海線丘線

葦原蒼市

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2.公共交通

俗称、公称

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 年明けには温泉の手前まで延伸する工事が着手されることが決まった。それが終われば、また走らせることもできる予感はあったが、今度は丸町駅の改築に乗り出すそうで、イベント列車は打ち止めになる公算が大きくなった。つまり、佐良が運転士を務められるのは年内いっぱいということになる。
 「なので秋の行楽シーズンは外せないし、週末もできるだけ運行しようと思ってね」
 「男だったら現役を退く年だってのに、佐良ちゃんは違うわ。でも、最近は大丈夫なの?」
 「張り合いが出てきたせいか、不思議と調子いいのよね」
 すずが訪ねてきて、息抜きしていた折である。半開きの戸がいきなり全開され、久々に大声が響く。
 「おー、おさよさん、決まったぞ!」
 その後ろには、七見がついてきていた。
 「明日が正式発表なのにねぇ、ごめんなさいね。若杉さんがどうしてもって言うから」
 電車愛称への応募件数は、決して少なくなかったらしい。だが、特定の名称に集中することはなく、かなりバラつきがあったと言う。
 「田園海浜線とか、シーグリーンレールとか、港丸ラインとか」
 「みな止まる?」
 「いやぁ、港と丸町をくっつけただけの話さ。ま、確かに各駅停車は皆、止まるけどな」
 徳久は佐良を冷やかすようにそう言った。
 「で、結局何になったの?」
 七見を見てこう問うたのはすずだった。
 「じゃ、ボードの余白に書くとしましょう」
 太字で揮毫のように書かれた愛称は、
 『丘海ライトレール』
 だった。
 「あいにく地元からの応募は少なかったんだが、その少ない中で多かったのが、かつての愛称を組み合わせたやつでな」
 「丘海……俗称が正式名称になったってことね」
 すずは冷静に受け止め、
 「いいんじゃない? 復活してまたつながった、っていう感じがするわ」
 佐良は心なしか嬉しそうに答えるのだった。
 「地元投稿では、ハイカラバンカラ線なんてのもあったけど、ちょっとね」
 「昔は確かにね、繊維工場でオシャレなの作ってたし、丸町も上品な感じだったから。でもバンカラってのはどうかしら?」
 「いいのよ、徳さんがいい例よ。あっちは海の男が威張ってたから。バンバンカラカラよ」
 場は至って和やかである。が、佐良には引っかかるものがあった。
 「ゼロじゃなかったにせよ、地元からの応募が少なかったってのはちょっと残念ね」
 「そうね。佐良さんにもPR協力してもらったのにね」
 「説明会の集まり具合とおんなじよ。可も不可もないって言うか、どっか冷めてるのよね」
 女三人からこう来られては、協議会会長としては立つ瀬がない。徳久は間を置いてから自嘲気味に呟く。
 「皆、様子を見守ってるんだよ。あとは協議会があるから安心、とかな。ハハ」
 「まぁ頑張ってらっしゃるのはわかるけど、突っ走っちゃってる感じもあるわね」
 「うまく巻き込めてないってことかも知れないわね」
 すず、七見がこう即応したのに対し、佐良はひと息入れてから口を開く。
 「会長殿、以前仰ってた活性化ってのは、誰がどうなることを指すのかしら?」
 「皆が元気になることじゃないか」
 「だとしたら、今のうちから皆で一緒に、でもいいわよね」
 「でも、誰かが引っ張ってかねぇと」
 「確かにね。でも、人任せ、あるいは電車任せって空気ができるもとにもなっちゃうのよね」
 「地域を代表してやってるつもりだったんだけどなぁ……」
 言いたいことが互いにわかるだけに辛いところではある。議論を深めると余計に収拾がつかなくなりそうなことも承知している。
 話が膠着しかけたところで、七見が切り出した。
 「佐良さん、ここってもともと集会場みたいなとこあるでしょ。せめて丘線側だけでもマメにミーティング開くってのはどう?」
 「ミーティング? 定例会のこと?」
 「まぁ、タウンミーティングみたいなものね。ライトレールをどう使うかとか、どうしたいかとかを話し合うの」
 「なるほどね。記念館がもうちょっと機能すれば、とは思ってたけど」
 「主人に言わせると、デザインセンターってのを設けて、絵やらコメントやら貼り出して皆の目に見えるようにするのがいいんですって」
 徳久はこれを聞いて手を打つ。すずは得心しきっていない様子だったが笑みを浮かべている。あとは館長次第だ。
 「運転士はそろそろお役御免だろうから、それいただくわ。館長兼センター長に就任します。よろしくね」

 翌日、役所で行われた会見では、デザインセンターの構想についても少しばかり発表がなされた。記念館では早々とミーティングの予定を組み立てる佐良の姿があった。
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