95 / 118
第二章
34.5、アルシードの想い
しおりを挟む
その夜、アルシードはスカルディアの自室を訪ねた。
スカルディアは第一近衛隊に所属はしているが現竜王弟でもあるので自室は王族関係者のところにある。
もちろん、第一近衛隊の副隊長であり、昔からの友人であるアルシードはこんな時に訪問してもな何も言われない。
まぁ、昔からずっとなので諦められているところがあるが。
アルシードは扉をノックして、声をかけた。
スカルディア本人の希望で使用人をおいていないからだ。
「スカル、いるか?」
「アル?どうかしたか?」
「実は話があってな」
「まぁ、入れよ」
「ああ」
スカルディアに促されるままにアルシードは部屋に入り、いつものように席についた。
そんなアルシードを横目にみながらスカルディアは酒の用意をした。
アルシードが言いにくそうにしていたので酒をきっかけに話ができればっと思ったのだ。
効果は上々、アルシードは酒の力も借りてポツポツと話始めた。
「スカル、俺……実家を継ぐことにしたんだ」
「実家って、グレイ家を?」
「ああ」
「ガイに何かやりたいことができたのか?」
「ああ。本気みたいだしな、あいつがやっと掴んだ夢だ、応援してやりたいだろ」
「そうだな」
スカルディアは昼間に聞いていたが知らないふりをした。
どこで聞いたかと問われると返答に困る。
アルシードの弟妹たちが二人のためにしていることを話さないといけなくなるからだ。
二人は同時に一口酒を飲んだ。
スカルディアはわかっていた、そんな報告の為だけにアルシードがこの王族関係者にあるスカルディアの自室にしかもこんな夜に来るわけがない。
アルシードがこうやって人目がなく、人に聞かれる事がない時間帯をあえて選んだのは聞かれたくない話がある時か、今回のように自身だけでは踏ん切りがつかなかった話をする為だ。
結局、スカルディアの方から話せるように切り出した。
「そういうことが言いたいわけじゃないんだろ」
「うっ」
「お前はそんな話なら平然と昼間の誰かがいる場所でもするだろ」
「いやいや、もうちょっと場所を選ぶって!結構、デリケートな話だぞ、これ」
「そうかもな。でも、こんな時間にわざわざここに来ては言わない」
「……」
アルシードは黙ってまた一口酒を飲んだ。
どうもまだ言うには勇気がいる。
周りから何度か言われていても本人の口からは言いづらいものだ。
そんな悪友の姿にスカルディアは苦笑した。
「リンの事だろ?」
「っっ!!……ああ、それでな。リンの事はあきらめるつもりだ」
「いいのか?」
「……リンはやっと幸せになれるんだ。それなのに家を継ぐ俺が気持ちを伝えては迷惑だろ」
「……」
スカルディアは何とも言えなかった。
昼間にマリアが言ったようにリンの結構分かりやすい反応にアルシードは気づいてなかった。
自身のことになると疎いアルシードに呆れていた。
だが、アルシードは黙ってしまったスカルディアを無言の肯定と取って俯いた。
「ああ、アル」
「なんだ?」
「お前って本当に自分のことになると疎いよな」
「は?」
「ったく、思い返してみろよ。リンはお前と周りで反応が違うぞ」
「そんなはずは……」
アルシードは思い返してみた。
アリシアとのリン、侍女仲間とのリン、ルイやカイとのリン、スカルディアやジャックスとのリン。
そのすべては多少の心の変化はあれど大きなところで変わりはなかった。
ならばと自身とのリンを思い返してみると確かに周りとはだいぶ違った。
ちょっとのことでも嬉しそうにしてくれた、その顔に特別な感情があるのが分かる時だってあった。
そういうことを思い出し、アルシードは自然と顔を朱に染めていた。
スカルディアはそれに苦笑した。
「思い当たる場所があるだろ」
「あ、ああ」
「お前が本気ならリンを手放すな」
「スカル?」
「俺にはそういう経験ないが手放すべきじゃないことはわかる」
「だが、かなりいばらの道だぞ。市民が貴族なるのは」
「だろうな。もともと王族の俺でもそれぐらいわかる」
「だったら」
「だがな、そんな理由で好いた男に拒絶されるリンの身にもなれ」
「っっ!!」
「わかるだろ。リンはシア姉の侍女だ。普通の市民と違って礼節にマナーなど知っている」
「ああ」
「シア姉の侍女ってことは後ろにシア姉や兄貴がいるんだぞ。誰が、文句言えるんだ?」
「うちの親……も、無理か。あいつらは権力に弱い」
「そういうことだ」
「……」
スカルディアは今言える範囲での話をしたがそれでもアルシードは二の足を踏んでいる。
スカルディアには何をそんなに気にしているのかわからなかった。
現竜王と竜王妃が後ろに居て何が心配なのか。
「リンは弟たちを置いて俺のもとに来てくれると思うか?」
「弟?」
「ああ、あいつが俺と一緒になれば貴族になる。だが、弟たちは違う」
「あいつらだって第一近衛隊に居るんだぞ。そこに入りたくて仕方ない騎士がどれほどいるか分かっているのか?それを差し置いて入隊した。もちろん、不平が出ないようにその能力も逐一わかるようにしてだ」
「そ、それはそうだが」
「その近衛隊にはおまえ自身がいるだろ。身分として置いていくとしても一生会えないわけでもない」
