竜王の花嫁

桜月雪兎

文字の大きさ
49 / 118
第一章

39、披露宴前の嵐④

しおりを挟む
 ルドワードはアリシアの様子を見ながら尋ねた。
 アリシアにしてみれば答えは決まっている。もう関わりたくないのだ。自身の嫌な気持ちなどと向き合いたくない、ルドワードたちと平和に暮らしたいのだ。
「シア、どうする?」
「私はもう関わりたくありません。早々にお帰り下さい」
「アリシア」
「私はあなたたちを恨むことはあっても気にかけることはありません。私にしたことをあなたたちは忘れているのですか?」
「い、いや」
 アリシアはルドワードに抱き寄せられながら視線だけをフォレンドたちに向けた。
 フォレンドはアリシアの言葉に言い淀んだ。
 心が痛み、冷えきるような感じがアリシアにはしているがルドワードに抱き寄せられていることで心の均衡が保たれているのだ。
 それでも冷たくなる口調を押さえることはできないでいる。
 だが、それは誰にでも分かるほど仕方ないのだ、それだけのことをされてきているのだから。
「幼い私でもわかるほど私を疎ましく思っていたのです。居なくなって清々しているはずではありませんか?」
「……」
「かまいませんよ。それは私もそうなのですから」
「姉様」
 アリシアはリーナに姉と言われてカッとなってしまい、大きな声をあげた。
 周りはそのことに驚いているがそれを気にするだけの余裕がアリシアにはない。
「私を姉とも思っていないのにそのように呼ばないでください!シリウス陛下にお願いして私のユーザリアの戸籍は抜いてもらうことになっています」
「何?」
 アリシアの言葉にフォレンドが眉をひそめた。その姿にアリシアはビクッと体を強張こわばらした。
 ルドワードはアリシアの背中を優しく撫ぜて、フォレンドを睨んだ。
 フォレンドはそれに視線を逸らした。
 そんなやり取りを見ながらルークが説明することにした。ユーザリア国内のことなので宰相であるルークが説明するに適しているからだ。
「私が話しましょう。アリシア嬢はユーザリアを出る前に自らの戸籍を抜くようにお願いされました。ドラグーンの戸籍だけを所有することになります。つまりアリシア嬢が嫁いだことで発生するはずだった恩情はなくなるのです」
「なっ!」
 まさか恩情が入らないとフォレンドはつゆにも思っていなかった。
 アリシアにしてみれば当然のことだ、辛い思いばかりさせられているのにフォレンドたちが喜ぶことをする必要はない。
 段々話が難しくなってきてラティアはただ黙り話が終わるのを待つしかなくなった。
「疎まれて、迫害されていた私がなぜあなたたちに貢献しなくてはいけないのですか?」
「……」
「私は何度も死にたいと思いました。幽閉塔に入れられ、力が使えないように封印され、塔を出ることもできず、それでも私を支えたのは私を助けてくれた方です。あなたたちが私が襲われたのを名目に私を追いやっても、なんとも思いませんでした。それでも人としての生き方ができないことが、自身の先を思うと潔く死にたいと思いました」
「シア姉」
 スカルディアにはこれがアリシアの本音なのだと分かった。
 嫌なものを押し隠してありのままでいるのもアリシア自身なのだが、聞いているだけでもこの世の全てを憎みたくなるほどのことをすべて許せるはずがないのだ。
 スカルディアはアリシアにもそういうものがあることになぜかホッとした。
 ただの聖人君子ではなく、血の通った人であると感じられたからだ。
「それが出来ないと分かりながら生きることがどれほど辛いことかあなたたちには分からないのです」
「アリシア様」
 アリシアの言葉は面々の心をわし掴んだ。あまりにも辛すぎることが理解できるからだ。
 死にたくても死ねない、これが本当に辛いのだ。
 もちろん、死ぬことは極力ない方で考えたいがそうも言ってられない。
 心の平安を望み、死に逃げるものは多くいる。
 それでも前を向いて生きていかなくてはいけない、それがどんなに険しい道でも。
「それでも自身を保ちながら生きれたのは私を助けてくれた方が私の潔白を知っているということ……人として初めて優しくされたことが私の生きる糧になれたのです」
「シア」
 アリシアはルドワードの服を強く握った。ここに確かに自分の大切な人、愛する人がいると分かるように。
 アリシアはしばらく瞳に溜まった涙をルドワードの影に隠れて流した。
「決してあなたたちじゃありません。私はあなたたちを憎むことしかできません。それでもそれを忘れて新しく生きようとしているのです……なぜ、邪魔をするのですか?私が疎ましかったのに……お母様の血をひく私が」
「ん?どういうことだ?」
「アリシア嬢の母君?」
 急にアリシアの母親のことが出てルークたちは首をかしげた。
しおりを挟む
感想 44

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

前世で孵した竜の卵~幼竜が竜王になって迎えに来ました~

高遠すばる
恋愛
エリナには前世の記憶がある。 先代竜王の「仮の伴侶」であり、人間貴族であった「エリスティナ」の記憶。 先代竜王に真の番が現れてからは虐げられる日々、その末に追放され、非業の死を遂げたエリスティナ。 普通の平民に生まれ変わったエリスティナ、改めエリナは強く心に決めている。 「もう二度と、竜種とかかわらないで生きていこう!」 たったひとつ、心残りは前世で捨てられていた卵から孵ったはちみつ色の髪をした竜種の雛のこと。クリスと名付け、かわいがっていたその少年のことだけが忘れられない。 そんなある日、エリナのもとへ、今代竜王の遣いがやってくる。 はちみつ色の髪をした竜王曰く。 「あなたが、僕の運命の番だからです。エリナ。愛しいひと」 番なんてもうこりごり、そんなエリナとエリナを一身に愛する竜王のラブロマンス・ファンタジー!

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

王宮侍女は穴に落ちる

斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された アニエスは王宮で運良く職を得る。 呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き の侍女として。 忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。 ところが、ある日ちょっとした諍いから 突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。 ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな 俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され るお話です。

処理中です...