私が世界を壊す前に

seto

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フィオニスが村を物色していると、不意に地面が揺れている事に気が付いた。人であった頃には気づけない、微かな振動。意識を向ければ、はるか遠くで複数の馬がかけているものだと分かった。
「‥‥追われているな。」
フィオニスが言う。
複数の馬と、人の足音。まるで弄ぶかのように馬が人を追い立てている。
当然、馬が自らの意思で人を追い立てることはない。となれば、何者かが操作して人々を追い立てているのだと容易に想像がつく。フィオニスは、深くため息を吐き出した。
「如何なさいますか?」
ジークフリートが問う。
「魂を見て判断しよう。」
そういうとフィオニスは翼を広げた。
「ニコラスとミシェルはこのまま食料の調達を。終わり次第、城へ戻るように。」
「はい。」
「分かりました。」
2人の返事を聞くと、フィオニスは空へと舞い上がる。2人は非戦闘員だが、フィオニスの血肉で出来た魔族の体だ。そこら辺の雑兵に易々とやられる事はないだろう。
「ジークフリートは私と共に。」
「かしこまりました。」
ジークフリートもフィオニスへ続いて空へと舞い上がった。

広い草原。
隠れる場所もないこんな場所では、逃げ切ることなど不可能に近い。だがそれでも、歩みを止める訳にはいかなかった。
そんな彼らを嘲笑うかのように、馬を駆る男達。タチの悪い兎狩りでもしているかのように、下卑た笑みを浮かべている。
「おい、そっちに行ったぞ!!」
「ぎゃはは、ほらほらもっと足を動かさないと。」
「捕まえちゃうぞぉ。」
男達の嘲笑が飛び交う。
逃げ惑う人々の中には、赤子を抱いた女性もいた。彼らはみな、その耳に身体的な特徴を持っているようだ。
「エルフ、か。」
はるか上空でその様子を眺めていたフィオニスが言う。すると驚いたようにジークフリートが言う。
「まだ生きていたのですね。」
「どういうことだ?」
フィオニスが問う。
「”森の深くに隠れ住んでいたんだろう。彼らは特に『金になる』からね。見つけ次第捕らえられ、売り飛ばされる。"」
魔神の言葉に、フィオニスは表情を険しくした。
「”だからと言って、彼らの種族が善良であるとは限らない。人々は等しく堕落している。種族関係なくね。"」
続く言葉に、フィオニスは神眼を開く。
馬に乗り追い立てる者たちは当然として、逃げ惑う人々の中にも魂が薄汚れているものが複数名紛れている。
とりわけ取り返しがつかない者は3名。それ以外の者は、この荒んだ世界で生き残るために仕方なくその手を汚してしまったのだろう。犯した罪も、その経緯を辿れば同情する余地はある。
「魔神よ。」
「”何かな?"」
「神々は清らかな魂は保護していると言っていたな。」
「”あぁ。"」
「ならば、汚れてしまった魂はどうしている?」
フィオニスが問うと、魔神がクスリと笑った気がした。
「”さすがの着眼点だ。"」
その声に喜色が滲む。
「”彼らのように、淀みが少ないものはそのまま輪廻へと帰している。だがしかし。”」
魔神が馬に乗る男達を指し示す。
「”彼らのように、黒く堕落してしまった魂は、浄化の炎で焼き清める事になっているよ。"」
「浄化の炎?」
「"あぁ、そうだとも。”」
魔神は続ける。
「”君の世界にもあっただろう?生前の罪を償う、地獄と言う機関が。"」
「なるほど。だが、そんな機関があるのなら、何故ここまで多くの魂が堕落してしまったんだ?」
フィオニスが問う。
「”導入されたのは最近なんだ。"」
魔神が苦く笑った気がした。
「"我々も、初めからその制度を導入していればよかったのだ。さすれば、ここまで悲劇を繰り返す事はなかっただろう。"」
「なるほどな。だから一度壊して、魂をまとめて回収するつもりだったのか。」
「”ご名答。"」
そう言って魔神は苦笑した。
「ジークフリート。」
「はい、フィオニス様。」
フィオニスはジークフリートを連れて、その集団へ向かって下降した。
「‥‥なんだ!?」
狙われたエルフと、馬を駆る男の間に割って入るように降り立つ。驚愕の表情を浮かべる男達を威圧するように睥睨して見せれば、すぐに彼らはその顔にせせら笑いを浮かべた。
「おいおい、今日はツイてるなぁ?こんな美人が降ってくるなんて。」
男の言葉に、ゲラゲラと周りも賛同する。
「胸がないのがちと残念だが、この容姿なら十分楽しめるだろうよ。」
「はは、違ぇねぇ。売っぱらう前にきちんと躾てやらねぇと。」
男達は口々に騒ぎ立てては、いやらしい視線をフィオニス達へと送る。舐るように上から下まで視線を走らせたかと思えば、ニヤリと口元に笑みを浮かべた。
「それにしても、見た事ねぇ姿をしているな。」
男の1人が言う。
実はこの世界に、魔族と言う種族はいない。ハーピィやマタンゴのように、人の形を模した魔物は存在している。だが、フィオニスやジークフリートのように、人の体に魔物の特徴を持つ種族というものは存在しないのだ。

フィオニスは地面にへたりこんでいるエルフへ視線を流す。その魂は、多少の穢れはあるものの、浄化が必要なほど汚れているわけではない。
「我が名は魔王、フォオニステール。この世界に終焉をもたらすものだ。」
フィオニスが名乗ると、男達は一拍遅れてから大爆笑した。
「魔王?なんだそりゃ?」
「終焉だってよ!! 既に地獄見てぇなもんじゃねぇか!!」
「小綺麗な顔してっけど、頭はイカれてやがる!!」
口々に野次を飛ばされ、フィオニスは深くため息を吐いた。だが、エルフの何名かはフィオニスの口上にサッと顔色を悪くした。その様子を視界の端に留めてから、フィオニスはジークフリートへと向き直った。
「この様子では数人残した所で私の存在は認知されんな。」
「おっしゃる通りで。」
「ならば、必要ないか。」
ふむ、と思案するようにフィオニスは顎に手をやる。するとフィオニスの1番近くにいた男が、ヌッと手を伸ばした。
「どうでもいいが、さっさと捕まえて楽しもうぜ。俺もうそろそろ限界ー‥‥‥ぁ‥?」
その時、パァンと男の腕が飛んだ。派手な血しぶきが放物線を描いて、ドサリと地面に落ちる。男は腕が切られたことに気が付くと、醜い悲鳴を上げた。
「俺の、俺の腕がぁ!!」
「てめぇ、何しやがった!?」
男たちが殺気立つ。
しかし腕を飛ばした本人であるフィオニスは、血に染まった自らの爪を眺めて息を吐く。
「チュートリアル、か‥。」
そう言って切りかかってくる男たちを無感情に見据える。頭が戦闘モードになれば、男たちの動きはひどく緩慢に見えた。どう動けばその刃を躱すことが出来るのか、どう爪を振るえば相手の命を奪えるのか。考えなくても分かった。そんな自分に、フィオニスは心が重くなるのを感じた。
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