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大翼竜戦②
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「どういうことか、思ったよりも少年と戦えてますね……?」
言った直後、大翼竜が頭を左右に振る。何かを見失ったのか、焦ったように周囲を見回し、後方へ控えるアカネと翼竜たちへ声をかけた。
「気をつけなさい、お前たち──?」
気配を感じたのか、斜め後方へ鋭く翼を薙ぎ払うが、何かに当たったような音は響かない。
地面に落ちたはずの剣が消えていた。
「鋭利、腕力、跳躍+3付与」
かすれた声が響いた方向。頭を向けた大翼竜の眼前に、琥珀色の閃光。
ユルが大翼竜の額の高さに跳び上がり、剣を鋭く突く。
白濁した血が宙に迸った。
大翼竜の眉間に突き立てられた木目の金属剣から手を離し、ユルは地面へ。
「反応、旋回+4、付与」
頭を左右に振りながら倒れ込む大翼竜の背後へ旋回して回り込み、脚力+9を付与。
数百キロはあろうかという巨体へ跳び蹴りを浴びせ、弾け飛んで廃棄地を転がる大翼竜へ追いつく。
「――さすがに、隠密は知りませんよね」
やや申しわけなさげに言い、ユルは足を限界まで振り、止まった大翼竜の側頭部につま先を叩き込もうとする。
つま先が大翼竜と接触する寸前、ユルの体が地面と水平方向へ飛んだ。
アカネの体を覆っていた1頭の体当たりだった。命を投げ出すような全身全霊の突進を受け、ユルは苦々しい顔で廃棄地を転がっていく。
転がりながら、脇腹の骨が折れたことを認識。痛いと言いたかったが、起き上がったユルの口の中は鉄の味。不快になり、吐き出したのは言葉ではない、赤い血の塊だった。
「あーもう……」
黒い怒りがふつふつと沸いてきていた。本当に、本当に。本当に何をやっているんだ、自分は。あいつ、眉間に剣を突き立てられているのに、立ち上がろうとしている。
報酬のゴルもなしに、あんなに厄介な奴を相手にするなんて。何より、あの強さで危険級とは思えない。等級上げたほうがいいのでは。誰に言えばいいんだろう。
「──トリスちゃん」
アカネの呼びかけに応じたか、子鹿のように脚を震わせていた大翼竜が勢いよく立ち上がった。
アカネを振り向き、静かに頷いてみせる。
「……まだ、やりますか?」
ユルの、心からの問いだった。
もしここであいつが立ち去るなら、それで終わりにしたい。肋骨や腕の穴くらいなら、鎮痛を上手く使えばたぶん勝てるだろう。
だけど、これ以上の傷を負わない保証はない。
あの獣は何をしてくるかわからない。付与の時間を与えず、強言士の動きを封じるように連続で多彩な攻撃を繰り出してくる。
それに、翼竜たちの援護も気になる。いっせいに来られたら対処のしようがない。
ユルは、ソロリで県の内政に干渉しすぎた反省や教訓を何一つも活かせていない自分に腹を立てていた。
頭部を白く濁った血に染め上げ、大翼竜は沈黙している。
「──もう、いい。トリスちゃん、まだ、あたしたち、死ねない」
くぐもった声のアカネを凝視したまま、微動だにしない大翼竜と、その巨躯の周囲を不安気に旋回する翼竜たち。
「もう、やめておきませんか?」
言い終えた直後、ユルの喉の奥で血塊が泡立った。思ったよりもダメージを受けているのか、と不快そうに吐き出し、咳き込んでから続ける。
「僕は別に怒っているわけじゃないです。話を聞く限り、生きるための行動でしょうし。なので、立ち去ってくれたら追わないと約束します」
この先は一対一の状況にはならないだろう。強言士の動きに慣れていそうな大翼竜への切り札になる隠密の効果は半減かそれ以下になる。
戦闘停止。引き分け。表現はなんでもいいから、できればもう戦いたくない。
自分でもよくわからないが、今いち戦闘に身が入らず、譲歩の言葉に聞こえて、実はお願いに近かった。
「応えませんねー……」
左手で頭をぼりぼりと掻き、ユルは苦虫を噛み潰したような顔で続ける。
「もしそうならかなり意外ですが、食料の確保とかじゃなくて、僕との勝負にこだわっているのなら、僕の負けでもいいですよ? そのあたりに、こだわりないですし。とりあえず、何故だかあんまり戦う気になれないんです」
何秒かの沈黙が流れたあと、大翼竜は大きな声で肩を揺らし始めた。まさかの態度に困惑するユルを前にひとしきり笑い終えたころ、喉に血が溜まっているのだろうか、戦闘前よりくぐもった声で言う。
「なんとも馬鹿らしい話だね。人間である少年と私の間に、誇りや意地のようなものが影響すると思うのかい?」
流れる風のような溜め息を吐いた大翼竜はユルへ向き直り、頭を左右に激しく振った。眉間に突き刺さっていた剣が肉片と共に勢いよく飛んでいく。
「……よく生きていますね。結構深くまで刺さっていたはずですけど」
大翼竜は感情の篭らない瞳でユルを凝視したまま、応えない。顔や体全体ではない。その視線が蛍石の辺りだけに向けられているような気がして、ユルは得も言われぬ居心地の悪さを感じ始めていた。
やがて、深いため息と共に大翼竜が口を開く。
「人間ではない、ということだね」
簡潔だが、的確。
その表現を小気味よく思ったユルは、不快感も忘れて短く笑い、同意。
「まあ、確かにそうですね」
