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第一章
2、花嫁選び
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終戦より十五年の月日が経とうとしていた。シリウスは国の変化に喜んでいた。ドラグーン国民に対しての偏見は改善傾向が見えていた。もともと貴族側に多かった偏見であるため学問として学びだしてから国民の方は早かった。貴族側にしても少しずつではあるが変わってきている。
貿易を行うのに必要な通貨の価値の統一もできた。ドラグーンもユーザリアも通貨の読み方は違っても種類はともに金貨、銀貨、銅貨の三種類であった。種類が一緒なので読み方を変えるだけで対応ができた。
互いに貿易や物を購入する際は『金貨何枚、銀貨何枚、銅貨何枚』と言う様になった。
ユーザリアでは『金貨、銀貨、銅貨』と、ドラグーンでは『金貨、銀貨、銅貨』と読んでいる。
自国民同士ではそのままであるが両国内でも自国の貨幣が使えるのであれば新たに通貨を作る必要も課金等するややこしさもなく対応できるため特に問題は見られない。
自国内の問題、貿易の問題を解決してシリウスの機嫌はよかったが一つだけ悩みがあった。
シリウスの目下の悩みはあと数カ月に迫った盟約の証の花嫁を探す事だ。それなりに身分の高い方がいい。相手はドラグーン大国の竜王、自分と同じ身分だ。終戦後より何度も交流を結んだ友人だ、シリウス自身が許せないでいた。
「できれば伯爵以上は欲しいよな、子爵や男爵はなぁ」
「国王、どうかされましたか?」
「んん~、花嫁。ルドワードに嫁がせる」
「そうですね、そろそろ本格的に決めなければなりませんね。何せ、国同士の問題ですから」
「どう選ぼうか?」
シリウスの独り言を聞いたのは宰相のルークであった。父王の時より仕えており、なかなか優秀なものだ。そして、シリウスの幼馴染でもある。シリウスはこの幼馴染を信頼しており、なにかと相談している。
シリウスが悩んでいるとルークはある事をひらめいた。
「どうでしょう、晩餐会を開き伯爵以上の方々を令嬢連れで招待されては?」
「晩餐会?」
「はい、国王直々の招待です。拒む者はいませんし、何より令嬢を知る事が出来ます」
「それいいかも!よし、さっそく準備にかかってくれ」
「了解しました」
「いい子が見つかるといいなぁ」
シリウスは晩餐会に期待し始めた。
***
晩餐会の準備が整いつつある頃、ユーザリア大国内の伯爵以上の貴族は国王直々の晩餐会の招待状を受け取った。そこにはすべての十五歳以上二十五歳以下の令嬢を同伴させる事を明記されていた。それはこのウィザルド伯爵家も例外ではなかった。
ウィザルド伯爵家当主フォレンドは苦悶していた。フォレンドには二人の娘がいる。一人は十六歳の目に入れても痛くないほどかわいく思っているリーナだ。もう一人がある事情により自らもあまり接しない十八歳のアリシアだ。二人とも招待状の条件に入っている。
国王の招待は絶対の為フォレンドは至急にアリシアの準備をしなくてはいけなくなった。
フォレンドはアリシアを閉じ込めている幽閉塔に向かった。
そこにはアリシアの面倒をみせている侍女が一人と見張りの兵が数人いるだけだ。フォレンドは兵に侍女とアリシアを館の広間に呼んで来るように命じた。
ほどなくしてアリシアは侍女を伴ってフォレンドのもとに来た。その眼は少し陰っていた。
「国王より直々の晩餐会のお呼び出しだ。そこには十五歳以上二十五歳以下の娘をすべて伴うように書かれている。分かるな」
「はい」
「不本意だがわが伯爵家の恥にならない程度にお前を仕上げる。晩餐会終了までこの館内での生活を命じる」
「はい」
「侍女よ、引き続き面倒を命じる。決して東の部屋より出すな、わかっているな」
