【完結】天才強言士の少年ユルは、世界救済の旅だと知らない(上)

ふくねこ

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偽装工作

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 ユルは即座に息を止めた。臭い。あまりにも強烈な匂いに、眩暈がする。
 ケインも明らかに顔をしかめているが、驚きの色は見られない。

「じっでだんですね」

 まあ当然か。
 と思いつつ、ユルはグラディウスを鞘に納め、指で鼻をつまみながら言う。

 大人が20歩ほど歩けそうな正方形の展望室には、3つのベッドと、3本脚のテーブルが1つ。3つの本棚、3つのドア。

 そのどれもが木製で、相当な年月の使用に耐えているように見える。
 展望室のゆえんか、ドアが3つ並んだ部分以外の窓と壁はガラスで張られていた。  

 ユルは開閉式の窓を3つ見つけ、必死の形相で窓を開けようとするが、上手くいかない。ケインを放り投げてスキュラを叩き込もうかとも考えたが、取っ手の下に小さな鍵穴を見つけ、ケインの腰ベルトから鍵を強奪して開錠。
 春雨上がりの澄んだ空気を思いきり肺に吸い込む。

 鼻腔にも、肌にも心地よい風だった。
 残りの窓も開け放ち、40メートルの高さからソロリの街並みを眺め、全てを諦めたかのようにぼう然とするケインを床へ投げ捨て、改めて部屋の様子を確認。

 ベッドシーツの大部分は破れ、そうでない部分も赤ちゃけていた。
 テーブルやイスなど木製の調度品には例外なく何かで引っかいたような痕と、食べ物のカスと思しきものが付着。
 床も含め、部屋の至るところに赤黒い染みが広がっている。

「……ケインさん、明らかにおかしいですね。代表者さんたちはすぐに殺されるんでしょ? なら、どうしてこんなに生活の痕跡があるんですか?」

 生活の痕跡、と表現はしてみたものの、それが普通の生活でないことは明白だった。
 引っかき痕の周辺にある赤黒い染み。誰かが爪で引っかいたのだろう。それも、出血するほどに激しく。
 そんなものが部屋の一面に存在する状況。
 今はましになったが、充満していた糞尿の臭い。ユルにはケインが大きな嘘をついているとしか思えなかった。

「黙ってないで、応えてください。代表者さんたちはすぐに死んでないですね? もしかして、今朝、殺されたんじゃないですか?」 

 ケインは空虚な瞳で何かを考えていたが、ユルが拳を振り上げたのを見て、怯えた亀のように首を縮こませ、小さく頷いた。

「そんなところだと思ってました。死んだ人間の運気を10ヶ月……とか言ってましたが、書き遺したもの以外、死んだ人間のすべては消えてしまいます」

 ユルは自分の推測をケインにぶつけた。
 代表者がすぐに死ぬ、というのは県民を納得させるための嘘で、本当のところ、彼らは次の代表者が来るまでの10ヶ月をこの展望室で過ごす。
 すぐに殺さない理由は、運気とやらを保つため。すぐに殺すと嘘をつく理由は、この部屋の、代表者たちの状況を隠すため。県のためだとは言え、10ヶ月も閉じ込められると知れば、県民蜂起があってもおかしくはない。
 ここまでを言い、ユルは展望室を囲むガラスを指で叩いた。

「このガラス、いつの時代のかはわかりませんが、かなり質の高い強靭加工が施されていますね。腕力を高めの付与値グラントにすれば割れそうですが……調度品もしっかり固定されていますし、一般的な人には難しいでしょ。これ、牢獄ですよね」

 ユルは続ける。
 代表者たちは少しずつ弱っていく。どんな方法で殺し合いや自殺などを防いでいるかは知らないが、彼らは行事当日の朝に殺され、自傷の痕などを隠し、体を清められて近親者のもとに返される。 
 備蓄か、定期的に届けているかはわからないが、食べることを強制し、痩せることすらも防いでいるんだろうと。
 そして、代表者を劣悪な環境に置いておくのは、脱出する体力や気力を失わせるため。

「腐ってなくて当然ですね。ついさっきまで生きていたんですから――それにしても」 

 展望室をぐるりと見回し、出せるだけの軽蔑を込めた眼差しをケインに向け、言う。

「よく、ここまで酷いことをできますね?」

 ユルは確信を持っていた。
 3つのドアのうち、左端のドアを開けると、残りわずかな水と食糧が置かれた倉庫のような空間。
 右隣のドアを開けると、酸っぱい匂いが鼻をついた。室内には大きなバスタブ。ピンク色の花弁が浮かんだ黄緑色の液体に沈められた3つの遺体。
 少女、老婆、中年男性。
 詳しくはわからないが、この液体が死亡時期の偽装工作に役立っているんだろう。

 次のドアの手前で立ち止まり、ユルは鼻をひくつかせた。ものすごく臭い、ここだ。

(……このドアは開けないでおこう)

 頭を抱えたケインへ、決然と告げる。

「聞こえてますか? 今から下にいる県民たちに全てを話します。僕の質問に嘘をつけば、即座にケインさんの人生を終わらせます。こんな顔なのでわかりづらいと思いますが、実は僕、今ものすごく、すんごく頭にきていますので――よろしくお願いしますね?」
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