「そうだな」
「他にあるか?」
「……ない。が」
「が?」
「俺からは伝える気はない」
「おい!」
「確かにリンが俺に特別な感情を向けてくれているのはわかった。それ自体は嬉しい。だが、うちは複雑だ。貴族になるだけでもいばらの道なのにそんな厄介な場所に嫁ぐ必要はない」
「……リンが告白してきたらどうする?」
「……気持ちだけもらっておくさ」
「頑固者め。だがな、一言忠告しておくぞ」
「なんだ?」
「狼ってのはな、家族や一度好いた相手に対して情が深い。一途だしな」
「そうだな。でも、猫だってそうだぞ」
「ああ、でもな。逃げきれないぞ」
「???」
「すぐにわかるさ」
「そうか?」
「ああ」
スカルディアはそれ以上は言わなかった。
アルシードはコップに入っていた酒をすべて飲むとスカルディアに礼を言って自室に帰っていった。
それを見送りながらスカルディアは何となくアルシードがリンから逃げられる気がしなかった。
結局、両思いなのだ。
その思いから逃げられるはずがない。
ましてやアリシアが率先してリンとアルシードの仲を取り持とうとしているのだ。
スカルディア自身でも勝てないと思っている義姉にアルシードが逃げ切れるとは思わない。
「覚悟しておくんだな、アル。シア姉は手ごわいから」
そんなことをつぶやきながらスカルディアは眠りについた。
ついでに後日、ジャックスにもアルシードは同様の話をした。
スカルディアは第一近衛隊に所属はしているが現竜王弟でもあるので自室は王族関係者のところにある。
もちろん、第一近衛隊の副隊長であり、昔からの友人であるアルシードはこんな時に訪問してもな何も言われない。
まぁ、昔からずっとなので諦められているところがあるが。
アルシードは扉をノックして、声をかけた。
スカルディア本人の希望で使用人をおいていないからだ。
「スカル、いるか?」
「アル?どうかしたか?」
「実は話があってな」
「まぁ、入れよ」
「ああ」
スカルディアに促されるままにアルシードは部屋に入り、いつものように席についた。
そんなアルシードを横目にみながらスカルディアは酒の用意をした。
アルシードが言いにくそうにしていたので酒をきっかけに話ができればっと思ったのだ。
効果は上々、アルシードは酒の力も借りてポツポツと話始めた。
「スカル、俺……実家を継ぐことにしたんだ」
「実家って、グレイ家を?」
「ああ」
「ガイに何かやりたいことができたのか?」
「ああ。本気みたいだしな、あいつがやっと掴んだ夢だ、応援してやりたいだろ」
「そうだな」
スカルディアは昼間に聞いていたが知らないふりをした。
どこで聞いたかと問われると返答に困る。
アルシードの弟妹たちが二人のためにしていることを話さないといけなくなるからだ。
二人は同時に一口酒を飲んだ。
スカルディアはわかっていた、そんな報告の為だけにアルシードがこの王族関係者にあるスカルディアの自室にしかもこんな夜に来るわけがない。
アルシードがこうやって人目がなく、人に聞かれる事がない時間帯をあえて選んだのは聞かれたくない話がある時か、今回のように自身だけでは踏ん切りがつかなかった話をする為だ。
結局、スカルディアの方から話せるように切り出した。
「そういうことが言いたいわけじゃないんだろ」
「うっ」
「お前はそんな話なら平然と昼間の誰かがいる場所でもするだろ」
「いやいや、もうちょっと場所を選ぶって!結構、デリケートな話だぞ、これ」
「そうかもな。でも、こんな時間にわざわざここに来ては言わない」
「……」
アルシードは黙ってまた一口酒を飲んだ。
どうもまだ言うには勇気がいる。
周りから何度か言われていても本人の口からは言いづらいものだ。
そんな悪友の姿にスカルディアは苦笑した。
「リンの事だろ?」
「っっ!!……ああ、それでな。リンの事はあきらめるつもりだ」
「いいのか?」
「……リンはやっと幸せになれるんだ。それなのに家を継ぐ俺が気持ちを伝えては迷惑だろ」
「……」
スカルディアは何とも言えなかった。
昼間にマリアが言ったようにリンの結構分かりやすい反応にアルシードは気づいてなかった。
自身のことになると疎いアルシードに呆れていた。
だが、アルシードは黙ってしまったスカルディアを無言の肯定と取って俯いた。
「ああ、アル」
「なんだ?」
「お前って本当に自分のことになると疎いよな」
「は?」
「ったく、思い返してみろよ。リンはお前と周りで反応が違うぞ」
「そんなはずは……」
アルシードは思い返してみた。
アリシアとのリン、侍女仲間とのリン、ルイやカイとのリン、スカルディアやジャックスとのリン。
そのすべては多少の心の変化はあれど大きなところで変わりはなかった。
ならばと自身とのリンを思い返してみると確かに周りとはだいぶ違った。
ちょっとのことでも嬉しそうにしてくれた、その顔に特別な感情があるのが分かる時だってあった。
そういうことを思い出し、アルシードは自然と顔を朱に染めていた。
スカルディアはそれに苦笑した。
「思い当たる場所があるだろ」
「あ、ああ」
「お前が本気ならリンを手放すな」