「了承しました、アリシア様」
アリシアは侍女と兵に連れられて東の部屋に向かった。そこはかつてアリシアが生活していた場所だ。ある事情によりアリシアはその部屋から幽閉塔に移った。アリシアは初めての晩餐会にも心動かされなかった。ただただ陰りだけが彼女を包んでいた。アリシアについている侍女も兵も彼女を敬遠し、ただ事務的に接するだけだ。
アリシアのある事情とはオッドアイと背中の傷だ。生まれつき魔力の強かったアリシアはオッドアイと言う形でその力が見えた。それも最上の色、スカーレッドだ。それは魔力が溜まりやすい右目に現れた。左目はウィザルド家のコバルトブルーだった。
この時はまだそこまでではなかった。確かに魔力の強すぎるアリシアだったが魔力を使うこの国では強いことは悪いことではなかった。ただウィザルド家では例のない強さだったため接し方がぎこちなかった。
そして、アリシアが敬遠され、幽閉塔に閉じ込められることになったのは背中の傷だ。それは彼女がまだ十歳になったばかりの頃だ。彼女は侍女と数人の兵と一緒に領内の野原で遊んでいた。その時数人の盗賊に襲われ、連れ去らわれてしまった。兵たちも応戦したが盗賊の方が人数も多く隙をつかれた。
連れ去らわれたアリシアはその時盗賊たちに手篭めにされそうになり、必死に抵抗し、逃げようとした。盗賊たちがそんなことを許すわけもなく、叩かれ、蹴られ、鞭で打たれた。その結果が背中の傷だ。アリシアは痛みと恐怖のため逃げる気力もなくなり、絶望した。
間一髪のところでアリシアは一人の青年に助けられた。その青年は瞬く間に一人で盗賊たちすべてを打倒した。
「大丈夫ではないな、薬を塗ろう。怖くないからこっちにおいで」
「……う、うん」
「いい子だ、すぐに良くなる」
「あなたは誰ですか?」
「すまない、名前は言えない。だが、お前の家の前までは送ろう」
青年はアリシアを抱えて人里の方に向かった。林を抜ける直前でアリシアを探す兵たちの姿があった。
「あれはお前を探しているのか?家の者か?」
「うん」
「なら、ここまでだ。いいかい、俺と会ったことは秘密だ」
「なんで?」
「何も伝えれないからだ、大丈夫。お前を迎えに来ているんだ、帰りなさい」
「うん、ありがとう。お兄ちゃん」
「ああ」
アリシアは青年とはそこで別れた。青年は兵と合流できたことを確認してから素早く遠くに行った。その後からだった、アリシアの本当の地獄は。
アリシアの姿を見たフォレンドは手篭めにされたと認識し、アリシアの話も聞かずに幽閉した。フォレンドには賊と交わった恥さらし者でしかなかった。
幽閉されたアリシアはただあの時の優しいお兄ちゃんだけが心の救いだった。この地獄から救われることがなくても自分を救ってくれた相手がおり、その人が自分の潔白を知っているからだ。一人だけではないことが救いとなった。
アリシアの周りは忙しくなった。幽閉時より令嬢としてのことは学んでおりダンスも習得しているが今まで塔での暮らしの為晩餐会に出るドレスがなかった。一式を手配するのに手間がかかった。
フォレンドは時折リーナを伴ってアリシアのもとを訪れた。それは晩餐会中姉妹として親子として接せるようにするためだ。アリシアには関係ないことであった。家の事情も何もかもアリシアには関係なかった。それを大事に思えるほどの記憶がない。ただフォレンドの都合に従うだけの人形のようだった。
***
晩餐会当日多くの貴族たちが自慢の娘たちを連れてきていた。来た者から順にシリウスのもとへ挨拶に向かった。そしてフォレンドたちの番になった。
「今宵、お招き恐悦至極にございます。国王陛下」
「うむ」
「これが私の娘たちにございます。右に居りますのが姉のアリシアでございます。左に居りますのが妹のリーナにございます」
「ああ、今宵は楽しんでくれ」
「ありがたきお言葉」
