私が世界を壊す前に

seto

文字の大きさ
55 / 60

55

しおりを挟む
エクトールは、そんな2人の姿を見送るしかない自分に歯噛みした。
去り際にディルムッドは、咎めるような視線をエクトールへと投げた。考える事をやめ、1度は生きることすら放棄した自分を蔑んでいるようだ。いや、事実呆れてはいるのだろう。全ての責任をフィオニス1人に負わせようとしたエクトールを。
「‥情けない。」
グッとエクトールは奥歯を噛んだ。
『足掻けよ。』
不意にフィオニスの言葉が脳裏を過ぎる。エクトールは思わずハハッ、と乾いた笑いを漏らした。
「本当に、私は何をしているんだろうな‥。」
そう呟いて、グッと拳を握った。
エクトールの枷であった公爵は死んだ。憂いであったキメラ達も、魔族達の手によって安寧が与えられるだろう。
ならば自分はこれからどうすべきか。
エクトールは改めて自身に問う。

エクトールは、城にある礼拝堂へと向かった。既にあたりは暗く、礼拝堂にも人の気配はない。普段はここで、白銀の魔族が祈りを捧げていると聞く。魔族達も、暇を見つけてはこの礼拝堂に足を運ぶらしい。人間よりも魔族の方が余程信心深いとはおかしな話だ。

エクトールは美しい彫刻が施された扉を開く。ステンドグラスから差し込む月明かりが真っ白な大理石へと落ち、神秘的な光の道を作っていた。
神の存在を疑った事は無い。だが、救いだとは到底思えなかった。勇者が生まれはじめるのは魔王が誕生する数十年前からだと言われている。だが信仰が薄れたこの世界で、神の紋章を持つエクトールは異端でしかなかった。何せ、これがなんの紋章かも知られていなかったのだ。

エクトールは無意識に紋章のある右脇腹をさする。大地と豊穣の神、ソルティエーレ。それが紋章の主だと分かったのは、エクトールが生まれてからしばらくしてからだった。だがその事実を知ったあとも、エクトールが神に祈ることはなかった。

祭壇の前まで行くと、エクトールは7体の神像を見上げた。
「‥珍しいですね、勇者あなたがここを訪れるのは。」
その時、祭壇横の扉が開いて、白銀の髪の魔族が姿を現した。ベルナールだ。
フィオニスとはまた違った神々しさを持つベルナールだが、不思議とフィオニスを前にした時ほどエクトールの心は動かなかった。フィオニスが特別過ぎるのだろう。そう気づいて、エクトールは内心苦笑する。
「私も、ここを訪れる日が来るとは思いませんでした。」
エクトールが言う。

ベルナールは、大体の経緯を知っていた。フィオニス達が侵攻しているその瞬間も、神に祈りを捧げていたからだ。
普段聞こえぬ声が、フィオニスが2つ目の魂を取り込んだと、そう教えてくれた。その言葉を聞いた瞬間、ドクリと鼓動が跳ねた。十分な間も開けずに2つ目を取り込んだフィオニスの負担はどれほどのものだろうか。それでもフィオニスはやめないのだろう。世界を救うために。

ベルナールはエクトールを見据える。
城内ですれ違った事はあるが、こうしてちゃんと会うのは初めてだ。勇者達は基本、礼拝堂には近寄らない。1番初めに保護した勇者、シリウスだけが時たまふらりと訪れては祈りの形をとる。
「神に聞けとフィオニス様は仰いました。ですが、私に神の声は聞こえない。」
「そうでしょうね。」
そう言い放つエクトールに、ベルナールが答える。神の声を聞く事が出来るのは、ほんのひと握りだ。特に信仰を失ったこの世界では、ベルナールとフィオニスの他にその声を聞くものはいない。
「そもそも、私はここに祈りに来たわけではないのです。」
エクトールが言う。
「神に対する不信感を抱いてしまった私が、今更神を信じる事など出来るわけが無い。形だけの祈りを捧げた所で、神々はそれを見抜くでしょう。
ですが、それはあの子達とて同じ事。他の勇者も、恐らく似たようなものでしょう。」
「では、ここへは何をしに?」
ベルナールが問う。
「答え合わせを。」
エクトールの翡翠の瞳が、真っ直ぐにベルナールを捉えた。その瞳はここへ連れてこられた当初とは異なり、今は強い光を宿している。
「聞きましょう。」
そう、静かにベルナールが言う。
今のエクトールならば、ベルナールが望む回答が得られると信じて。

するとエクトールは1度瞼を落としてから、口を開いた。
「フィオニス様は、この世界を救うために堕落した魂を取り込んでいらっしゃる。ですが、その魂を取り込む事でフィオニス様は感じたくもない欲を無理やり生じさせられているのでしょう。その魂が最後に望んだ歪んだ欲望を。」
エクトールは続ける。
「それを治めるには、体を合わせるしか方法はないのでしょう。ですが、ディルムッド様はそれでも足りぬと仰った。それは、その薄汚れた魂が体の内に存在し続けるからですね?」
その言葉に、ベルナールは無言でもって肯定する。堕落した魂を消化するには、長い時間を有する。じわじわと溶かし、吸収し、発散する。そうしてやっと害のないものと変化するのだ。
「‥勇者には、不浄を清める力があると聞きました。フィオニス様に口付けされた時、確かに体の中の魔力が動くのを感じました。」
エクトールはフィオニスに口付けされた時のことを思い出して、僅かに目元を染めた。何故唇を奪われたのか分からなかった。そして、自身の魔力が動いた理由も。
だが今なら分かる。あれはフィオニスが無意識にエクトールの浄化を求めたのだと。

ベルナールは僅かに息を吐き出してから、エクトールへと視線を投げる。エクトールは見事に、神に頼ることなく答えを導き出したようだ。
「流石ですね、エクトール様。」
そうベルナールが返せば、エクトールは苦笑する。
「フィオニス様は自分で導き出せと仰る割に、問えば大抵の事は答えて下さる。
ですが、最後まで勇者の力については言及しませんでした。私に、そういう行為を強要したくなかったのでしょう。本当に魔王らしくないお方だ。」
そう言ってエクトールは微かに目尻を緩めた。
「‥そうですね。あの方は、そういうお方です。我々にさえ、お心を砕いて下さる。」
そう言ってベルナールは彼の王に思いを馳せる。今日はディルムッドがその体に触れているのだろう。それが少し羨ましい。
だがベルナールは直ぐに頭を振って邪念を飛ばす。そして改めてエクトールを見据えた。
「それで、貴方はどうするのですか?」
ベルナールが問う。
するとエクトールの表情が僅かに苦くなる。
「当然、この身を捧げるつもりです。
ですが、それには力が足りない。違いますか?」
エクトールはそう問うてはいるも、確信しているようだ。事実、今のエクトールの力ではほんの僅かな浄化ですら困難だろう。ベルナールの目から見ても、それは明らかだ。それに、とエクトールが続ける。
「その資格が今の私にはありません。ですので私も、自らを鍛え直します。あの方に少しでも近づけるように。」
そう言ってエクトールは自らの拳を握った。
「その力を得るにはかなりの困難を有しますよ?」
ベルナールが問う。
「私は既に地獄を経験しました。それに比べれば、大したことなどありません。それに、あの方に触れる栄光を得られるのであれば、いくらこの身を削っても惜しいくらいです。」
エクトールの返答に、ベルナールは満足気に笑みをひろげた。
「では精進なさって下さい。あの方が、他の魔族と心を通じ合わせる前に。」
「‥‥ッ」
最後にベルナールが落とした言葉に、エクトールは怯んだ。ありえない話ではない。体を繋げば、情もわく。今の所、フィオニスに特別はいないようだが。
クッとエクトールは無理やり笑みを浮かべる。そして意地悪く笑みを広げるベルナールを挑戦的に見つめた。
「言われずもと成し遂げて見せましょう。」
そう言い残し、エクトールは礼拝堂を後にした。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? 騎士×妖精

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件

表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。 病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。 この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。 しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。 ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。 強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。 これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。 甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。 本編完結しました。 続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください

処理中です...