【完結】転生後宮録―花毒と禁符の記憶―

@あおはる

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第五話

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 翠玲スイレイは、琳琅 リンランと対面していた。

 事の発端は、監察司の詩涵シハンから聞いた、とある侍女の存在。
 詩涵と同じ様に、元“徳妃”付きの侍女だった彼女が、今は“淑妃”付きの侍女になっているという。

 その侍女の名前は、琳琅 。
 侍女の主人が変わるのは、後宮では偶にあることなので、その辺は気にしなくて良いところだが。

 翠玲は、取り敢えず調べてみようと思い立つ。

 そして、ここ数日の翠玲達は、琳琅の行動を水面下で探っていた。
 部屋の出入り、香道具の使い方、誰と接触していたか……細かな観察を続けたが、決定的な証拠は掴めなかった。

 それが変わったのは、それから更に、数日経った後のこと。

 以前の禁苑にて、割れた薬瓶と風水符の残骸を見つけた翠玲だったが、その欠片が、琳琅の部屋にある香道具と一致していることに気が付いたのだ。

「翠薇姉さま……私、琳琅さんに直接聞いてみたいです」

 そう願い出た翠玲に対し、翠薇姉さまは、一瞬だけ黙考し、やがて頷いた。

 その後直ぐに、琳琅をこちらに寄越してもらう文をしたため、それを紅玉ホンユイに、淑妃が住まう香蘭宮に届けてもらう。

 そして今日、淑妃の許しを得て、琳琅は清華宮を訪れる事になった。
 淑妃宛に書いた名目は、“琳琅に元徳妃の人となりを教えて欲しい。そして、四夫人の一人として参考にしたいから”ということにした。

 やがて、琳琅が部屋に現れたとき、その顔には、不安と諦めの色が交錯しているように見えた。

 部屋には、徳妃チームが勢揃いしているのだから、さもありなん。

 (……圧、凄いよね。そんな表情にもなるよねぇ)
 
 そして、翠玲が一言も発さぬうちに、翠薇姉さまに進められて、琳琅はおずおずと座り、お茶が出る前に自ら震える声で「わたしが、やりました」と、告白を始めたのだった。

「誰かに、言われたの?」

 翠玲の問いに、琳琅は、答えを躊躇わない様子で口を開く。

「……美琳 メイリン美人様です」

 清華宮の空気が、一瞬凍りつく。

 美琳美人。
 後宮の片隅──芳心宮にて、ひっそりと暮らす下位の美人。
 容姿は端麗だが控えめで、御前にもほとんど顔を出さない。
 噂すらほとんど聞かない、影のような存在だと侍女達は言う。

「でも、あの方は……わたしには命じてはいないんです。本当に。ただ、話を聞いてくれて、わたしに言葉をくださっただけ、でございます」

「……何を?」

『あなたは大切にされていない』
『見ている人は、誰もいない』
『でも、わたしはわかるよ』

 翠玲は、息を呑む。
 琳琅の表情は恍惚とも、怯えともつかない、奇妙な光を湛えていた。

「そして、教えてくれたんです。香蘭宮の侍女も他の妃の侍女たちも、私を見下しているって。清華宮の侍女──雨萱ユィシュエンさんとか、可馨クゥシンさんとか……皆さん……だから」

「琳琅さん、それは──」

 雨萱が何かを言おうとしたが、琳琅はそのまま話続ける。

「でも、美琳美人様だけは違った。私の中の気持ちを、鏡みたいに映してくれた……そう、“私が本当に望んでること”に、気づかせてくれたの」

『だから、みんな苦しめば良いと──』

 琳琅の瞳は、少し虚ろだった。
 まるで催眠にかかったように、自分の言葉に酔っている。

 そのまま、「わたしの手助けになればと……」「美琳美人様が、札をくれたんです」とブツブツ言い始める。

「“直接手を下さない”……それが、美琳美人のやり方か」

 翠玲は唇を噛んだ。
 琳琅は命令されたのではなく、自分の意思で動いたのは事実。
 だがその意思すら、誰かに作られたものだったとしたら──

 部屋が重い空気で支配される中、翠薇姉さまの扇の閉じる音が響いた。

「琳琅。その美琳美人は、何か他にあなたに話していたかしら?」

 翠薇姉さまの凛とした声音に、先ほどまで、虚ろ気味だった琳琅の瞳に光が入った。

 (──さすが、翠薇姉さましか勝たん)

「……“花を揃える”って。『花を揃えたら、風が変わる』って。意味はわからないですけど……」

 そう琳琅が答えたその瞬間、蘊華リュウチーが文を片手に、慌てて駆け込んできた。

「翠玲様! 監察司の詩涵さんから、東陽宮で“花の儀式”が始まったって──侍医たちが止めようとしてるけど、何か妙な術者が入り込んで……!」

 よっぽど慌てているのか、蘊華の言葉が崩れている。
 
「花の儀式……!?」

 口元を覆った琳琅の顔が青ざめる。

「まさか……美琳美人様……なんですか!?」

 “花の儀式”──それは、かつて宮中に封じられた“禁術”の一つ。
 花を媒介に、宮中を守る結界を破壊する呪術だと、古書の片隅に記されていたのを読んだ記憶がある。

「翠薇姉さま、私は禁苑に向かいます。風が動いてる、きっとまだ間に合います!」

「翠玲、無事に戻って来るのですよ」

「──はい!」

 琳琅の罪は明白だ。
 だが、彼女はただの“実行者”に過ぎない。

 真の黒幕は、あの静かな瞳の奥にいる。

 ──美琳美人。

 その名は、翠玲の胸の中で静かに、しかし確かに火を灯した。
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