「スカル?」
「俺にはそういう経験ないが手放すべきじゃないことはわかる」
「だが、かなりいばらの道だぞ。市民が貴族なるのは」
「だろうな。もともと王族の俺でもそれぐらいわかる」
「だったら」
「だがな、そんな理由で好いた男に拒絶されるリンの身にもなれ」
「っっ!!」
「わかるだろ。リンはシア姉の侍女だ。普通の市民と違って礼節にマナーなど知っている」
「ああ」
「シア姉の侍女ってことは後ろにシア姉や兄貴がいるんだぞ。誰が、文句言えるんだ?」
「うちの親……も、無理か。あいつらは権力に弱い」
「そういうことだ」
「……」
スカルディアは今言える範囲での話をしたがそれでもアルシードは二の足を踏んでいる。
スカルディアには何をそんなに気にしているのかわからなかった。
現竜王と竜王妃が後ろに居て何が心配なのか。
「リンは弟たちを置いて俺のもとに来てくれると思うか?」
「弟?」
「ああ、あいつが俺と一緒になれば貴族になる。だが、弟たちは違う」
「あいつらだって第一近衛隊に居るんだぞ。そこに入りたくて仕方ない騎士がどれほどいるか分かっているのか?それを差し置いて入隊した。もちろん、不平が出ないようにその能力も逐一わかるようにしてだ」
「そ、それはそうだが」
「その近衛隊にはおまえ自身がいるだろ。身分として置いていくとしても一生会えないわけでもない」
「そうだな」
「他にあるか?」
「……ない。が」
「が?」
「俺からは伝える気はない」
「おい!」
「確かにリンが俺に特別な感情を向けてくれているのはわかった。それ自体は嬉しい。だが、うちは複雑だ。貴族になるだけでもいばらの道なのにそんな厄介な場所に嫁ぐ必要はない」
「……リンが告白してきたらどうする?」
「……気持ちだけもらっておくさ」
「頑固者め。だがな、一言忠告しておくぞ」
「なんだ?」
「狼ってのはな、家族や一度好いた相手に対して情が深い。一途だしな」
「そうだな。でも、猫だってそうだぞ」
「ああ、でもな。逃げきれないぞ」
「???」
「すぐにわかるさ」
「そうか?」
「ああ」
スカルディアはそれ以上は言わなかった。
アルシードはコップに入っていた酒をすべて飲むとスカルディアに礼を言って自室に帰っていった。
それを見送りながらスカルディアは何となくアルシードがリンから逃げられる気がしなかった。
結局、両思いなのだ。
その思いから逃げられるはずがない。
ましてやアリシアが率先してリンとアルシードの仲を取り持とうとしているのだ。
スカルディア自身でも勝てないと思っている義姉にアルシードが逃げ切れるとは思わない。
「覚悟しておくんだな、アル。シア姉は手ごわいから」
そんなことをつぶやきながらスカルディアは眠りについた。
ついでに後日、ジャックスにもアルシードは同様の話をした。
12
あなたにおすすめの小説
前世で孵した竜の卵~幼竜が竜王になって迎えに来ました~
高遠すばる
恋愛
エリナには前世の記憶がある。
先代竜王の「仮の伴侶」であり、人間貴族であった「エリスティナ」の記憶。
先代竜王に真の番が現れてからは虐げられる日々、その末に追放され、非業の死を遂げたエリスティナ。
普通の平民に生まれ変わったエリスティナ、改めエリナは強く心に決めている。
「もう二度と、竜種とかかわらないで生きていこう!」
たったひとつ、心残りは前世で捨てられていた卵から孵ったはちみつ色の髪をした竜種の雛のこと。クリスと名付け、かわいがっていたその少年のことだけが忘れられない。
そんなある日、エリナのもとへ、今代竜王の遣いがやってくる。
はちみつ色の髪をした竜王曰く。
「あなたが、僕の運命の番だからです。エリナ。愛しいひと」
番なんてもうこりごり、そんなエリナとエリナを一身に愛する竜王のラブロマンス・ファンタジー!
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
黒騎士団の娼婦
イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
王宮侍女は穴に落ちる
斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された
アニエスは王宮で運良く職を得る。
呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き
の侍女として。
忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。
ところが、ある日ちょっとした諍いから
突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。
ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな
俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され
るお話です。
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる