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フレイとトゥール
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「見てください、デモードさん。どうです? 黒天狐を単独で倒しましたよ! いやぁ、彼の性格を考えて、現在進行形でこちらから状況を確認できることを隠しておいてよかったです! 知られたらきっと、要所要所で服の中に隠されてしまいますし」
世界最高の権力者、国府長フレイが立っているのは、国府庁舎の最上階に建造された刑鑑所の性犯罪者収容区域。
彼の眼前にある檻には、貧しい幼女たちへの性的虐待の罪で投獄された、元副府長デモードが痩せ細った体を横たえていた。
「すごいですよねー! 獣と初めて戦った、かつ、支配域内の黒天狐を相手にして。さすがにダメージは大きいようですが」
180センチはあろうか、引き締まった長身、後頭部へ向けて跳ねている鳶色の短髪。いつも笑っているようで、奥底では何を考えているかわからない――ことを態度で隠そうともしない男、18歳の国府長フレイ。
フレイの枯れ草色の瞳は、彼の手の平に乗せられた鮮やかな群青色の正八面体に向けられていた。
フレイがユルに渡した蛍石と同じ形と大きさの鉱石の表面には、薄い青の空を鷹揚に旋回する鷹が映っている。
「ねえ、蛍石の影像見えてます? さっそく、ソロリの問題を解決した、というかぶっ壊してくれましたよ彼!」
フレイは意気揚々と蛍石を檻に近づけるが、デモードは反応を見せない。
フレイがダマスカス鉱で造られた檻の格子を愉快げな顔で無言で叩くと、デモードは震える手を伸ばしながら微かな声を絞り出した。
「――水、を、くださ、い」
愉しそうに笑っていたフレイの顔がすん、と真顔に変わった。看守に排水を汲んでくるように要求し、檻の鍵を開けて中へ入り、這い逃げようとするデモードに浴びせかけた。
「デモードさん、いくらでも飲んでください……ねえ、感謝してくださいよ、幼児への性的虐待なんて、本来なら即刻処刑のところを、ユルくんとボクを引き合わせてくれた功績で生かしておいてあげてるんですから」
傍に立つフレイへ、デモードの虚ろな瞳が向けられる。その顔は老廃物で汚れて痩せ細り、浮き上がった頬骨に蠅が止まった。
最低限必要な量の水と食べ物すら与えられていない印象のデモードは、フレイの足を骨と皮になった手で弱々しく掴む。
「おねがい、します、ゆるし、て……」
フレイの顔に憤怒がはしった。
琥珀色の光。振り上げた足をデモードの後頭部へ振り下ろそうとした瞬間。
「おっとっと……フレイ。もう楽にしてあげるつもりかい?」
地の底から這い上がってくるような声、紺藍色に白髪の混じる顎髭と短く刈り込まれた剛毛そうな頭髪、同じ色の瞳。
フレイと同じくらいの背丈ではあるが、決定的に違うのは男が40歳くらいの壮年であること、ユルに勝るとも劣らない筋肉の鎧を纏っていること。
傷ひとつない精悍な顔、鋭い眼光。
「――トゥールさん」
フレイは脚を止め、トゥールと呼ばれた壮年の男へ対等な目線を投げた。
「おいおいおい……楽にするのは早くないか。そいつ、あと数日は生きるよ。元は丸々と太っていたんだ、まだ内蔵にでも脂肪が残ってるんじゃないのかね」
左手の上に顎を乗せ、つまらなそうに長椅子へ腰掛けているトゥールに言われ、フレイは少し考えたあと、つま先でデモードを軽く小突いたのみで檻を出てきた。
「ありがとうございます。思わず虫を踏み潰したくなってしまいました――ところで、トゥールさん。ユルくんをどう見ます?」
そう聞かれるとわかっていたのか、トゥールは迷うことなく即座に答えた。
「あれでは、使徒と対等に話せん。せっかく情報を貯めた蛍石を破壊されて終わるだけだ。オレが見つけてきた、もう1人に期待したほうがいい」
立ち上がり、ブーツの音を響かせて遠ざかるトゥール。その背中を、小首を傾げたフレイが目で追い、小さく独りごちていた。
「さて――フィン君とユル君、どちらが生き残りますかね」
**********
<あとがき>
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
上中下の3巻構成予定のため、1巻はここまでになります。
(フレイとトゥールの話を巻末へ移動させて頂きました)
なお、上巻についても、ブラッシュアップで新しい話を投稿する可能性があります。
