海線丘線

葦原蒼市

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3.丘海ライトレール

開業前

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 LRTの実際的な効果の説明をしながら、要望を集めていくのはなかなか地道な作業だった。だが、協議会は、その努力を惜しむことはなかった。会の面々の当事者意識が増すにつれ、沿線住民や企業の意識も高まった。その成果は、開業まで一年を切った頃、初夏のデザイン説明会の客足に現れた。
――丘海ライトレールの日常――
 移動時間の短縮、人的交流の促進、利用頻度に応じた特典とその利用による地域商業の活性化など、丘海ライトレールによってもたらされる暮らしの変化はいろいろと想定される。それを目に見える形で、との計らいがこの題に表れている。デザイン画や模型を多用した説明会は、展示会のような趣だった。こうした工夫も奏功し、各会場とも大いに賑わった。
 この会で決まったことがいくつかある。コンセプトとなる色調は、丘の緑と海の青のストライプというのはすでに周知されていたが、駅を識別するデザインとして、それぞれの終点に向けて、青の比重、緑の比重が高まっていくという案が採用された。仮称だった駅名もここで確定した。丸町温泉口駅の駅名標には緑色の帯に青の一線、港公園はその逆、青色の帯に緑の一線が引かれることになる。そして、各駅の周辺案内図の原案作成には、地元有志が関わることも決まった。
 閉会時の拍手の大きさに手応えを感じたのは、主催者側だけではない。何よりも利用者自身が感じ取っていたからこその喝采だった。

 こうして着々とライトレールが進捗するのに合わせ、工場跡地の新校舎も姿を現し始めていた。新しい駅や電車車庫のこともあるので、どんな様子か一度見に行こうと考えていた佐良だが、夏日がいよいよ身に堪えるようになり、易々とは動けない。頃合を見計らってバスで往復、というのがまた心許ない。幸い車で同行する旨、庄が申し出てくれたので、それを待つことにした。だが、曇りの日の朝に早々都合が付くものでもない。現地を訪れることができたのは、二週間ほど経ってからのことだった。
 「具合が悪くなったら、いつでも言ってくださいね」
 「今朝は涼しいし、この雲の厚さなら平気でしょう。ありがとう」
 「今日は月曜ですし、ゆっくり行くとしましょう。あ、ちょっと失礼」
 庄の携帯電話が鳴った。ちょうど稲本のバス停に差し掛かるところだったので、手前で停まる。ライトレールの稲本駅予定地は比較的近くにあって、駅前駐車場を整備しているのが見える。佐良の耳に庄の話し声は届かない。
 「すみませんでした。行きましょう」
 「どなたから?」
 「あ、えぇ、それは後ほど」

