私が世界を壊す前に

seto

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彼の魂は、代々神に仕える聖職者だった。生まれ変わっては神職に従事し、様々な神の御言葉を下界へと伝えていたようだ。
一番新しい生では主神クレアシオンの修道女をしていたと言う。
人の足も遠のき、すっかり寂れてしまった神殿を1人管理する日々。人々が神を忘れてしまったことは残念に思っていたが、それでも彼女は清く正しく、神へと仕えた。
だがそんな生活も長くは続かなかった。
若い女性が、1人で神殿を管理している。この腐った世界では、格好の餌食でしかない。純血は、瞬く間に散らされた。

しかし彼女はそれでも気高さを失わなかった。人を憎まず、命までも取られなかった事に感謝し、神殿を荒らしてしまった事を神に悔いた。主神クレアシオンは、そんな修道女を哀れに思い、言葉を授けた。
「“かの一件で、そなたには子が宿ってしまった。その事実はもはやどうする事も出来ない。だがそなたが望むのなら、その魂、こちらで貰い受けよう。”」
すると修道女は緩やかに首を振る。
「いいえ、クレアシオン様。確かにあの時、私は一瞬とはいえ、我が身の不幸を呪いました。何故私がと、何故こんな仕打ちを受けるのかと。ですが、この身はいつ奴隷に堕ちてもおかしくはありませんでした。それを目こぼしされたのです。それだけで十分救われております。」
そう言って、修道女はまだ膨らみのないお腹を撫でる。
「望んでいなかったとはいえ、この子に罪はありません。かくも生きづらい世の中ではありますが、私はこの子を育てて行こうと思います。正しい道を、正しく歩んで行けるように。」
そう言って、修道女は微笑んだ。そんな修道女をクレアシオンは哀れに思い、同時に眩しくも感じた。この世界全体の魂の質が落ちる中、この修道女の魂は驚く程に美しく、清廉だった。
『“‥ならば、その子に加護を授けよう。自らの手で、道を歩めるように。”』
その瞬間、修道女のお腹に光が宿り、じわりと優しい温かさかが体に広がった。
修道女は驚きに目を見開いたが、直ぐに祈りの形を取ると、その菫色の瞳に涙を浮かべた。
「ありがとうございます、クレアシオン様。そのお声を拝聴させて頂いただけでも幸運ですのに、我が子に加護まで‥。この子は私が責任を持って育てて行きます。」
修道女は、子供を産み育てるために神殿を離れた。人里離れた森の深くに居を構え、ひっそりと暮らしていくことを決めたのだ。

しかしこの世界は、最後まで彼女に厳しかった。無情に、残酷に、彼女を踏みにじる。
勇者が5歳になる頃、それは起こった。
親ひとり子ひとり、慎ましやかに暮らす彼女達を、盗賊団が見つけてしまった。
彼女は最後まで子供を守った。その身に何度刃を突き立てられても。
「神よ‥、どうか‥‥をー‥」
神に祈る彼女を、盗賊達は嘲笑う。
「シ‥‥ス‥、どうか‥」
最後に彼女は子供へと語りかける。
唇からは血が流れ、瞳からはとめどなく涙が伝う。それでも彼女は微笑んで言った。
「シリウス‥、どうか‥幸せにー‥」
そのまま彼女は事切れてしまった。
最後の最後まで、世界を憎むことなく。ただ我が子の幸せだけを祈って。
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