リーナもアリシアも礼をし、フォレンドについて広場に向かった。フォレンドはすぐに集まりの場に向かった。リーナも仲良くしている者が来ているためそちらに向かった。パーティーなど出たこともないアリシアはただ隅の方に立っていた。その姿はドラグーンに嫁ぐ花嫁を探し、いろんな令嬢に話しかけているシリウスの目にもとまった。他の令嬢と話していてもその姿が目についた。
シリウスは目を付けた令嬢たちの中で最後にアリシアに話しかけた。
「失礼、楽しくはなかったか?」
「国王陛下。いえ、すみません。どうもパーティーは苦手でして」
「そうか、フォレンド伯爵の長女、アリシア嬢で間違いなかったか?」
「はい、アリシア・ウィザルドにございます」
「苦手と言うことはほとんどパーティーには出られていないのかな?」
「はい、お恥ずかしながら妹のリーナが得手のため任せっきりになっています」
「いやいや、人には得手不得手があるからな」
アリシアは事前に言われていたように話した。この時アリシアはシリウスに笑顔を見せていた。館の中では一切笑顔など見せなかったアリシアである。だが、本来アリシアは社交的要素がちゃんと身についている。
「時にアリシア嬢はドラグーン大国をどのように思われているかな?」
「どのようにとは?」
「我々とドラグーンはほんの十五年前までは戦争をしていた。その相手と今後は貿易として手を取り合っていくことになる、それをどのようにお考えか?」
「個人としましてはとても素晴らしいのではないかと思います。私が学んだ限りではとても自然の多く豊かな国だと感じました。それに戦争の始まりは人間の傲慢だったはずです。その相手を許し、対等に接することは難しいと思います。それができる方々なのですから素晴らしい国だと思います」
「はは、自分もそう思う。だが、あまりそう思わない者がまだまだいるようだ」
「そうですね、争い奪うより手を取り合う方がいいと私は思います。すみません!出過ぎた物言いでした」
「いや、アリシア嬢の率直な意見を伺えて良かった。苦手だろうが楽しんでもらえたらと思う」
「ありがとうございます」
シリウスはアリシアと離れ、玉座に戻った。そのそばにはルークがいた。ルークは楽しそうなシリウスの顔をみて何かあったと悟った。それも良い方向でだ。
「いかがでしかた?」
「ああ、いいのがいた。ドラグーンをちゃんと見れる者が」
「口先だけでは?」
「いや、あの言葉は本心だ。あの目は嘘を言っていない」
「あなた様がそういうのならそうなのでしょう。どこのご令嬢ですか?」
「ああ、相手は……」
***
晩餐会から数日が経った。アリシアはもとのように幽閉塔に戻った。このまま何も変わらずここで生きていくのだとアリシアは思っていた。アリシア宛に国王の招集令状が届くまでは。
アリシアは至急設えたドレスを着て再度フォレンドと共に王宮に訪れた。フォレンドは急な招集にアリシアが何かしでかしたのではないかと戦々恐々としていた。
「急な招集すまない」
「滅相もありません、国王陛下」
「ああ、二人を招集したのはある事に関してだ。宰相から話す」
シリウスはルークをみた。ルークは一つ頷いた後、二人に話しかけた。
「ドラグーン大国との盟約の証のことはお二人ともわかっていますね」
「それは重々に」
「その証の一つに我国から竜王に花嫁を嫁がせることになっています」
「はい」
「実は先日の晩餐会はその花嫁を選抜するために開かれたもので国王自らその役目をアリシア嬢にとのお考えです」
「ア、アリシアにですか?!」
フォレンドもアリシア自身も驚いていた。まさかそんな趣旨で晩餐会が開かれたとはつゆにも思っていなかった上にその花嫁にアリシアが選ばれるなどもってのほかだった。
フォレンドは答えに窮した。口外していないもフォレンドはいまだにアリシアが賊と交わった恥さらし者だと思っている。それをウィザルド家よりユーザリア大国の代表として他国に嫁がせることになったのだ。
