私が世界を壊す前に

seto

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不意に子供の声が聞こえた気がして、エクトールは緩慢な動きで背もたれから上体を起こす。ゆったりとした動作で辺りを見回すも、特に人影を見つける事は出来なかった。
「‥気のせいか?」
エクトールが再び背もたれへ上体を預けようとしたその瞬間、生垣から小さな影が飛び出してきた。
「‥っ!!」
腰の背丈ほどの小さな白金髪の子供が、エクトールの姿を見つけてその菫色の瞳を真ん丸に見開いた。
「待てって、シリウス。フィオニス様はそっちじゃなー‥」
ついでガサリと生垣が揺れて、見事な青髪の子供が姿を現す。パチリとエクトールと視線が合えば、その薄氷色の瞳を見開いた。
「‥もしかして、新しい勇者の人?」
青髪の子供が問う。
仕立てのいい服を着たその子供達は、一見すると何処かの貴族令息のようだ。
「君達はー‥‥っ」
口を開きかけて、エクトールは気がついた。
白金髪の子供の手の甲に、神の印が浮かんでいることに。そのエクトールの反応に、フリードリヒは彼が勇者である事を確信する。するとフリードリヒは佇まいを正して、綺麗な礼を披露した。
「初めまして。僕はフリードリヒと申します。知神ケントニウスの加護を頂いてます。」
「君も‥?」
フリードリヒの言葉に、エクトールは片眉をはね上げた。すると続くように、シリウスが頭を下げる。
「‥僕はシリウス。創神クレアシオンの勇者だ。」
「‥‥と、すまない。私はエクトール・エーレンフェルト。豊神の勇者だ。」
エクトールがそう返すと、フリードリヒが何か気づいたように口を開く。
「エーレンフェルトと言うと、もしや亡国の?」
「あぁ、よく知っているな。」
エクトールはその反応の速さに驚いた。
いくら知神の勇者と言えど、はるか山奥にある小さな国のことなど知る由もないと思っていたのに。
「君達は何故ここに?」
エクトールが問う。
「貴方と同じです。」
フリードリヒが答える。
「僕らも、フィオニス様に拾って頂いたのです。」
そう続けて、フリードリヒははにかんだ様な笑みを浮かべる。
「‥‥魔王を、慕っているのか?」
エクトールは覇気のない表情で問うた。
「はい、もちろんです。むしろ何故嫌う事が出来るでしょうか。」
まるで信者のようだな、とエクトールは思う。
「フィオニス様は、僕らを冷たい闇の底から救いあげて下さった。それだけでも、大恩を感じずにはいられないと言うのに。」
「そこに裏があるとは思わないのか?」
エクトールが問う。
「それは当然あるでしょう。ですがその理由が、人間我々を守るためというならば、そのお心に添いたいと願うのは当然の事です。」
フリードリヒの言葉に、エクトールは微かに眉をひそめた。
「君は、彼が何を望んでいるのか知っているのか?」
そう問えば、フリードリヒは眉尻を下げる。
「はい、恐らくですが。」
長くなると思ったフリードリヒは、エクトールの向かいの椅子に腰掛けた。静観していたシリウスも、それに続く。
「フィオニス様は、魔王として正しく終わりたいのだと思います。」
「正しく、終わる‥?」
「はい。世界が荒れた時、魔王は何処からともなく召喚されます。過去に召喚されたのは、神代と呼ばれる争いが絶えなかった時代ですかね。」
シリウスもその言葉に耳を傾ける。
「一部の説では、魔王は世界を正す為に神々によって召喚されると言います。
それに伴い、対の存在として召喚される7人の勇者。呪いのような加護を持って生まれる僕達は、世界の命運を背負って諸国より送り出されます。」
「‥本来であればな。」
エクトールの言葉にフリードリヒは苦笑した。加護を呪いと称するあたり、フリードリヒは神を信仰してはいないのだろうとエクトールは他人事のように思った。
「ですが、魔王に打ち勝つには勇者だけの力では足りない事をエクトールさんもご存知でしょう?」
「信仰の力だな。」
「はい。それが無ければ、僕らは少し特殊な力を持った人間にすぎません。なのに何故、魔王は信仰の力が溜まるまで僕らに手を出さないのでしょうか?」
かつての魔王も、勇者達への妨害はすれど直接倒しに来ることはなかったという。それが魔王の傲慢からと言えばそうなのかもしれない。だが、別の理由があるとするのならば。
「かつての魔王も、勇者に倒される為に動いていたと‥?」
「フィオニス様を見ていると、そうなのではないかと僕は思います。」
フリードリヒが長いまつ毛を伏せる。
「でもこの時代、神話は廃れ、勇者僕らの存在も、ただ便利な道具としてしか見られない。
特に僕らはまだ子供です。あっという間に悪意に絡め取られてしまうことでしょう。」
「だから保護している、と‥?」
「はい。」
フリードリヒは真っ直ぐにエクトールの瞳を捉えてそう言い切る。その迷いのない瞳を、エクトールは眩しく感じた。だが果たして、人間我々にその価値があるのだろうか。その答えは恐らくフィオニスだけが知っているのだろうと、エクトールはそう思いながら、彼の美しい王に思いを馳せた。
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