「蛍石の少年。残念だが、ここは諦めることにするよ」
――突然の大翼竜のひとことで、ユルは2度驚くことになった。
言った直後、大翼竜が頭を左右に振る。何かを見失ったのか、焦ったように周囲を見回し、後方へ控えるアカネと翼竜たちへ声をかけた。
「気をつけなさい、お前たち──?」
気配を感じたのか、斜め後方へ鋭く翼を薙ぎ払うが、何かに当たったような音は響かない。
地面に落ちたはずの剣が消えていた。
「鋭利、腕力、跳躍+3付与」
かすれた声が響いた方向。頭を向けた大翼竜の眼前に、琥珀色の閃光。
ユルが大翼竜の額の高さに跳び上がり、剣を鋭く突く。
白濁した血が宙に迸った。
大翼竜の眉間に突き立てられた木目の金属剣から手を離し、ユルは地面へ。
「反応、旋回+4、付与」
頭を左右に振りながら倒れ込む大翼竜の背後へ旋回して回り込み、脚力+9を付与。
数百キロはあろうかという巨体へ跳び蹴りを浴びせ、弾け飛んで廃棄地を転がる大翼竜へ追いつく。
「――さすがに、隠密は知りませんよね」
やや申しわけなさげに言い、ユルは足を限界まで振り、止まった大翼竜の側頭部につま先を叩き込もうとする。
つま先が大翼竜と接触する寸前、ユルの体が地面と水平方向へ飛んだ。
アカネの体を覆っていた1頭の体当たりだった。命を投げ出すような全身全霊の突進を受け、ユルは苦々しい顔で廃棄地を転がっていく。
転がりながら、脇腹の骨が折れたことを認識。痛いと言いたかったが、起き上がったユルの口の中は鉄の味。不快になり、吐き出したのは言葉ではない、赤い血の塊だった。
「あーもう……」
黒い怒りがふつふつと沸いてきていた。本当に、本当に。本当に何をやっているんだ、自分は。あいつ、眉間に剣を突き立てられているのに、立ち上がろうとしている。
報酬のゴルもなしに、あんなに厄介な奴を相手にするなんて。何より、あの強さで危険級とは思えない。等級上げたほうがいいのでは。誰に言えばいいんだろう。
「──トリスちゃん」
アカネの呼びかけに応じたか、子鹿のように脚を震わせていた大翼竜が勢いよく立ち上がった。
アカネを振り向き、静かに頷いてみせる。
「……まだ、やりますか?」
ユルの、心からの問いだった。
もしここであいつが立ち去るなら、それで終わりにしたい。肋骨や腕の穴くらいなら、鎮痛を上手く使えばたぶん勝てるだろう。
だけど、これ以上の傷を負わない保証はない。
あの獣は何をしてくるかわからない。付与の時間を与えず、強言士の動きを封じるように連続で多彩な攻撃を繰り出してくる。
それに、翼竜たちの援護も気になる。いっせいに来られたら対処のしようがない。
ユルは、ソロリで県の内政に干渉しすぎた反省や教訓を何一つも活かせていない自分に腹を立てていた。
頭部を白く濁った血に染め上げ、大翼竜は沈黙している。
「──もう、いい。トリスちゃん、まだ、あたしたち、死ねない」
くぐもった声のアカネを凝視したまま、微動だにしない大翼竜と、その巨躯の周囲を不安気に旋回する翼竜たち。
「もう、やめておきませんか?」
言い終えた直後、ユルの喉の奥で血塊が泡立った。思ったよりもダメージを受けているのか、と不快そうに吐き出し、咳き込んでから続ける。
「僕は別に怒っているわけじゃないです。話を聞く限り、生きるための行動でしょうし。なので、立ち去ってくれたら追わないと約束します」
この先は一対一の状況にはならないだろう。強言士の動きに慣れていそうな大翼竜への切り札になる隠密の効果は半減かそれ以下になる。
戦闘停止。引き分け。表現はなんでもいいから、できればもう戦いたくない。
自分でもよくわからないが、今いち戦闘に身が入らず、譲歩の言葉に聞こえて、実はお願いに近かった。
「応えませんねー……」
左手で頭をぼりぼりと掻き、ユルは苦虫を噛み潰したような顔で続ける。
「もしそうならかなり意外ですが、食料の確保とかじゃなくて、僕との勝負にこだわっているのなら、僕の負けでもいいですよ? そのあたりに、こだわりないですし。とりあえず、何故だかあんまり戦う気になれないんです」
何秒かの沈黙が流れたあと、大翼竜は大きな声で肩を揺らし始めた。まさかの態度に困惑するユルを前にひとしきり笑い終えたころ、喉に血が溜まっているのだろうか、戦闘前よりくぐもった声で言う。
「なんとも馬鹿らしい話だね。人間である少年と私の間に、誇りや意地のようなものが影響すると思うのかい?」
流れる風のような溜め息を吐いた大翼竜はユルへ向き直り、頭を左右に激しく振った。眉間に突き刺さっていた剣が肉片と共に勢いよく飛んでいく。
「……よく生きていますね。結構深くまで刺さっていたはずですけど」
大翼竜は感情の篭らない瞳でユルを凝視したまま、応えない。顔や体全体ではない。その視線が蛍石の辺りだけに向けられているような気がして、ユルは得も言われぬ居心地の悪さを感じ始めていた。
やがて、深いため息と共に大翼竜が口を開く。
「人間ではない、ということだね」
簡潔だが、的確。
その表現を小気味よく思ったユルは、不快感も忘れて短く笑い、同意。
「まあ、確かにそうですね」
「蛍石の少年。残念だが、ここは諦めることにするよ」
――突然の大翼竜のひとことで、ユルは2度驚くことになった。
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