「国王陛下」
「なんだ?」
「そのお話、他に候補の方がおられましたらそちらにお回し下さい」
「んん?!」
「なんですって?!」
「アリシア!!な、なんということを」
「僭越ながら私は幼き日に背中に大きな傷を負いました。その傷は一生消える事がありません。傷物を国の代表として嫁がせるのは威信にかかわります」
アリシアの拒否に三人とも驚いた。フォレンドに至っては顔面蒼白であった。だがそんな父親のことは見えていないかのようにアリシアは理由を述べた。その発言にさらにフォレンドは困惑した。
「背中に傷ですか?」
「はい」
「俺はいいと思う。ルドワードは外見で相手を判断する者ではない。俺はアリシア嬢の考え方が気に入ったのだ」
「考えですか?」
「ああ、晩餐会での質問覚えているか?」
「はい」
「どの相手に聞いても昔と変わらない偏った考えだった。だが、アリシア嬢は違った。もちろん、俺のご機嫌取りにそう話す者もいたがあの目は嘘をついた目ではなかった」
「……目ですか?」
「ああ、目は口程に物を言う。本当にそう思っていたから俺はあなたを信じた。そして、この話を出した。傷ぐらいで何も変わらない」
アリシアはシリウスの目を見た。確かに口以上にシリウスの目は真剣で嘘偽りのない話だった。これ以上アリシアには拒否するめぼしい理由がなかった。だからフォレンドに判断を任せた。結局のところ父親であるフォレンドに決定権がある。
アリシアの考えを理解したシリウスとルークはフォレンドを見た。
「どうでしょうか?ウィザルド伯爵」
「は、はい!その大役お受けします」
フォレンドが了承したことによってアリシアは正式にドラグーン大国に嫁ぐことになった。アリシアは再度東の部屋に移され、嫁入りの用意が進んだ。館に仕えていた者たちすべてが驚いていた。リーナに至っては悔しそうであった。フォレンドは複雑であった。
アリシアが盟約の証としてドラグーン大国に嫁ぐことは国中に広がった。
貿易を行うのに必要な通貨の価値の統一もできた。ドラグーンもユーザリアも通貨の読み方は違っても種類はともに金貨、銀貨、銅貨の三種類であった。種類が一緒なので読み方を変えるだけで対応ができた。
互いに貿易や物を購入する際は『金貨何枚、銀貨何枚、銅貨何枚』と言う様になった。
ユーザリアでは『金貨、銀貨、銅貨』と、ドラグーンでは『金貨、銀貨、銅貨』と読んでいる。
自国民同士ではそのままであるが両国内でも自国の貨幣が使えるのであれば新たに通貨を作る必要も課金等するややこしさもなく対応できるため特に問題は見られない。
自国内の問題、貿易の問題を解決してシリウスの機嫌はよかったが一つだけ悩みがあった。
シリウスの目下の悩みはあと数カ月に迫った盟約の証の花嫁を探す事だ。それなりに身分の高い方がいい。相手はドラグーン大国の竜王、自分と同じ身分だ。終戦後より何度も交流を結んだ友人だ、シリウス自身が許せないでいた。
「できれば伯爵以上は欲しいよな、子爵や男爵はなぁ」
「国王、どうかされましたか?」
「んん~、花嫁。ルドワードに嫁がせる」
「そうですね、そろそろ本格的に決めなければなりませんね。何せ、国同士の問題ですから」
「どう選ぼうか?」
シリウスの独り言を聞いたのは宰相のルークであった。父王の時より仕えており、なかなか優秀なものだ。そして、シリウスの幼馴染でもある。シリウスはこの幼馴染を信頼しており、なにかと相談している。
シリウスが悩んでいるとルークはある事をひらめいた。
「どうでしょう、晩餐会を開き伯爵以上の方々を令嬢連れで招待されては?」
「晩餐会?」
「はい、国王直々の招待です。拒む者はいませんし、何より令嬢を知る事が出来ます」
「それいいかも!よし、さっそく準備にかかってくれ」
