竜王の花嫁

桜月雪兎

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第一章

7、過去の幻影

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 一行は驚きの多かった草原を通り抜け林の方に入っていった。林に差し掛かったときからアリシアの様子がおかしくなった。瞳を輝かせて外を見ていたのに窓のそばから離れ、自身を抱きしめている。その顔は青く、全員が心配になるほどだ。
「アリシア様、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。大丈夫……ここは違うのですから」
「アリシア様……ルーク様」
「早めにこの林を抜けましょう。アリシア嬢、少々振動が強くなりますがご辛抱ください」
「はい……わかりました、宰相様」
 ルークは早めに林を抜けるように護衛と騎手に伝えた。馬車の走るスピードは速くなった。その分揺れは強くなったが現状アリシアは馬車酔いがきていないので状態を見ながら早めに抜けるように努めた。
 進むスピードを速めたことでジャックスをはじめとしたドラグーン兵はアリシアを心配しつつも何があったのか気になり、ジャックスが代表でルークに尋ねた。
「アリシア様に何かあったのか?」
「幼いころでしょうか?林で何かあったのでしょう。私も詳しくは把握していません……早めに林を抜けるのが優先です。林を出れば元に戻ると思います」
「わかった。とりあえずは林を抜けよう」
 ルークは詳しく話さなかった。アリシアの過去はルークも三人の侍女も把握しているが現在嫁入りのための道中だ、自分たちから話すのは筋違いだと思ったからだ。この話はアリシア自身が相手を信頼し、伝える必要があった。これにより不信感を持たれることがない様にだ。竜王にも傷の存在は伝えているがどういう経緯からかは伝えていない。アリシア自身に竜王を信頼できた時に話すように話している。
 ジャックスとアルシードは目くばせをして馬車の左右についた。そして、馬車は林を抜けるために急いでいた。アリシアは馬車酔いこそはしないが過去の出来事におびえ、更に顔色を悪くしつつ、強く自身を抱きしめている。ミナはそんなアリシアを守るように抱きしめた。ルークもアリシアの変化にすぐに対応できるように準備をした。
 しかし、急ぐとことは上手くいかない様で、ここにきて邪魔が入った。肉食の猛獣の群れが出てきた。その姿は大型の狼だが荒い息とともに火を噴いている。
「ここに来て炎狼えんろうの群れか!」
「泣き言をいうな!アリシア様をお守りしろ!!」
「火属性の獣か?!」
「水属性の魔法でどうにかできるか?!」
「俺たちは魔法は使えんからわからん。だが、炎で攻撃してくるのは確かだ」
 急な戦闘に入ったがドラグーン兵もユーザリア兵も共闘した。ジャックスとアルシードは馬車の護衛に回った。しかし、群れの数が多いためかなかなか決着がつかない。
 戦闘の音を聞いてアリシアはますますおびえていった。ミナも怖かったがアリシアを守ろうと抱きしめる強さが強くなった。これに焦れたのはルークだった。
「らちが開きませんね」
「ルーク様?」
「加勢してきます。ジャックスとアルシードがいるので大丈夫だと思いますがアリシア嬢のことよろしくお願いします」
「はい、ご武運を」
 ルークは一人馬車から降りた。そして、戦闘の方に向かって歩き始めた。
「ルーク?どこに?」
「終わらせてきます。アリシア嬢のことお願いします」
「へ?お、おい!」
「下手に手を出さない方がいいぞ」
「隊長?」
「あいつは宰相だが優秀な魔術使いだ。戦争中はよく苦汁を嘗めさせられた」
「あいつが?」
「見ろよ、ユーザリア兵たちが我が兵を伴って下がった」
 ジャックスの言うとおり、ルークが前に出たのを確認するとユーザリア兵たちはドラグーン兵を連れて下がってきた。もちろん事情の分からないドラグーン兵たちはユーザリア兵たちに進言しているがその必死な表情に戸惑っていた。全員が馬車の近くまで来るとジャックスがユーザリア兵に礼を述べた。
「すまない、助かった」
「いえいえ、ルーク様の術は威力が強いので」
「術?」
「お前たちは知らないがルークは戦争中で恐ろしいほどの力を発揮していたんだぞ」
「今でこそ宰相として知恵を絞っているけどな」
「あの方の魔法が届くところにはいない方がいいぞ」
 全員がそう話しているなんてルークは気付きもしなかった。ルーク一人になって炎狼たちは値踏みをするように見た。それはルークも一緒だった。
「(索敵サーチ)……やはり火属性。弱点は水」
「グルルルルルルッ!」
「さっさと道を開かせてもらいますよ。水鼬ウォーターウィーズル!!」
 ルークが心の中で索敵を展開するとモノクルをしている方の目に紫色の魔方陣が幾重にも出てそれが炎狼の情報を探った。今までの相手と違うことを悟った炎狼たちが威嚇してきた。それに合わせてルークが挑発すると炎狼たちは向かってきた。
 ルークは詠唱を省いて水属性の水鼬を数匹召喚した。召喚の際水色の魔方陣がルークの足元にできた。召喚と言っても大気中の水気でできたイタチである。そのため水気の塊がイタチの姿をしており、体は半透明な水色で瞳が赤い。大きさは魔力の大きさに比例するのか炎狼と同等の大きさであった。
 水鼬は向かってくる炎狼を飲み込んだり、体に巻きつき行動を封じて噛んだりして攻撃した。飲み込まれた炎狼はもがき苦しんだ。水気の塊である水鼬だ、当然体は水でできているので窒息死をしていく。火属性のため水には特に弱いためか噛み付かれただけでも致命傷になっていった。リーダー格であろう炎狼は自軍の劣勢を悟り、生き残った仲間を連れて林の奥に逃げて行った。
 それはものの数分の出来事だった。ルークの強さにドラグーン兵たちは目を見開いていた。ジャックスとユーザリア兵たちは苦笑していた。
「水属性を極めた魔術師でもあそこまで大きな水鼬を召喚できないだろうな」
「ルーク様の魔力や魔術は別格だろう」
「あの人あんなに強いんだ」
「ほんと仲間だと心強いんだがな」
「これからは仲間ですよ、盟約の下」
「そうだな」
「何をしているんです。早く林を抜けますよ」
 ルークは道に転がった炎狼の死体を端によけて馬車の方に戻った。その時驚いているドラグーン兵や苦笑しているユーザリア兵やジャックスに小言を言った。馬車の中で見ていたミナは驚いていた。アリシアは見る余裕もないのでただミナに抱きしめられながら林から早く抜けれるように祈っていた。
 ルークが馬車に乗り込むと態勢を建て直し、足早に林を抜けようとしていた。

