33 / 46
午前4時の宴
しおりを挟む
***
――見覚えのある部屋だった。身を包む、忌まわしきハンモックも知っている。
目を覚まし、ユルは自分がどこにいるのかをすぐに理解した。
豪奢なカーテンの隙間から、銀色の月明かりが差し込んできている。
夜のようだった。
「あ! ユルさん、目え覚ましたべか」
部屋の隅にある椅子から、ホソーイが声をかけてきた。ユルは上半身を起こそうとするが、あまり上手く力が入らない。
「とびきり強い鎮痛剤ば打たせてもらったで、まだ動けないと思うです」
鎮痛剤。なるほど、どうりで。
ユルは軽く頷き、ハンモックに身を預け、治癒力+9を付与。
「ホソーイさん。ありがとうございます。外は、どうなっていますか? 黒天狐……あの獣は死にましたか?」
ホソーイからの説明を受け、ユルはまだぼんやりしている頭で整理を始める。
黒天狐はケインの豪邸跡で死んでいた。
遺骸はまだそのままだが、今夜のうちに焼却処分になるらしい。
また、逃げ遅れたのか、ケインと黒天狐の会話を聞いていた者が何名かいたらしく、彼の行いは全ての面で暴かれたとのこと。
ただ、ケインが自身のみを守ろうとしていたのか、それとも10ヶ月に3名ずつの犠牲で県全体を黒天狐の歯牙から守っていたのか、今となっては確認しようがないため、何とも後味の悪い結末となったようだ。
ケロコン、ピロコン兄弟は県民によって拘束され、何をどこまで知っていたのかについて事情聴取をされているが、恐らく処刑にはならないだろうとの事。
10ヶ月苦しんで亡くなったと知った代表者遺族関係者の感情を慮り、長期投獄は免れないようだが。
「ユルさん、英雄っで騒がれてます」
ユルにとって、その一言は意外に尽きた。
行事への興味から必要以上に深入りした結果、黒天狐から売られた喧嘩を買っただけであり、批判はされないまでも、感謝されるいわれはないと思っていた。
「――――なんで僕が英雄なんですか。やりたいようにやっただけですよ。今から思えば、すごく近くにいたので、黒天狐から逃れるのも無理でしたし。戦うしかなかったんです」
「それでも、ユルさんはこの県を食いものにしてきた獣ば、倒してくれました。そんなに傷だらけになっで。知りたくねえ事を知ってまっだ人もいるけど……広い意味で感謝しねえ人なんていねえですよ」
ユルは頭をぼりぼりと掻いた。
何か、めんどくさい事になりそうな予感。
「さっきの付与光、きっど治癒力を+9で付与しだんですよね。その傷でも、明日には歩けるようになります?」
「まあ、そうですね……昼くらいまで寝れば、大体治ってると思いますが」
確証はないです。そう付け加えたうえで、ユルは県法違反になるが、明日の昼までは滞在してもいいかと訊ねる。
もちろんです、その返事を受け、ユルはもう一度目を閉じた。
朝には食事を持ってきます、おやすみなさい。そう言い残して部屋から去ったホソーイをチラリと見やり、ユルは天井を見上げ、深いため息をついた。
――午前4時。
月明かりが薄まったころ。ユルはパッチリと目を覚まし、ブランケットをきっちり畳み、ハンモックから勢いよく飛び降りた。
予想どおり背中は少し痛いが、これは黒天狐に負わされた傷ではない。
全身の傷は完治していないが、もう十分に行動可能であり、明日の昼まで寝れば治る、これはユルの嘘だった。
英雄扱いされて県を出るなんて、まっぴらごめんだった。成り行きとはいえ、やる事は終えたので、静かにソロリを発ちたい。
部屋のドア前に、黒天狐戦で落としてしまっていた背嚢と武器が置いてあった。その他に着替えも用意されていたが、ユルは背嚢から強靭加工が施されたスペアの服を取り出し、袖と足を通す。
いつものスタイルになり、脚力+3を付与。窓を静かに開け、庭へ着地。
隠密と靱性、剛性を+3で付与、屋敷に向かってペコリと頭を下げ、ホソーイ家の門を跳躍して超える。
――着地した先、ワッと湧き上がる歓声と拍手。驚いた猫のように垂直へ跳び上がったユルを、100人を超える人々が取り囲む。
この数では、隠密の効果は期待できない。皆がユルへ熱い眼差しを向け、ずいと前へ出てきたマルーイがユルの手を掴み、驚いてぽかんと口を開けている彼を、街路に敷いたカーペットへ座らせた。
「ユルさま、驚かせて申しわけありません。明け方のうちに静かに出て行こうとする、マルーイさまがそう仰いまして」
スポーンが、腰を直角に曲げて言う。
ホソーイがユルの隣に座り、運ばれてくる料理や果汁水をテキパキと並べていく。
「逃走防止」
少し照れた様子でマルーイが呟き、ユルの正面に胡座をかいて座る。
幾枚も繋げられたカーペットに皆が腰を下ろし、してやられたと苦笑いを浮かべたユルを主賓に、午前4時の宴が始まった。
宴は正午まで続き、ユルは大いに笑った。
生まれて初めてだったかもしれない。
午前10時頃には、こういうのも悪くないかも――もちろん、たまにならだけど。
そう思えるように、なっていた。
*************
第1章:城塞県ソロリ 完
幕間:大電機車と獣化の少女 へ続く
――見覚えのある部屋だった。身を包む、忌まわしきハンモックも知っている。
目を覚まし、ユルは自分がどこにいるのかをすぐに理解した。
豪奢なカーテンの隙間から、銀色の月明かりが差し込んできている。
夜のようだった。
「あ! ユルさん、目え覚ましたべか」
部屋の隅にある椅子から、ホソーイが声をかけてきた。ユルは上半身を起こそうとするが、あまり上手く力が入らない。
「とびきり強い鎮痛剤ば打たせてもらったで、まだ動けないと思うです」
鎮痛剤。なるほど、どうりで。
ユルは軽く頷き、ハンモックに身を預け、治癒力+9を付与。
「ホソーイさん。ありがとうございます。外は、どうなっていますか? 黒天狐……あの獣は死にましたか?」
ホソーイからの説明を受け、ユルはまだぼんやりしている頭で整理を始める。
黒天狐はケインの豪邸跡で死んでいた。
遺骸はまだそのままだが、今夜のうちに焼却処分になるらしい。
また、逃げ遅れたのか、ケインと黒天狐の会話を聞いていた者が何名かいたらしく、彼の行いは全ての面で暴かれたとのこと。
ただ、ケインが自身のみを守ろうとしていたのか、それとも10ヶ月に3名ずつの犠牲で県全体を黒天狐の歯牙から守っていたのか、今となっては確認しようがないため、何とも後味の悪い結末となったようだ。
ケロコン、ピロコン兄弟は県民によって拘束され、何をどこまで知っていたのかについて事情聴取をされているが、恐らく処刑にはならないだろうとの事。
10ヶ月苦しんで亡くなったと知った代表者遺族関係者の感情を慮り、長期投獄は免れないようだが。
「ユルさん、英雄っで騒がれてます」
ユルにとって、その一言は意外に尽きた。
行事への興味から必要以上に深入りした結果、黒天狐から売られた喧嘩を買っただけであり、批判はされないまでも、感謝されるいわれはないと思っていた。
「――――なんで僕が英雄なんですか。やりたいようにやっただけですよ。今から思えば、すごく近くにいたので、黒天狐から逃れるのも無理でしたし。戦うしかなかったんです」
「それでも、ユルさんはこの県を食いものにしてきた獣ば、倒してくれました。そんなに傷だらけになっで。知りたくねえ事を知ってまっだ人もいるけど……広い意味で感謝しねえ人なんていねえですよ」
ユルは頭をぼりぼりと掻いた。
何か、めんどくさい事になりそうな予感。
「さっきの付与光、きっど治癒力を+9で付与しだんですよね。その傷でも、明日には歩けるようになります?」
「まあ、そうですね……昼くらいまで寝れば、大体治ってると思いますが」
確証はないです。そう付け加えたうえで、ユルは県法違反になるが、明日の昼までは滞在してもいいかと訊ねる。
もちろんです、その返事を受け、ユルはもう一度目を閉じた。
朝には食事を持ってきます、おやすみなさい。そう言い残して部屋から去ったホソーイをチラリと見やり、ユルは天井を見上げ、深いため息をついた。
――午前4時。
月明かりが薄まったころ。ユルはパッチリと目を覚まし、ブランケットをきっちり畳み、ハンモックから勢いよく飛び降りた。
予想どおり背中は少し痛いが、これは黒天狐に負わされた傷ではない。
全身の傷は完治していないが、もう十分に行動可能であり、明日の昼まで寝れば治る、これはユルの嘘だった。
英雄扱いされて県を出るなんて、まっぴらごめんだった。成り行きとはいえ、やる事は終えたので、静かにソロリを発ちたい。
部屋のドア前に、黒天狐戦で落としてしまっていた背嚢と武器が置いてあった。その他に着替えも用意されていたが、ユルは背嚢から強靭加工が施されたスペアの服を取り出し、袖と足を通す。
いつものスタイルになり、脚力+3を付与。窓を静かに開け、庭へ着地。
隠密と靱性、剛性を+3で付与、屋敷に向かってペコリと頭を下げ、ホソーイ家の門を跳躍して超える。
――着地した先、ワッと湧き上がる歓声と拍手。驚いた猫のように垂直へ跳び上がったユルを、100人を超える人々が取り囲む。
この数では、隠密の効果は期待できない。皆がユルへ熱い眼差しを向け、ずいと前へ出てきたマルーイがユルの手を掴み、驚いてぽかんと口を開けている彼を、街路に敷いたカーペットへ座らせた。
「ユルさま、驚かせて申しわけありません。明け方のうちに静かに出て行こうとする、マルーイさまがそう仰いまして」
