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第1章 穀雨
7.結界を張る
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「おおい、無事だったか?」
誠が戻って来た。手に下げたバケツには、プラスチック瓶と小さなひしゃくが入っていた。
「あ、マコちゃんお帰りなさい。早かったね」
「元気そうだな」
「キクちゃんと話していたら、怖いのを忘れた」
「単純だな」
「いや、だって……楽しかったし。なんか怒ってる? あ、マコちゃんが頑張ってくれていた時に遊んでいてごめん」
「変な気を回すなよ。別に怒っていない。怖くなくて良かったな。それだけだ」
声が優しかった。嫌味ではなく、本当に心配してくれていたらしい。
「うん。ありがとう」
「とりあえず、少し離れていろ」
誠は家の玄関から勝手口方向に歩き始めた。家の壁と地面ギリギリのところに、瓶に入っていた白い粉をひしゃくで落としていく。
ぐるりと回って縁側まで来たところで、キクを呼んだ。
キクが縁側に座る三兄弟に近寄って何か話している。三兄弟はすぐに花壇の方へ移動した。花の精どうしは意思疎通が図れるのか。
キクもまた、家屋から離れて庭の隅で作業を見守った。
誠が一周すると、家は粉の白線で途切れることなく囲われていた。
「何これ、結界とか魔除けみたいなやつ?」
「粉に触るなよ。お前にも毒だから」
誠はひしゃくをバケツに戻すと、額の汗を袖で軽く拭った。
前かがみで歩いたとはいえ、家を一周しただけなのに誠の息が上がっている。
「マコちゃん、顔色悪くない?」
「そうか?」
「大丈夫なの? 実はすごい儀式だったとか?」
「ただの除草剤だよ。正しい使い方ではないけどな。植物なら嫌がって近寄らないだろう」
確かに、三兄弟もキクも庭の端から動く気配はない。
「ああ、まだ粉が舞い上がっているな。少し時間が経てば縁側には座れるようになるさ。家に侵入さえしなければいいだろう?」
「うん。ありがとう……」
「何? まだ不十分か?」
「そうじゃなくて」
僕は、家内安全よりも誠の具合の方が気になっていた。
「マコちゃん本当に大丈夫?」
「大丈夫だって。そんなに具合が悪そうか?」
誠は少し不機嫌になった。
「そう、本当はお前の言うとおり具合が悪いんだよ。除草剤なんか撒いたから……タンポポの精だから」
本当に? そう言いかけたのを誠が遮った。
「除草剤を撒くより、もっと根本的な解決方法があるけどな」
「何?」
「花壇をつぶせ。ここに生えている花がなくなれば、三兄弟は消える。それで祟られたり化けて出られたりするわけじゃない。なんなら、庭ごと砂利かコンクリート敷きにすればいい。簡単だろう」
誠は何かに苛立つように、とげのある言い方をした。
はっとして、キクと三兄弟を見た。誠の言葉は、キクたちに消えろと言っているようなものだ。三兄弟はともかく、キクは言葉を理解している。
「キクちゃん……」
キクは黙って誠を見ていた。けれども、いつもと何も変わらない。ただ、見ているだけだった。
キクは、何を思っているのだろう。何も感じていないのか。
「もう帰るけど、夜、来られそうだったら様子を見に来るよ」
その夜、誠は来なかった。
誠が戻って来た。手に下げたバケツには、プラスチック瓶と小さなひしゃくが入っていた。
「あ、マコちゃんお帰りなさい。早かったね」
「元気そうだな」
「キクちゃんと話していたら、怖いのを忘れた」
「単純だな」
「いや、だって……楽しかったし。なんか怒ってる? あ、マコちゃんが頑張ってくれていた時に遊んでいてごめん」
「変な気を回すなよ。別に怒っていない。怖くなくて良かったな。それだけだ」
声が優しかった。嫌味ではなく、本当に心配してくれていたらしい。
「うん。ありがとう」
「とりあえず、少し離れていろ」
誠は家の玄関から勝手口方向に歩き始めた。家の壁と地面ギリギリのところに、瓶に入っていた白い粉をひしゃくで落としていく。
ぐるりと回って縁側まで来たところで、キクを呼んだ。
キクが縁側に座る三兄弟に近寄って何か話している。三兄弟はすぐに花壇の方へ移動した。花の精どうしは意思疎通が図れるのか。
キクもまた、家屋から離れて庭の隅で作業を見守った。
誠が一周すると、家は粉の白線で途切れることなく囲われていた。
「何これ、結界とか魔除けみたいなやつ?」
「粉に触るなよ。お前にも毒だから」
誠はひしゃくをバケツに戻すと、額の汗を袖で軽く拭った。
前かがみで歩いたとはいえ、家を一周しただけなのに誠の息が上がっている。
「マコちゃん、顔色悪くない?」
「そうか?」
「大丈夫なの? 実はすごい儀式だったとか?」
「ただの除草剤だよ。正しい使い方ではないけどな。植物なら嫌がって近寄らないだろう」
確かに、三兄弟もキクも庭の端から動く気配はない。
「ああ、まだ粉が舞い上がっているな。少し時間が経てば縁側には座れるようになるさ。家に侵入さえしなければいいだろう?」
「うん。ありがとう……」
「何? まだ不十分か?」
「そうじゃなくて」
僕は、家内安全よりも誠の具合の方が気になっていた。
「マコちゃん本当に大丈夫?」
「大丈夫だって。そんなに具合が悪そうか?」
誠は少し不機嫌になった。
「そう、本当はお前の言うとおり具合が悪いんだよ。除草剤なんか撒いたから……タンポポの精だから」
本当に? そう言いかけたのを誠が遮った。
「除草剤を撒くより、もっと根本的な解決方法があるけどな」
「何?」
「花壇をつぶせ。ここに生えている花がなくなれば、三兄弟は消える。それで祟られたり化けて出られたりするわけじゃない。なんなら、庭ごと砂利かコンクリート敷きにすればいい。簡単だろう」
誠は何かに苛立つように、とげのある言い方をした。
はっとして、キクと三兄弟を見た。誠の言葉は、キクたちに消えろと言っているようなものだ。三兄弟はともかく、キクは言葉を理解している。
「キクちゃん……」
キクは黙って誠を見ていた。けれども、いつもと何も変わらない。ただ、見ているだけだった。
キクは、何を思っているのだろう。何も感じていないのか。
「もう帰るけど、夜、来られそうだったら様子を見に来るよ」
その夜、誠は来なかった。
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