 ルークが乗り込んだ際侍女も交代した。今度はリリアになった。リリアはアリシアが怖がらないように馬車のカーテンを閉めた。薄手のケープを被せ、抱きしめた。
「アリシア様」
「……大丈夫、大丈夫。ここにはいない……ここは違う場所」
「アリシア様、リリアがいます。必ずお守りします、大丈夫ですよ」
「リリア」
「リリアはこれでも武術を学んでいます!アリシア様をしっかりとお守りしますよ」
「あ、ありがとう」
「はい、ですので少しお休みください。怖くないですよ、ルーク様やたくさんの兵隊さんがいます。大丈夫です、怖くないですよ」
「うん、うん。怖くない……怖い人はここにはいない」
「はい」
 アリシアはリリアの笑顔に少し癒され、リリアにもたれかかり眼を閉じた。少しだけ顔色が戻った感じがする。
「アリシア嬢は眠られたか?」
「はい」
「この間に林を抜けれたらいいのだが」
「アリシア様は……」
「彼女の傷の話はしただろう」
「はい」
「林の中だ。夜の林の中でそれは起きた」
「だから、アリシア様は」
「ああ。思い出すのだろう。怖かった記憶が」
「……辛いでしょうに」
「過去の幻影はいつまでも取れない。自分で克服しない限り」
「はい」
 ルークもリリアも辛い顔をした。辛い過去を持ちながら懸命に生きるアリシアを苦しめるものは幻影でしかないのにそれをどうにもできないことがリリアには苦しかった。ルークは別の意味でアリシアに申し訳なく思っていた。
 それはアリシアを傷つけたのが国境近くを根城にしている盗賊たちだからだった。当時より以前から討伐軍を出していたがそれがままならなかったため起きてしまった。滞りなく捕まえられていたらアリシアが辛い思いをする必要がなかったとルークは今でも考えている。
 一度アリシアにそのことを話したがアリシアはそれさえも受け入れた。