「了解しました」
「いい子が見つかるといいなぁ」
シリウスは晩餐会に期待し始めた。
***
晩餐会の準備が整いつつある頃、ユーザリア大国内の伯爵以上の貴族は国王直々の晩餐会の招待状を受け取った。そこにはすべての十五歳以上二十五歳以下の令嬢を同伴させる事を明記されていた。それはこのウィザルド伯爵家も例外ではなかった。
ウィザルド伯爵家当主フォレンドは苦悶していた。フォレンドには二人の娘がいる。一人は十六歳の目に入れても痛くないほどかわいく思っているリーナだ。もう一人がある事情により自らもあまり接しない十八歳のアリシアだ。二人とも招待状の条件に入っている。
国王の招待は絶対の為フォレンドは至急にアリシアの準備をしなくてはいけなくなった。
フォレンドはアリシアを閉じ込めている幽閉塔に向かった。
そこにはアリシアの面倒をみせている侍女が一人と見張りの兵が数人いるだけだ。フォレンドは兵に侍女とアリシアを館の広間に呼んで来るように命じた。
ほどなくしてアリシアは侍女を伴ってフォレンドのもとに来た。その眼は少し陰っていた。
「国王より直々の晩餐会のお呼び出しだ。そこには十五歳以上二十五歳以下の娘をすべて伴うように書かれている。分かるな」
「はい」
「不本意だがわが伯爵家の恥にならない程度にお前を仕上げる。晩餐会終了までこの館内での生活を命じる」
「はい」
「侍女よ、引き続き面倒を命じる。決して東の部屋より出すな、わかっているな」
「了承しました、アリシア様」
アリシアは侍女と兵に連れられて東の部屋に向かった。そこはかつてアリシアが生活していた場所だ。ある事情によりアリシアはその部屋から幽閉塔に移った。アリシアは初めての晩餐会にも心動かされなかった。ただただ陰りだけが彼女を包んでいた。アリシアについている侍女も兵も彼女を敬遠し、ただ事務的に接するだけだ。
アリシアのある事情とはオッドアイと背中の傷だ。生まれつき魔力の強かったアリシアはオッドアイと言う形でその力が見えた。それも最上の色、スカーレッドだ。それは魔力が溜まりやすい右目に現れた。左目はウィザルド家のコバルトブルーだった。
この時はまだそこまでではなかった。確かに魔力の強すぎるアリシアだったが魔力を使うこの国では強いことは悪いことではなかった。ただウィザルド家では例のない強さだったため接し方がぎこちなかった。
そして、アリシアが敬遠され、幽閉塔に閉じ込められることになったのは背中の傷だ。それは彼女がまだ十歳になったばかりの頃だ。彼女は侍女と数人の兵と一緒に領内の野原で遊んでいた。その時数人の盗賊に襲われ、連れ去らわれてしまった。兵たちも応戦したが盗賊の方が人数も多く隙をつかれた。
連れ去らわれたアリシアはその時盗賊たちに手篭めにされそうになり、必死に抵抗し、逃げようとした。盗賊たちがそんなことを許すわけもなく、叩かれ、蹴られ、鞭で打たれた。その結果が背中の傷だ。アリシアは痛みと恐怖のため逃げる気力もなくなり、絶望した。
間一髪のところでアリシアは一人の青年に助けられた。その青年は瞬く間に一人で盗賊たちすべてを打倒した。
「大丈夫ではないな、薬を塗ろう。怖くないからこっちにおいで」
「……う、うん」
「いい子だ、すぐに良くなる」
「あなたは誰ですか?」
「すまない、名前は言えない。だが、お前の家の前までは送ろう」
青年はアリシアを抱えて人里の方に向かった。林を抜ける直前でアリシアを探す兵たちの姿があった。
「あれはお前を探しているのか?家の者か?」
「うん」
「なら、ここまでだ。いいかい、俺と会ったことは秘密だ」
「なんで?」
「何も伝えれないからだ、大丈夫。お前を迎えに来ているんだ、帰りなさい」
「うん、ありがとう。お兄ちゃん」
「ああ」
アリシアは青年とはそこで別れた。青年は兵と合流できたことを確認してから素早く遠くに行った。その後からだった、アリシアの本当の地獄は。
