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第一章
14・5、スカルディアの誓い
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アリシアの一瞬見せた寂しそうな顔にスカルディアは頭をかいた。あまり人と接する機会がなかったのでこんな時にどういうことを言えばいいのかわからない。
「ああ、シア姉。その大丈夫か?」
「はい?何がですか?」
「なんか、兄貴に言いたいことがあるんじゃないのか?……その、さ、寂しいんなら言わないとあの兄貴わかんないぜ」
「っ!す、すみません。そんなわかりやすかったですか?」
「い、いや、俺もそうだったし」
「スカル様も?」
「ッッ!な、なんでもない!!忘れろ!!!」
スカルディアは不意に自分のことを話してしまったのが恥ずかしくなってアリシアから顔をそむけた。だが、アリシアにはそれがちゃんと見えていた。そして微笑ましく思った。
アリシアはそこで始めて自分が寂しかったのだと、誰かのことを微笑ましく、親しく思えるのだと分かった。一人でいた時にはわからなかった。
道中もみんなが自分を気遣ってくれたり、いろんなことを教えてくれることに感謝した。嬉しかった。それも初めての体験で初めて知った感覚だった。
幽閉塔に入る前も幽閉塔に入った後にも知らなかった。全員がアリシアを遠巻きに接していたからだ。親しい相手がいなかったアリシアには分からない事ばかりだった。
寂しいと思う前に『家族でない』と言われたため悲しみの方が強かった。憎しみの方が増した。そしてどうにもできないことに絶望し、すべてを諦めた、虚無の感覚がアリシアのすべてを包んだ。
何も変わらない、生きている感覚もない八年がやっと終わったのだと時間が経つごとにアリシアは理解した。
ここに来てさらに初めての感覚を知った。寂しいと思う暇もなかった道中、寂しいと感じる前に失った八年、初めて『寂しい』とアリシアは思った。本当はもっと一緒にいたいのだと。
でも、アリシアも貴族の娘としての教育は一応受けていたためそれを望んではいけないことだと分かっていた。分かっていてもその感情を抑えることはできないのだということも、誰かに気遣ってもらえて嬉しいということも初めて知った。
そして、スカルディアの反応に微笑ましいと思った。妹がいてもあまりにも違い過ぎた。接点がなさ過ぎた。アリシアがリーナを妹と思う前に、認識する前に、あまりにも違い過ぎる待遇に全く違う存在のようだった。
愛されない自分と愛される妹、そのことが幼いアリシアの目にも分かっていた。だから何も望まなかったし何も思わなかった。同じようにしてもらいたくてもそれが叶わないのを理解しているから。それでも寂しいとは思わなかった、それがアリシアの『普通』、『普段』だった。
アリシアを気遣いながら自分の過去のこと言って恥ずかしがっているスカルディアをアリシアは微笑ましく思い、少しずつ自身の環境が変わっているのをアリシアは嬉しく思った。
アリシアはいまだに恥ずかしがっているスカルディアの両手を握り感謝した。
「シ、シア姉?!」
「ありがとうございます、スカル様」
「い、いや」
「私、初めてです。寂しいと思ったの、前はそんなの思う暇もなかったので」
「……ああ」
「寂しいと思うのも、誰かに気遣ってもらうのも初めてです」
「んん?」
「だから気遣って下さってありがとうございます、とても嬉しいです。スカル様」
「あ、ああ」
スカルディアは少し戸惑った。本当に嬉しそうなアリシアの表情から嘘ではないことがわかった。だからこそ戸惑った。
寂しいと思う暇がなかった。それならそれだけ愛されて傍にいてくれる存在がいたってことだが、その次の『誰かに気遣ってもらえなかった』というのはそれだけ誰も気にかけなかったということだ。
一貴族の娘にそんなことがあるのか、親にとって娘とは特別可愛いものではないのか、それがスカルディアの疑問だった。
