竜王の花嫁

桜月雪兎

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第一章

21、誘拐犯の正体

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 ルドワードたちがルイと接触している間にアリシアはある屋敷に連れてこられた。そこはルイやカイ、リンの主人の屋敷でそこの一室に入れられた。
 そこは屋敷の中で一番質素な場所ではあったが主人の見栄なのかそれでも調度品は確かなものばかりだった。
 カイがアリシアを連れてくると自らの正体を隠すようにローブに包まれた主人がいた。主人がベッドの方に顎をやるのを見てカイはアリシアをそこのベッドに寝かした。
「花嫁の捕獲完了しました」
「ああ、鎖でつないでおけ」
「了解しました」
 カイは言われたとおりにでベッドとアリシアの右腕をつないだ。カイは主人に天井にいるように命ぜられ、天井裏から事の成り行きを見ることになった。
 だが、天井裏にルイがいないことを確認して安堵した。これから行われるだろうことをルイが見る必要はないのだ。
(ごめんね、花嫁さん)
 カイは心の中でアリシアに謝った。自身の右肩をつかんで。カイもまたそこにある証が刻まれている。それは何をしても消えることはない。カイたちには消し方さえも分からない。そしてそれがカイたち兄弟を苦しませる生い立ちの証だ。

 しばらくするとアリシアが目を覚ました。
 アリシアは視界に入ったその場所が知っている所でないことに驚いた。そして自身の右腕につけられている鎖の手かせをみていた。そうしているとこの屋敷の主人が話しかけた。
「目が覚めたようだな」
「だ、誰ですか?!」
「この屋敷の主人だ、ユーザリアから来た花嫁」
「……ここはどこですか?」
「ここは王都・グランディアから離れたわが領地」
「私に何用ですか?」
 アリシアは努めて気丈にふるまった。何一つ情報を渡そうとしない目の前の人物に危機感を覚えたからだ。左手で手かせに触れた。
 気がかりなのは気を失う直前まで一緒にいたリンが側にいないことだ。
「簡単な話だ。君にあいつの子供を産まれては困るんだよ」
「……」
「王族の血統に忌まわしき『人間の血』を入れるわけにはいかない」
「それで私に何をするつもりですか?」
「子供を産めなくする、ただそれだけだ」
 屋敷の主人は黒い笑みを浮かべた。アリシアは発せられた言葉に絶句した。
 屋敷の主人は「子供を産めなくする」と言った。道具も何もないこの部屋でそれが出来る方法は限られている。アリシアは青ざめた。
 アリシアの怯えた表情を見て屋敷の主人は笑みを深くした。そして合図を送ると数人の男たちが入ってきた。
 男たちは覆面をしているがそれ以外はパンツのみで自身の屈強な体をさらしていた。間違ってもアリシアがかなう相手ではない。もちろんそんな男たちにかなうものなど限られているだろう。
 男たちは卑下ひげた笑い声を上げながら屋敷の主人に話しかけた。
「本当にこの女を自由にしていいのですか?」
「ああ、かまわん。壊してしまえ」
「あ~あ、かわいそうに。ここにとつがなければこんな目に合わずに済んだのによう」
「ちげぇねぇ」
 男たちは楽しそうに獲物であるアリシアに詰め寄っていった。
 カイは天井裏で口をかみしめていた。傷つけたくない相手が傷つくのを見届けなくてはいけない。こんなことリンにもルイにもカイはさせたくない。
 だから一人でここにいる。何かあった際に飛び込んでいけるように。
 カイがアリシアの方に目をやると驚いた。アリシアは絶句はしていても絶望はしていなかった。
「あなたがどなたかは分かりませんが一つ言わせてもらいます」
「なんだ?」
「あまりユーザリア大国の者を見くびらないでいただきたいです」
「何だと?」
「力がすべてではございませんよ?」
「構わん!やって黙らせろ!!」
 男たちは屋敷の主人の命に従ってアリシアにかけていった。
 だが、誰一人としてアリシアにたどり着かなかった。アリシアにたどり着く直前になって何かに阻まれ、勢いのまま全員が頭を打ち気絶したのだ。
 その光景に屋敷の主人は言葉が出なかった。
 そうしているとアリシアがベッドより下りた。鎖の手かせはベッドから出れるほどの長さはなかった。だがアリシアはベッドから下りている。その手には開錠された手かせがあった。
 屋敷の主人は己が目を疑った。
「な、なぜ?」
「なぜ?簡単なことです。私はユーザリア大国の者。こんな変哲もないの手かせならすぐに開錠できます」
(すごい)
 カイは感嘆した。ただ悲しみ、もがきながらもなす術なく事が行われるものだとこの場に居合わせた者たち全員が思っていたからだ。
 だが、実際はアリシアは自らの主人と対峙している。ただ竜王たちに守られている少女ではなかった。戦う術を持った少女だ。
「ユーザリアの魔法か」
「理解しているようですね」
「忌まわしい奴だ、おとなしく犯されていればいいものを!」
「誰が愛した人以外にされますか!」
(まぁ、確かにね)
「だがここからは逃げられないぞ、お前にはここの地理がない。帰り道など分かるまい!!」
 屋敷の主人は高笑いをした。確かにアリシアにはここがどこでどう帰ればいいのか分からない。
 だがアリシアには焦りはなかった。それは確かな自信があった。確かではあるが根拠はない。
「ルド様たちがすぐに迎えに来てくださりますのでお気になさらず」
「……なぜそう言える」
「信じておりますので」
「信じる?ハハハハ!なんの根拠もない。本当に信じられるのか?」
「もちろんです」
「これを見てもか?来い!リン・ロウ」