アリシアの姿を見たフォレンドは手篭めにされたと認識し、アリシアの話も聞かずに幽閉した。フォレンドには賊と交わった恥さらし者でしかなかった。
幽閉されたアリシアはただあの時の優しいお兄ちゃんだけが心の救いだった。この地獄から救われることがなくても自分を救ってくれた相手がおり、その人が自分の潔白を知っているからだ。一人だけではないことが救いとなった。
アリシアの周りは忙しくなった。幽閉時より令嬢としてのことは学んでおりダンスも習得しているが今まで塔での暮らしの為晩餐会に出るドレスがなかった。一式を手配するのに手間がかかった。
フォレンドは時折リーナを伴ってアリシアのもとを訪れた。それは晩餐会中姉妹として親子として接せるようにするためだ。アリシアには関係ないことであった。家の事情も何もかもアリシアには関係なかった。それを大事に思えるほどの記憶がない。ただフォレンドの都合に従うだけの人形のようだった。
***
晩餐会当日多くの貴族たちが自慢の娘たちを連れてきていた。来た者から順にシリウスのもとへ挨拶に向かった。そしてフォレンドたちの番になった。
「今宵、お招き恐悦至極にございます。国王陛下」
「うむ」
「これが私の娘たちにございます。右に居りますのが姉のアリシアでございます。左に居りますのが妹のリーナにございます」
「ああ、今宵は楽しんでくれ」
「ありがたきお言葉」
リーナもアリシアも礼をし、フォレンドについて広場に向かった。フォレンドはすぐに集まりの場に向かった。リーナも仲良くしている者が来ているためそちらに向かった。パーティーなど出たこともないアリシアはただ隅の方に立っていた。その姿はドラグーンに嫁ぐ花嫁を探し、いろんな令嬢に話しかけているシリウスの目にもとまった。他の令嬢と話していてもその姿が目についた。
シリウスは目を付けた令嬢たちの中で最後にアリシアに話しかけた。
「失礼、楽しくはなかったか?」
「国王陛下。いえ、すみません。どうもパーティーは苦手でして」
「そうか、フォレンド伯爵の長女、アリシア嬢で間違いなかったか?」
「はい、アリシア・ウィザルドにございます」
「苦手と言うことはほとんどパーティーには出られていないのかな?」
「はい、お恥ずかしながら妹のリーナが得手のため任せっきりになっています」
「いやいや、人には得手不得手があるからな」
アリシアは事前に言われていたように話した。この時アリシアはシリウスに笑顔を見せていた。館の中では一切笑顔など見せなかったアリシアである。だが、本来アリシアは社交的要素がちゃんと身についている。
「時にアリシア嬢はドラグーン大国をどのように思われているかな?」
「どのようにとは?」
「我々とドラグーンはほんの十五年前までは戦争をしていた。その相手と今後は貿易として手を取り合っていくことになる、それをどのようにお考えか?」
「個人としましてはとても素晴らしいのではないかと思います。私が学んだ限りではとても自然の多く豊かな国だと感じました。それに戦争の始まりは人間の傲慢だったはずです。その相手を許し、対等に接することは難しいと思います。それができる方々なのですから素晴らしい国だと思います」
「はは、自分もそう思う。だが、あまりそう思わない者がまだまだいるようだ」
「そうですね、争い奪うより手を取り合う方がいいと私は思います。すみません!出過ぎた物言いでした」
「いや、アリシア嬢の率直な意見を伺えて良かった。苦手だろうが楽しんでもらえたらと思う」
「ありがとうございます」
シリウスはアリシアと離れ、玉座に戻った。そのそばにはルークがいた。ルークは楽しそうなシリウスの顔をみて何かあったと悟った。それも良い方向でだ。
「いかがでしかた?」
「ああ、いいのがいた。ドラグーンをちゃんと見れる者が」