アリシアを見ているとアリシア自身が嘘をついていないことも、リリアたちを見ても嘘ではないことがわかる。リリアたちが心配そうにしているのだ。労わるようにアリシアを見ているのだ。そこに嘘はない。スカルディアでもそれは分かる。
スカルディアが戸惑っているとアリシアが爆弾を投下した。
「スカル様も寂しいのですか?」
「っっ!む、昔の話だ!!」
「今は寂しくないのですか?」
「だ、だから」
「これからは私がいますからね」
「……」
「これからは私がいますよ。一緒にお話して、一緒にお出かけもしましょう」
「あ、兄貴とすればいいだろ」
「ルド様はお忙しいみたいですし、スカル様ともしたいです」
「き、気が向いたらな」
「はい!それでルド様のお手があいた時は三人でお話をして、三人でお茶をして、三人でお出かけもしましょう」
「三人」
「はい、ルド様とスカル様と私とで」
「……そうだな」
スカルディアは嬉しかった。自然と自分を一緒に入れてくれるのが。一緒にいようとしてくれるのが。
スカルディアも本当は寂しかった。昔からあまり一緒にいてくれない兄に嫌われていると思った時期もあった。親は戦争時で忙しかったし、かまう事も会うこともほとんどなかった。長く続く戦争で狂い始めていた。
そうしているとスカルディアには嫌な話がよく聞こえた。自分を嫌う者たちの声ばかりが耳についた。だからこうして一緒にいてくれると自然と言ってくれる相手は珍しかった。
昔も一緒にいた者はいた。今もその面子の一部とは交流が続いている。それでも寂しかった。初めは信じきれなかったから。
「それで、これからどうするつもりだ?」
「はい、中庭でゆっくりしましょう。昨晩ルド様と一緒に行きましたが昼間も行ってみたいです」
「中庭はまだだったな。分かった、行こう」
「はい!」
アリシアの無邪気な笑顔にその場の全員が癒され、微笑ましく見ていた。
アリシアのそんな姿にスカルディアは苦笑しながらこの無邪気な相手が自分の兄・ルドワードの花嫁でよかったと心から思った。そしてこの無邪気な存在を姉として守っていくことをスカルディアは自分の心に誓った。
「ああ、シア姉。その大丈夫か?」
「はい?何がですか?」
「なんか、兄貴に言いたいことがあるんじゃないのか?……その、さ、寂しいんなら言わないとあの兄貴わかんないぜ」
「っ!す、すみません。そんなわかりやすかったですか?」
「い、いや、俺もそうだったし」
「スカル様も?」
「ッッ!な、なんでもない!!忘れろ!!!」
スカルディアは不意に自分のことを話してしまったのが恥ずかしくなってアリシアから顔をそむけた。だが、アリシアにはそれがちゃんと見えていた。そして微笑ましく思った。
アリシアはそこで始めて自分が寂しかったのだと、誰かのことを微笑ましく、親しく思えるのだと分かった。一人でいた時にはわからなかった。
道中もみんなが自分を気遣ってくれたり、いろんなことを教えてくれることに感謝した。嬉しかった。それも初めての体験で初めて知った感覚だった。
幽閉塔に入る前も幽閉塔に入った後にも知らなかった。全員がアリシアを遠巻きに接していたからだ。親しい相手がいなかったアリシアには分からない事ばかりだった。
寂しいと思う前に『家族でない』と言われたため悲しみの方が強かった。憎しみの方が増した。そしてどうにもできないことに絶望し、すべてを諦めた、虚無の感覚がアリシアのすべてを包んだ。
何も変わらない、生きている感覚もない八年がやっと終わったのだと時間が経つごとにアリシアは理解した。
ここに来てさらに初めての感覚を知った。寂しいと思う暇もなかった道中、寂しいと感じる前に失った八年、初めて『寂しい』とアリシアは思った。本当はもっと一緒にいたいのだと。
でも、アリシアも貴族の娘としての教育は一応受けていたためそれを望んではいけないことだと分かっていた。分かっていてもその感情を抑えることはできないのだということも、誰かに気遣ってもらえて嬉しいということも初めて知った。