 屋敷の主人は自らの右腕をつかみ、リンの名を呼ぶと召喚陣が浮き出てそこからリンが出てきた。さすがのアリシアも驚いた。召喚陣が出たこともそこからリンが召喚されたことも。
「リン?なぜ?」
「リンはわがしもべだ。つまりお前をここに導いたのはお前の信じるリンだ」
「アリシア様……申し訳ありません」
(姉さん!)
 カイは急に召喚されたリンを見て苦悩した。リンを本当は巻き込みたくはなかった。一番近くにいたからこそリンには苦しむアリシアを見せたくなかった。
 アリシアはリンを見ていた。リンはアリシアの視線に耐え切れず瞳をそらした。その瞳には雫が一つ流れた。
「リン」
「アリシア様」
「大丈夫ですよ、あなたは悪くありません」
「っっ!」
「何を言っている?」
「私はあなたを許さないと言っているのです」
 アリシアの魔力が上がった。アリシアが一歩また一歩と屋敷の主人に近づく。
 アリシアはリンを防護球シールドの中に閉じ込めた。間違っても流れ弾が行かないように。
「その姿拝見させていただきます。衝撃破ウィンディア
「っっ!!」
 アリシアはわざとローブをはぎ取るように攻撃した。ローブは留め具を破壊され、衝撃破ウィンディアの余波で吹き飛んでいった。
 そして現れた屋敷の主人の姿をアリシアは見た。
 それは竜の亜人だった。目つきも悪く、紫の瞳に金色の短髪をしている。
「竜の亜人?ルド様たちの関係者?」
「あんな奴らと一緒にするな!俺の方が正統な後継者だ!!」
「正統な後継者?」
「わが名はエンデリック・ディス・クレメント。本来は俺がこの国の王になるはずだった」
「……」
「あいつらさえいなければ!」
 アリシアはエンデリックを見た。本人は正統な後継者だというがアリシアにはそうは見えなかった。だが竜の亜人がそう多くいるとはアリシアにも思えなかった。この国の王を竜王と呼ぶように竜の亜人であることが王家の血筋という可能性がある。
 アリシアの疑問に答えたのはリンだった。
「アリシア様、この国で王族やその分家に当たる方々だけが竜の亜人ウェアドラゴンであり、竜の獣人ワードラゴンなのです」
「王族とその分家」
「あいつらさえいなければ俺が竜王になっていたものを!忌々しい!!」
 アリシアは呆れた。エンデリックがどのような者か分からないが少なくともアリシアには竜王に向かない人物であることが分かった。
 傲慢なものが頂点に立てばその行く先が既に見えている。
「あなたは己の欲望を叶えるためだけにこんなことをしているのですか?」
「欲望?違うな、正しい道になおすだけだ」
「誰も望んでいないことをするのは自らの欲望です。今日半日を見ても分かります。ルド様はこの十五年でこの国を良き方に導いています。誰にでもできる事ではありません」
「俺ならもっと良く出来る!」
「あなたが歩む道に人々の幸せがあるとは思えません。少なくともリンをこんな風に苦しめているあなたに王になる資格などありません」
「きさま!!」
 アリシアは防護球シールドを強めた。間違ってもリンを召喚されないために。これで簡単には召喚できなくなった。
 そしてアリシアは力を込めた。身勝手なわがまま者を黙らせるために。
衝撃破ウィンディア!」
「来い!カイ・ロウ!!」
「え?ぐふっ!」
「カ、カイ!!」
「な、なに?!」
 エンデリックはリンの方を見たが呼べないのを理解し、天井裏に忍ばせておいたカイを召喚した。
 カイは急の召喚に驚き、防御もできないままアリシアの衝撃破ウィンディアを受けた。
 リンはカイが召喚され、アリシアの攻撃を受けたことに叫んだ。
 アリシアは別の人物の召喚に驚いた。
 エンデリックはカイを盾代わりに使ったのだ。
「ハハハハ、リンだけが俺の手持ちじゃない。まぁ、こいつはリンの弟だがな」
「リンの弟」
「カイ!カイ!!返事をして!」
「グッ、姉、さん」
 カイは頭を振って正面を見た。アリシアがとっさに力を緩めたからだ。アリシアは顔をしかめた。
 エンデリックは再度黒く笑った。アリシアにとってリンの弟であるカイを傷つけられないことがその表情から読み取れたのだ。そして最も最低な命をカイにした。
「カイ、命令だ。お前がそいつを犯せ」
「なっ!」
「リンの弟であるお前をそいつは邪険に扱えない。子供などできないように犯しつくせ」
「っっっ!そ、それは」
「何をしている、命令だ。それとも命令違反か?」
「ぐぅぅ!りょ、了解、で…す」
 エンデリックが命令違反だと判断しようとした際カイは右肩をつかんで苦しんだ。そして命令に従うとその痛みは消えた。その様子を見てアリシアはあることを確信した。
 アリシアは近づいてくるカイから距離を保っていたが壁にぶつかり、それ以上逃げれなくなった。逃げ場をなくしたアリシアは恐怖した。リンの弟を傷つけることはアリシアにはできなかった。
 カイはなるべく乱暴にならないように気をつけながらアリシアをベッドに横たわらせ、その上にのり上半身の服を脱いだ。
 その右肩にはある証があった。そうそれは十五年も前に一部の貴族たちがドラグーン国民につけた服従の刻印だ。
 アリシアはその刻印に目をやりながらも現状に恐怖した。ルドワードたちが必ず助けに来てくれると信じているが、相手がカイである以上アリシアは満足な抵抗もできない。
「や、やめて」
「っっ!……すみません、花嫁さん」
「カイ、アリシア様……誰か、助けて」
「はやくしろ!」
 エンドリックの命令が下ったとき扉が大きな音を立てて蹴破られた。
 そこにいた人物たちの姿を目にとめたアリシアは涙した。
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