 ラッシュの時間帯は過ぎているので、比較的早く着くことができた。新キャンパスは、その全貌を明らかにしつつも、主だった建物はまだまだ基礎工事の最中だった。来春の開校に間に合うのは、入口手前にある五階建て校舎くらいか。七見が言っていた最低一棟というのはおそらくこれを指すのだろう。
 外観はすでに出来上がっているその一棟を見上げていた時のことである。姿の見えなかった庄が誰かを連れて戻ってきた。
 「堀松佐良さん?」
 姓名で呼ばれたのも久しぶりだが、それ以上にその声が懐かしい。二十何年ぶりかに聞く。
 「あぁ、あなた、舞さんね」
 「すっかりご無沙汰してしまって……」
 「お兄様ったら、てんで貴女の話しないのよ。けど元気そうでよかったわ」
 庄は居たたまれない風だったが、とりあえず二人の様子を見ている。
 「佐良さんは? あまり具合よくないって」
 「そりゃ年ですからね。でも何? こっちの話は伝わってるのね」
 「兄とは時々メールでやりとりしてたんです。今日のことも前々から」
 「まぁ、何はともあれよく来たわ。でもわざわざやって来たってことは、何か理由があるのよね?」
 庄の妹、舞は海線丘線が廃止されて数年後に郷里を離れ、結婚、出産と新たな人生を送っていた。実家に顔を見せることもあまりなかったくらいだから、佐良を訪ねることも当然のようにない。だが、そんな長年の空隙などなかったかのように、今はごく当たり前にやりとりをしている。
 「主人は都市工学、中でも公共交通が専門なんです。実は今度ここで教鞭をとることになって、それと……」
 舞の視線の先には、昔の舞にそっくりな女性がいた。さっきから新駅の構造物を見回している。
 「あ、呼んできましょう」
 庄はそう言って、小走りで向かった。呼ばれた若い女性は照れくさそうにしながらも、にこやかに近づいてきた。
 「紹介します。娘の河南かなです」
 「あら! こんなお嬢さんが」
 「はじめまして。あの私、鉄道の勉強してるんです。いろいろと教えてほしいんですけど」
 「もしかして、ここであなたも?」
 「ハイ!」
 状況は呑み込めた。
 「舞さんは今、美川さんだったわよね」
 「えぇ、よくご存じで」
 「旦那さん、おすずさんとこの常連さんだったし、記念館にも昔はよく来てたから。貴女のことも話してたっけ」
 「すみません、きちんとご挨拶してなくて」
 「とにかく美川家の皆さんがこの学校にご縁ができた、ってことね」
 「えぇ。そうなんです」
 娘の手前、話しにくそうではあったが、舞は言葉を続けた。
 「言い訳みたいになってしまうんですけど、廃線になって、佐良さんが退かれて、何か徳矢に住んでるのがつまらなくなってしまったんですよね。そんな時、主人と出会って、飛び出すようについてっちゃって……若気の至りと言えばそれまでですが」
 「そうだったの。でもそれくらいじゃなきゃ」
 「今日、新しい線路とかできかけの駅を見て、涙が出そうでした。またこの沿線で暮らせると思うともう」
 「お兄様方の努力のおかげよ、ね? ショーさん」
 「いや、それを言うなら佐良さんこそ」
 「そうそう河南ちゃん、勉強するなら今くらいがちょうどいいわ。公共デザインとか住民参加とか、現場が動いてる時期だから」
 「え? 電車じゃなくてですか?」
 「今はまだ走ってないから来にくいかも知れないけど、もし来られるようならいつでも丸町駅にどうぞ。今日に至るまでの半世紀分、それと私なりの公共交通論をお話させてもらうわ」
 四人はその後、車庫に通じる線路予定地を踏査したり、バスとの接続を考慮したロータリーを周回したりして、俄か見学会を楽しんだ。

 「ライトレールが走り出せば、Uターンしてくる人も増えるかしらね」
 「そう、そうですよ! 確かにありますね、それ」
 「じゃ全国各地にPRしに行かないと」
 「いやぁ、さすがにそれは……」
 付近に飲食店は数軒しかない。四人はカフェレストランに入り、遅い朝食を摂っている。こうした歓談と、その合間の昔話。話が途切れることはなかった。
 この日、佐良は何とか体調を崩さず一日を過ごすことができた。

* * * * *

 冷夏だったり、暖冬だったり、この年は季節感なく過ぎていった。開業日が近づくにつれ、セレモニー関係の詳細も固まりつつあった。用意するとしたら、旧式の運転手順を忘れないようにすることと、一時間で話す内容を整理しておくことくらいである。
 新しい丸町駅は、記念館の一階を改造、拡張する形で設置されることになった。観光案内所を兼ねたインフォメーションコーナーも新たに設けられる。二階以上の記念館部分は、多少手入れをする程度でほぼ現状通り。外観は化粧直しが施された。一連の工事の間も記念館は開館していたが、一階が窮屈になったこともあり、佐良が来館者を迎えたり、館外で立ち話をしたり、というのは少なくなっていた。空いた時間で来るべき日の準備をするにも限度がある。かと言って、湯浴みに行ってばかりもいられない。
 『今日は館長代理も来ないし、退屈ね。早く美川さん家が越してきてくれればいいんだけど』
 こうした日が何週間か続き、その単調さのためか、佐良の具合も至って落ち着いていた。年は変わり、なお暖冬傾向は続く。ライトレールの工事は進み、新造の超低床車両の試作も順調に行われていた。
 沿線の風景も変わるところは変わっていたが、佐良としては、興味と不安とが半々で、結局のところ出かける決心がつかず、そうこうするうちに小春の時分になっていた。停まったままのモハの運転台に立ち、指差し確認をするのが佐良の最近の日課である。
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