「口先だけでは?」
「いや、あの言葉は本心だ。あの目は嘘を言っていない」
「あなた様がそういうのならそうなのでしょう。どこのご令嬢ですか?」
「ああ、相手は……」
***
晩餐会から数日が経った。アリシアはもとのように幽閉塔に戻った。このまま何も変わらずここで生きていくのだとアリシアは思っていた。アリシア宛に国王の招集令状が届くまでは。
アリシアは至急設えたドレスを着て再度フォレンドと共に王宮に訪れた。フォレンドは急な招集にアリシアが何かしでかしたのではないかと戦々恐々としていた。
「急な招集すまない」
「滅相もありません、国王陛下」
「ああ、二人を招集したのはある事に関してだ。宰相から話す」
シリウスはルークをみた。ルークは一つ頷いた後、二人に話しかけた。
「ドラグーン大国との盟約の証のことはお二人ともわかっていますね」
「それは重々に」
「その証の一つに我国から竜王に花嫁を嫁がせることになっています」
「はい」
「実は先日の晩餐会はその花嫁を選抜するために開かれたもので国王自らその役目をアリシア嬢にとのお考えです」
「ア、アリシアにですか?!」
フォレンドもアリシア自身も驚いていた。まさかそんな趣旨で晩餐会が開かれたとはつゆにも思っていなかった上にその花嫁にアリシアが選ばれるなどもってのほかだった。
フォレンドは答えに窮した。口外していないもフォレンドはいまだにアリシアが賊と交わった恥さらし者だと思っている。それをウィザルド家よりユーザリア大国の代表として他国に嫁がせることになったのだ。
「国王陛下」
「なんだ?」
「そのお話、他に候補の方がおられましたらそちらにお回し下さい」
「んん?!」
「なんですって?!」
「アリシア!!な、なんということを」
「僭越ながら私は幼き日に背中に大きな傷を負いました。その傷は一生消える事がありません。傷物を国の代表として嫁がせるのは威信にかかわります」
アリシアの拒否に三人とも驚いた。フォレンドに至っては顔面蒼白であった。だがそんな父親のことは見えていないかのようにアリシアは理由を述べた。その発言にさらにフォレンドは困惑した。
「背中に傷ですか?」
「はい」
「俺はいいと思う。ルドワードは外見で相手を判断する者ではない。俺はアリシア嬢の考え方が気に入ったのだ」
「考えですか?」
「ああ、晩餐会での質問覚えているか?」
「はい」
「どの相手に聞いても昔と変わらない偏った考えだった。だが、アリシア嬢は違った。もちろん、俺のご機嫌取りにそう話す者もいたがあの目は嘘をついた目ではなかった」
「……目ですか?」
「ああ、目は口程に物を言う。本当にそう思っていたから俺はあなたを信じた。そして、この話を出した。傷ぐらいで何も変わらない」
アリシアはシリウスの目を見た。確かに口以上にシリウスの目は真剣で嘘偽りのない話だった。これ以上アリシアには拒否するめぼしい理由がなかった。だからフォレンドに判断を任せた。結局のところ父親であるフォレンドに決定権がある。
アリシアの考えを理解したシリウスとルークはフォレンドを見た。
「どうでしょうか?ウィザルド伯爵」
「は、はい!その大役お受けします」
フォレンドが了承したことによってアリシアは正式にドラグーン大国に嫁ぐことになった。アリシアは再度東の部屋に移され、嫁入りの用意が進んだ。館に仕えていた者たちすべてが驚いていた。リーナに至っては悔しそうであった。フォレンドは複雑であった。
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はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
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