そして、スカルディアの反応に微笑ましいと思った。妹がいてもあまりにも違い過ぎた。接点がなさ過ぎた。アリシアがリーナを妹と思う前に、認識する前に、あまりにも違い過ぎる待遇に全く違う存在のようだった。
愛されない自分と愛される妹、そのことが幼いアリシアの目にも分かっていた。だから何も望まなかったし何も思わなかった。同じようにしてもらいたくてもそれが叶わないのを理解しているから。それでも寂しいとは思わなかった、それがアリシアの『普通』、『普段』だった。
アリシアを気遣いながら自分の過去のこと言って恥ずかしがっているスカルディアをアリシアは微笑ましく思い、少しずつ自身の環境が変わっているのをアリシアは嬉しく思った。
アリシアはいまだに恥ずかしがっているスカルディアの両手を握り感謝した。
「シ、シア姉?!」
「ありがとうございます、スカル様」
「い、いや」
「私、初めてです。寂しいと思ったの、前はそんなの思う暇もなかったので」
「……ああ」
「寂しいと思うのも、誰かに気遣ってもらうのも初めてです」
「んん?」
「だから気遣って下さってありがとうございます、とても嬉しいです。スカル様」
「あ、ああ」
スカルディアは少し戸惑った。本当に嬉しそうなアリシアの表情から嘘ではないことがわかった。だからこそ戸惑った。
寂しいと思う暇がなかった。それならそれだけ愛されて傍にいてくれる存在がいたってことだが、その次の『誰かに気遣ってもらえなかった』というのはそれだけ誰も気にかけなかったということだ。
一貴族の娘にそんなことがあるのか、親にとって娘とは特別可愛いものではないのか、それがスカルディアの疑問だった。
アリシアを見ているとアリシア自身が嘘をついていないことも、リリアたちを見ても嘘ではないことがわかる。リリアたちが心配そうにしているのだ。労わるようにアリシアを見ているのだ。そこに嘘はない。スカルディアでもそれは分かる。
スカルディアが戸惑っているとアリシアが爆弾を投下した。
「スカル様も寂しいのですか?」
「っっ!む、昔の話だ!!」
「今は寂しくないのですか?」
「だ、だから」
「これからは私がいますからね」
「……」
「これからは私がいますよ。一緒にお話して、一緒にお出かけもしましょう」
「あ、兄貴とすればいいだろ」
「ルド様はお忙しいみたいですし、スカル様ともしたいです」
「き、気が向いたらな」
「はい!それでルド様のお手があいた時は三人でお話をして、三人でお茶をして、三人でお出かけもしましょう」
「三人」
「はい、ルド様とスカル様と私とで」
「……そうだな」
スカルディアは嬉しかった。自然と自分を一緒に入れてくれるのが。一緒にいようとしてくれるのが。
スカルディアも本当は寂しかった。昔からあまり一緒にいてくれない兄に嫌われていると思った時期もあった。親は戦争時で忙しかったし、かまう事も会うこともほとんどなかった。長く続く戦争で狂い始めていた。
そうしているとスカルディアには嫌な話がよく聞こえた。自分を嫌う者たちの声ばかりが耳についた。だからこうして一緒にいてくれると自然と言ってくれる相手は珍しかった。
昔も一緒にいた者はいた。今もその面子の一部とは交流が続いている。それでも寂しかった。初めは信じきれなかったから。
「それで、これからどうするつもりだ?」
「はい、中庭でゆっくりしましょう。昨晩ルド様と一緒に行きましたが昼間も行ってみたいです」
「中庭はまだだったな。分かった、行こう」
「はい!」
アリシアの無邪気な笑顔にその場の全員が癒され、微笑ましく見ていた。
アリシアのそんな姿にスカルディアは苦笑しながらこの無邪気な相手が自分の兄・ルドワードの花嫁でよかったと心から思った。そしてこの無邪気な存在を姉として守っていくことをスカルディアは自分の心に誓った。
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