 ***

 アリシアの背中の傷の治療のことを話した時にルークは自身の判断でアリシアに傷に至った盗賊討伐の不手際のことを話した。計画通りいっていればアリシアがいたウィザルド領に盗賊が入ることはなく、アリシアが傷つくことがなかったからだ。
『そうですか』
『はい、本来なら討伐されているはずでした。あなたも傷つくことは』
『いいのです』
『アリシア嬢?』
 アリシアはルークの話をさえぎった。さえぎった上でしっかりとルークと向き合った。
『いいのです、宰相様。もしもの仮定を話しても何にもなりません。起きてしまったことは変わりません』
『……そうですね』
『私はこれでいいのです……ですが、ありがとうございます』
『はい?』
 ルークはアリシアに礼を言われるなんて思っていなかった。言われるなら恨み言だと思っていた。ルークは疑問に思いながらアリシアの顔を見た。それは本当に恨み言のないという笑顔だった。
 アリシアはルークの話を聞いて恨むのではなく感謝した。その気持ちをしっかりと伝えた。
『本来なら隠すこともできたでしょう。それを話してくださり、謝罪までしてくださいました』
『アリシア嬢』
『私はあなた様方を恨んだりしません。私はそのお心だけで十分なのです。ですからそれ以上ご自分を責めないでください』
 アリシアはルークに微笑みながら話した。ルークはそれにより心が軽くなった。

 ***

 ルークはそんなことを思い出していた。怖かったことは変わりないし、辛かったことも変わりないはずなのにそれさえも受け入れようとするアリシアの器の大きさに感嘆した。だが、克服となると話は別物だ。
「アリシア嬢(あなたに幸多くなることを願います)」
「アリシア様、私たちがお守りします。ルーク様、私は決めました」
「そうですか」
「はい」
「了承しました。そのように変更しておきます」
「ありがとうございます」
 リリアはある決断をし、ルークに伝えた。ルークもそれを察し、了承した。
 林も残り少しで抜けると来た頃また敵襲にあった。今度は獣ではなく人だった。それも盗賊のたぐいだ。半獣人でも亜人でもなく人間だった。それにルークが苦虫を噛んだ様な顔をした。友好を築こうとしてはや十五年、人間の盗賊がドラグーンに入り込んでいるなどよくなかった。
 ルークは再度馬車から降りた。今度はドラグーン兵にこの人間たちの処罰をさせないためだ。処罰をするなら自分たち人間がするのが筋だからだ。
「ジャックス、すみませんがこの者たちは私たちユーザリアの管轄です」
「……そうしたいのか?」
「人間の行いは人間が正します。今回はそうさせてください」
「わかった。ドラグーン兵、手出し無用だ」
「はい!」
 ルークはユーザリア兵を連れて盗賊と対峙した。
「はっ、わざわざ国のお偉いさんが出てくるとはどんな宝物が後ろにあるのやら」
「あなたたちには関係のないことです。国境近くの盗賊が討伐を逃れるためにここまで来ているとは誤算です。拘束させてもらいます!!」
「させるかよ!!」
 ユーザリア兵たちは盗賊を逃がさないために戦いながら中心に固めていった。その間にルークは小さく詠唱しながら盗賊たちが固まるのを待った。戦いながらリーダー格の盗賊は様子がおかしいことに気が付いた。駆け出しばらばらに戦ていたはずなのに気づけば一か所にまとめられていた。
 しかし気付いた頃には遅くルークの詠唱も終わった。
「……かの者たちを投獄の間に護送せよ、転送ワープ
「く、くそうっ!!」
 盗賊たちの足元に黒い魔方陣が出て抜け出せないように黒のオーラが囲っていた。盗賊たちはもがいているが出ることができず、そのまま姿が消えた。投獄の間に転送されたのだ。
 投獄の間というのは盗賊や犯罪者などを魔方陣で転送させるための特別な場所だ。監獄に直結しているので送られたら逃げることはできない。
 盗賊たちを捕まえてルークは馬車の方に戻った。
「投獄したのか?」
「ええ、これで国境近くに存在した盗賊は壊滅したと思います」
「そうか」
「はい、あと少しですね」
「ああ、早く抜けよう」
「はい」
 ルークは少し心配した。盗賊が出た時アリシアは眠っていたが戦闘中に起きてはいないかと、もし起きていれば昔のことを思い出し、怯えているのではないかとだが、それは危惧に終わった。
 アリシアはリリアに抱きしめられながら眠っていた。林に入ってからの緊張状態が幸いしたようで深く眠っており、戦闘中の音でも起きなかったようだ。
 ルークはそれに一安心し、馬車に乗り込んだ。
 そして一行はアリシアが眠っている間に林だけではなく、次の宿屋にまでついた。
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