引き続き、よろしくお願いたします。
「見てください、デモードさん。どうです? 黒天狐を単独で倒しましたよ! いやぁ、彼の性格を考えて、現在進行形でこちらから状況を確認できることを隠しておいてよかったです! 知られたらきっと、要所要所で服の中に隠されてしまいますし」
世界最高の権力者、国府長フレイが立っているのは、国府庁舎の最上階に建造された刑鑑所の性犯罪者収容区域。
彼の眼前にある檻には、貧しい幼女たちへの性的虐待の罪で投獄された、元副府長デモードが痩せ細った体を横たえていた。
「すごいですよねー! 獣と初めて戦った、かつ、支配域内の黒天狐を相手にして。さすがにダメージは大きいようですが」
180センチはあろうか、引き締まった長身、後頭部へ向けて跳ねている鳶色の短髪。いつも笑っているようで、奥底では何を考えているかわからない――ことを態度で隠そうともしない男、18歳の国府長フレイ。
フレイの枯れ草色の瞳は、彼の手の平に乗せられた鮮やかな群青色の正八面体に向けられていた。
フレイがユルに渡した蛍石と同じ形と大きさの鉱石の表面には、薄い青の空を鷹揚に旋回する鷹が映っている。
「ねえ、蛍石の影像見えてます? さっそく、ソロリの問題を解決した、というかぶっ壊してくれましたよ彼!」
フレイは意気揚々と蛍石を檻に近づけるが、デモードは反応を見せない。
フレイがダマスカス鉱で造られた檻の格子を愉快げな顔で無言で叩くと、デモードは震える手を伸ばしながら微かな声を絞り出した。
「――水、を、くださ、い」
愉しそうに笑っていたフレイの顔がすん、と真顔に変わった。看守に排水を汲んでくるように要求し、檻の鍵を開けて中へ入り、這い逃げようとするデモードに浴びせかけた。
「デモードさん、いくらでも飲んでください……ねえ、感謝してくださいよ、幼児への性的虐待なんて、本来なら即刻処刑のところを、ユルくんとボクを引き合わせてくれた功績で生かしておいてあげてるんですから」
傍に立つフレイへ、デモードの虚ろな瞳が向けられる。その顔は老廃物で汚れて痩せ細り、浮き上がった頬骨に蠅が止まった。
最低限必要な量の水と食べ物すら与えられていない印象のデモードは、フレイの足を骨と皮になった手で弱々しく掴む。
「おねがい、します、ゆるし、て……」
フレイの顔に憤怒がはしった。
琥珀色の光。振り上げた足をデモードの後頭部へ振り下ろそうとした瞬間。
「おっとっと……フレイ。もう楽にしてあげるつもりかい?」
地の底から這い上がってくるような声、紺藍色に白髪の混じる顎髭と短く刈り込まれた剛毛そうな頭髪、同じ色の瞳。
フレイと同じくらいの背丈ではあるが、決定的に違うのは男が40歳くらいの壮年であること、ユルに勝るとも劣らない筋肉の鎧を纏っていること。
傷ひとつない精悍な顔、鋭い眼光。
「――トゥールさん」
フレイは脚を止め、トゥールと呼ばれた壮年の男へ対等な目線を投げた。
「おいおいおい……楽にするのは早くないか。そいつ、あと数日は生きるよ。元は丸々と太っていたんだ、まだ内蔵にでも脂肪が残ってるんじゃないのかね」
左手の上に顎を乗せ、つまらなそうに長椅子へ腰掛けているトゥールに言われ、フレイは少し考えたあと、つま先でデモードを軽く小突いたのみで檻を出てきた。
「ありがとうございます。思わず虫を踏み潰したくなってしまいました――ところで、トゥールさん。ユルくんをどう見ます?」
そう聞かれるとわかっていたのか、トゥールは迷うことなく即座に答えた。
「あれでは、使徒と対等に話せん。せっかく情報を貯めた蛍石を破壊されて終わるだけだ。オレが見つけてきた、もう1人に期待したほうがいい」
立ち上がり、ブーツの音を響かせて遠ざかるトゥール。その背中を、小首を傾げたフレイが目で追い、小さく独りごちていた。
「さて――フィン君とユル君、どちらが生き残りますかね」
**********
<あとがき>
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
上中下の3巻構成予定のため、1巻はここまでになります。
(フレイとトゥールの話を巻末へ移動させて頂きました)
なお、上巻についても、ブラッシュアップで新しい話を投稿する可能性があります。
引き続き、よろしくお願いたします。
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