スポーンが、腰を直角に曲げて言う。
ホソーイがユルの隣に座り、運ばれてくる料理や果汁水をテキパキと並べていく。
「逃走防止」
少し照れた様子でマルーイが呟き、ユルの正面に胡座をかいて座る。
幾枚も繋げられたカーペットに皆が腰を下ろし、してやられたと苦笑いを浮かべたユルを主賓に、午前4時の宴が始まった。
宴は正午まで続き、ユルは大いに笑った。
生まれて初めてだったかもしれない。
午前10時頃には、こういうのも悪くないかも――もちろん、たまにならだけど。
そう思えるように、なっていた。
*************
第1章:城塞県ソロリ 完
幕間:大電機車と獣化の少女 へ続く
0
あなたにおすすめの小説
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【改訂版】槍使いのドラゴンテイマー ~邪竜をテイムしたのでついでに魔王も倒しておこうと思う~
こげ丸
ファンタジー
『偶然テイムしたドラゴンは神をも凌駕する邪竜だった』
公開サイト累計1000万pv突破の人気作が改訂版として全編リニューアル!
書籍化作業なみにすべての文章を見直したうえで大幅加筆。
旧版をお読み頂いた方もぜひ改訂版をお楽しみください!
===あらすじ===
異世界にて前世の記憶を取り戻した主人公は、今まで誰も手にしたことのない【ギフト:竜を従えし者】を授かった。
しかしドラゴンをテイムし従えるのは簡単ではなく、たゆまぬ鍛錬を続けていたにもかかわらず、その命を失いかける。
だが……九死に一生を得たそのすぐあと、偶然が重なり、念願のドラゴンテイマーに!
神をも凌駕する力を持つ最強で最凶のドラゴンに、
双子の猫耳獣人や常識を知らないハイエルフの美幼女。
トラブルメーカーの美少女受付嬢までもが加わって、主人公の波乱万丈の物語が始まる!
※以前公開していた旧版とは一部設定や物語の展開などが異なっておりますので改訂版の続きは更新をお待ち下さい
※改訂版の公開方法、ファンタジーカップのエントリーについては運営様に確認し、問題ないであろう方法で公開しております
※小説家になろう様とカクヨム様でも公開しております
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。
この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。
ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。
少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。
更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。
そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。
少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。
どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。
少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。
冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。
すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く…
果たして、その可能性とは⁉
HOTランキングは、最高は2位でした。
皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°.
でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )
少し冷めた村人少年の冒険記 2
mizuno sei
ファンタジー
地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。
不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。
旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。
スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる