがあるのですね!」
「ここは小さい本屋だからまだまだ少ない方だぞ。大きな本屋ならこの3倍はある」
「すごい、どれだけ読んでも飽きることはなさそうです!」
リディアに紹介していると、後ろからぼそっと低い声で「小さい本屋で悪かったね」と囁かれた。店長だ。神出鬼没で、ちょっと怖い。
あえて聞こえなかったふりをしてリディアに紹介を続ける。
リディアの希望に完全に合致するものは難しいが、異世界人と日本人のラブコメならいくらでもいる。
俺はリディアを緑の背表紙が特徴のレーベルに案内した。
「ここはファンタジーとラブコメの最前線だ。異世界はそこまで多いわけじゃないにしろ、恋愛模様が読みたいならおすすめだぞ」
「…………」
「どうした? 気に入らなかったか?」
リディアは黙って俺を見つめていた。照れる。
「いえ、真面目に働いていられるのだな、と」
「俺を何だと思っているの?」
そこまで不真面目な一面を見せたつもりはない。
いや、そういう一面はある程度散らかった部屋に現れているのか。片付けてくれた張本人が不思議そうにしているのだから、そのイメージで間違っていないのかもしれない。
「ありがとうございます。あらすじや表紙を見て買いたいと思います」
「もう立派なラノベ読者だな。良い作品に出会えますように」
「……何ですかそれ。ちょっと恥ずかしいセリフです。誰にでも言っているのですか?」
「……ただの本心だ。リディアにしか言わない。恥ずかしいから追及しないでくれ」
俺は顔の前で手を振った。そしてハッとする。
リディアは照れると顔を隠すが、あれは人間に備わった基本装備なのだな。俺ですら無自覚にやってしまっていた。
恥ずかしい。できるだけリディアにくさいこと言わないように気をつけよう。
「決まったら教えてくれ。俺がレジ担当するよ」
「はい!」
今日は容赦なくバイトだ。本当はリディアともっと一緒にいたいのだが、そうも言っていられない。
フリーターにとってバイトの欠勤は死に直結する。這ってでも行く。恋人と過ごしたいから休むなど言語道断だ。
「じゃあ行ってくるよ」
「はい、行ってらっしゃい」
リディアは優しく微笑んでくれた。
土曜日の和泉屋書店はそれなりに混んでいる。加えて店長もいるので、サボることは許されない。
といっても噂で聞く限り、他のバイトよりは全然楽だ。店員と雑談する余裕もある。
菜々緒先輩がニヤニヤとしながら、品出し中の俺に近づきてきた。
「よう少年、アタシとオーヴェリアちゃんの話、聞きたい?」
「興味ないっす」
「おーいつれないなぁ」
菜々緒先輩が肘で小突いてくる。良いことがあった時のウザ絡みだ。めんどい。
昨日菜々緒先輩の部屋で何があったのか。たぶん何もなかったのだろうから聞く価値はない。何かあったとしてもそれはそれで童貞には刺激が強すぎるので聞いていられない。
「あ、レジだ。少年行ってきてくれ」
「えー、俺品出し中ですよ?」
「先輩の言うことは聞くものだよ」
「ちぇ」
品出しが遅れると業務が溜まるから面倒なのだ。それは先輩も同じことで、できるだけ俺に仕事を回して楽したいのだろう。
まぁ、オーヴェリアという最大の仕事を持っていってくれたから良しとするか。
レジが終わって品出しに戻ろうとすると、ふとレジに置いてある小型テレビから近所の話題が出てきた。
近所の名前をニュースで聞くと注目してしまうのはなぜだろう。県民性なのか、はたまた全国共通なのか。
それが、たとえ良いニュースだろうと悪いニュースだろうとテレビに吸い寄せられてしまう。
『目撃情報によると昨晩喧嘩騒ぎを起こしたのは赤髪の男で、出血もしていたそうです』
物騒な世の中だ。
もし聖杯なんていうどでかい巻き込まれがなかったらこの男が俺の元に来ていたかもしれない。巻き込まれは収束するのだ。だからここ数日は穏やかに過ごせている。
ある意味聖杯に感謝した。
ちなみに、聖杯はバイト先にもしっかり持ってきている。和泉屋書店に来てオーヴェリアに脅されたらたまったものではないからな。いつでも願いを叶えられないと人質として機能しないのだ。
品出しに戻って作業すること1時間。そろそろ眠気が襲ってくる。
レジして、品出し。またレジして、品出しのループ。正直言って退屈な仕事だ。なまじちょっとだけ忙しい分、サボれもしないのが厄介だ。
他にも業務はある。
「あの、本を探しています」
そう、本の案内だ。これが意外と多い。
「はい。何でしょう、か……」
息が詰まる思いだった。
目の前で恥ずかしそうに立っているのは、柄シャツを着て、青い綿ズボンを履いた少女。
流れるような美しい金髪と、サファイアのようなスカイブルーの瞳。そして幼い顔立ち。この3点セットを有した美少女がここにいることに驚きを隠せない。
「り、リディア! なぜここに?」
俺の彼女、リディア・キューライスが和泉屋書店に訪れていた。顔を赤く染め、目線は泳いでいる。
「ま、正輝さんみたいな人がちゃんと働けているのかチェックしに来たのです」
「何だよそれ」
嘘が下手だ。幼稚園児でも嘘だと見抜ける。
「し、仕事ですよ。ちゃんと本の案内をしてください!」
「いいけど、お金は?」
「正輝さんの部屋に落ちていました。これお金ですよね?」
リディアはそう言ってくしゃくしゃの1000円札を見せてきた。おそらく、何かの拍子で落とした1000円札に気が付かず物を溜め込んでゴミの下敷きになっていたのだろう。掃除したら出てきたわけか。
「それは俺のお金だぞ」
「正輝さん曰く、この世界では落とし物は拾った人にも利益が分け与えられるのですよね?」
「余計な知識を与えちゃったな」
そこまで言われたら俺の完敗だ。
まぁ、1000円くらい自由に使われたって別に構わないが、ちょっと意地悪したくなったのだ。今回は珍しく不発に終わったが。
「それでどんな本を探しているんだ? 小さい本屋だからあまり期待しない方がいいぞ」
「えっと、別世界から来た女性と、元の世界で頑張っている男性のラブストーリーを読みたいです」
「ラノベかよ」
「ラノベです」
「ラノベだったんだ」
あまりライトノベルを訪ねてくる客はいない。だから脳内検索機が勝手に純文学の中で探そうとしたが、そういえばリディアはライトノベルにしか触れていないんだった。
異世界から来た女性と、元の世界で頑張っている男性のラブストーリーか。なんか俺とリディアの関係性みたいだ。
「ラノベならこっちだ」
様々なレーベルのライトノベルが立ち並ぶコーナーは出入り口からかなり離れたところにある。
若い男性から中年男性はもちろん、最近だと女性もこのコーナーに足を運ばれる。和泉屋書店の人気コーナーの一つだ。
しかもライトノベルを探し求めるお客さんは熱心なので、店の隅々まで探してくれる。だから奥に追いやっても売り上げは不変なのだ。
ライトノベルコーナーは少女漫画コーナーほどでないにしろ、目がチカチカする場所だ。背表紙がカラフルだったり、もはやレインボーだったり、緑一色だったりと、レーベルによって特色が出ているのも原因の一端だ。
その光景に、リディアは目を丸くしていた。
「すごいです。こんなにラノベがあるのですね!」
「ここは小さい本屋だからまだまだ少ない方だぞ。大きな本屋ならこの3倍はある」
「すごい、どれだけ読んでも飽きることはなさそうです!」
リディアに紹介していると、後ろからぼそっと低い声で「小さい本屋で悪かったね」と囁かれた。店長だ。神出鬼没で、ちょっと怖い。
あえて聞こえなかったふりをしてリディアに紹介を続ける。
リディアの希望に完全に合致するものは難しいが、異世界人と日本人のラブコメならいくらでもいる。
俺はリディアを緑の背表紙が特徴のレーベルに案内した。
「ここはファンタジーとラブコメの最前線だ。異世界はそこまで多いわけじゃないにしろ、恋愛模様が読みたいならおすすめだぞ」
「…………」
「どうした? 気に入らなかったか?」
リディアは黙って俺を見つめていた。照れる。
「いえ、真面目に働いていられるのだな、と」
「俺を何だと思っているの?」
そこまで不真面目な一面を見せたつもりはない。
いや、そういう一面はある程度散らかった部屋に現れているのか。片付けてくれた張本人が不思議そうにしているのだから、そのイメージで間違っていないのかもしれない。
「ありがとうございます。あらすじや表紙を見て買いたいと思います」
「もう立派なラノベ読者だな。良い作品に出会えますように」
「……何ですかそれ。ちょっと恥ずかしいセリフです。誰にでも言っているのですか?」
「……ただの本心だ。リディアにしか言わない。恥ずかしいから追及しないでくれ」
俺は顔の前で手を振った。そしてハッとする。
リディアは照れると顔を隠すが、あれは人間に備わった基本装備なのだな。俺ですら無自覚にやってしまっていた。
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