竜王の花嫁

桜月雪兎

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第二章

34.5、アルシードの想い

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 その夜、アルシードはスカルディアの自室を訪ねた。
 スカルディアは第一近衛隊に所属はしているが現竜王弟でもあるので自室は王族関係者のところにある。
 もちろん、第一近衛隊の副隊長であり、昔からの友人であるアルシードはこんな時に訪問してもな何も言われない。
 まぁ、昔からずっとなので諦められているところがあるが。
 アルシードは扉をノックして、声をかけた。
 スカルディア本人の希望で使用人をおいていないからだ。
「スカル、いるか?」
「アル?どうかしたか?」
「実は話があってな」
「まぁ、入れよ」
「ああ」
 スカルディアに促されるままにアルシードは部屋に入り、いつものように席についた。
 そんなアルシードを横目にみながらスカルディアは酒の用意をした。
 アルシードが言いにくそうにしていたので酒をきっかけに話ができればっと思ったのだ。
 効果は上々、アルシードは酒の力も借りてポツポツと話始めた。
「スカル、俺……実家を継ぐことにしたんだ」
「実家って、グレイ家を?」
「ああ」
「ガイに何かやりたいことができたのか?」
「ああ。本気みたいだしな、あいつがやっと掴んだ夢だ、応援してやりたいだろ」
「そうだな」
 スカルディアは昼間に聞いていたが知らないふりをした。
 どこで聞いたかと問われると返答に困る。
 アルシードの弟妹たちが二人のためにしていることを話さないといけなくなるからだ。
 二人は同時に一口酒を飲んだ。
 スカルディアはわかっていた、そんな報告の為だけにアルシードがこの王族関係者にあるスカルディアの自室にしかもこんな夜に来るわけがない。
 アルシードがこうやって人目がなく、人に聞かれる事がない時間帯をあえて選んだのは聞かれたくない話がある時か、今回のように自身だけでは踏ん切りがつかなかった話をする為だ。
 結局、スカルディアの方から話せるように切り出した。
「そういうことが言いたいわけじゃないんだろ」
「うっ」
「お前はそんな話なら平然と昼間の誰かがいる場所でもするだろ」
「いやいや、もうちょっと場所を選ぶって!結構、デリケートな話だぞ、これ」
「そうかもな。でも、こんな時間にわざわざここに来ては言わない」
「……」
 アルシードは黙ってまた一口酒を飲んだ。
 どうもまだ言うには勇気がいる。
 周りから何度か言われていても本人の口からは言いづらいものだ。
 そんな悪友の姿にスカルディアは苦笑した。
「リンの事だろ?」
「っっ!!……ああ、それでな。リンの事はあきらめるつもりだ」
「いいのか?」
「……リンはやっと幸せになれるんだ。それなのに家を継ぐ俺が気持ちを伝えては迷惑だろ」
「……」
 スカルディアは何とも言えなかった。
 昼間にマリアが言ったようにリンの結構分かりやすい反応にアルシードは気づいてなかった。
 自身のことになると疎いアルシードに呆れていた。
 だが、アルシードは黙ってしまったスカルディアを無言の肯定と取って俯いた。
「ああ、アル」
「なんだ?」
「お前って本当に自分のことになると疎いよな」
「は?」
「ったく、思い返してみろよ。リンはお前と周りで反応が違うぞ」
「そんなはずは……」
 アルシードは思い返してみた。
 アリシアとのリン、侍女仲間とのリン、ルイやカイとのリン、スカルディアやジャックスとのリン。
 そのすべては多少の心の変化はあれど大きなところで変わりはなかった。
 ならばと自身とのリンを思い返してみると確かに周りとはだいぶ違った。
 ちょっとのことでも嬉しそうにしてくれた、その顔に特別な感情があるのが分かる時だってあった。
 そういうことを思い出し、アルシードは自然と顔を朱に染めていた。
 スカルディアはそれに苦笑した。
「思い当たる場所があるだろ」
「あ、ああ」
「お前が本気ならリンを手放すな」
「スカル?」
「俺にはそういう経験ないが手放すべきじゃないことはわかる」
「だが、かなりいばらの道だぞ。市民が貴族なるのは」
「だろうな。もともと王族の俺でもそれぐらいわかる」
「だったら」
「だがな、そんな理由で好いた男に拒絶されるリンの身にもなれ」
「っっ!!」
「わかるだろ。リンはシア姉の侍女だ。普通の市民と違って礼節にマナーなど知っている」
「ああ」
「シア姉の侍女ってことは後ろにシア姉や兄貴がいるんだぞ。誰が、文句言えるんだ?」
「うちの親……も、無理か。あいつらは権力に弱い」
「そういうことだ」
「……」
 スカルディアは今言える範囲での話をしたがそれでもアルシードは二の足を踏んでいる。
 スカルディアには何をそんなに気にしているのかわからなかった。
 現竜王と竜王妃が後ろに居て何が心配なのか。
「リンは弟たちを置いて俺のもとに来てくれると思うか?」
「弟?」
「ああ、あいつが俺と一緒になれば貴族になる。だが、弟たちは違う」
「あいつらだって第一近衛隊に居るんだぞ。そこに入りたくて仕方ない騎士がどれほどいるか分かっているのか?それを差し置いて入隊した。もちろん、不平が出ないようにその能力も逐一わかるようにしてだ」
「そ、それはそうだが」
「その近衛隊にはおまえ自身がいるだろ。身分として置いていくとしても一生会えないわけでもない」
「そうだな」
「他にあるか?」
「……ない。が」
「が?」
「俺からは伝える気はない」
「おい!」
「確かにリンが俺に特別な感情を向けてくれているのはわかった。それ自体は嬉しい。だが、うちは複雑だ。貴族になるだけでもいばらの道なのにそんな厄介な場所に嫁ぐ必要はない」
「……リンが告白してきたらどうする?」
「……気持ちだけもらっておくさ」
「頑固者め。だがな、一言忠告しておくぞ」
「なんだ?」
「狼ってのはな、家族や一度好いた相手に対して情が深い。一途だしな」
「そうだな。でも、猫だってそうだぞ」
「ああ、でもな。逃げきれないぞ」
「???」
「すぐにわかるさ」
「そうか?」
「ああ」
 スカルディアはそれ以上は言わなかった。
 アルシードはコップに入っていた酒をすべて飲むとスカルディアに礼を言って自室に帰っていった。
 それを見送りながらスカルディアは何となくアルシードがリンから逃げられる気がしなかった。
 結局、両思いなのだ。
 その思いから逃げられるはずがない。
 ましてやアリシアが率先してリンとアルシードの仲を取り持とうとしているのだ。
 スカルディア自身でも勝てないと思っている義姉にアルシードが逃げ切れるとは思わない。
「覚悟しておくんだな、アル。シア姉は手ごわいから」
 そんなことをつぶやきながらスカルディアは眠りについた。
 ついでに後日、ジャックスにもアルシードは同様の話をした。
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