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第1章 穀雨
6.縁側のお兄さん
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誠はさすがに苦笑していた。
「なあ、一郎。一応訊いておく。お前にはどう見えている?」
「……縁側にお兄さんが三人並んで座っている。なんだかニコニコして楽しそうだよ。うわ、目が合った。左側の人は冠みたいな黄色い花輪が頭に乗っていて、真ん中は頭にピンクの花が一輪刺さっている人で……右の人は白と紫の花が山盛りでアフロヘア状態。うーん、なんか色々間違えている感じ?」
和むか笑うかしたいが、僕にそんな余裕はなかった。誠の服をつかむ手がかすかに震えている。
「俺にもそう見えるな。あれは左からフリージア、ガーベラ、ビオラだな」
「花の名前、だよね? お兄さんたち トリオの大道芸人みたいだな」
「あれの本体は花壇の花だ」
「前の借主さんが世話していた花? そういえば三人とも基本同じ顔に見えるけれど、三つ子? なんで作業着?」
「さあな」
誠は興味がなさそうに答えた。ずっと見えている誠にとっては、花の精もただその辺に咲いている花と同じなのだろうか。
「いや、でもマコちゃんはここに住んでいないから他人事だけど、僕は毎日ここに暮らす当事者なんだよ」
「どうした、いきなり」
「あ、ごめん。考えごとの続き。声に出た」
縁側の三兄弟は、僕たちを全く気にかけることなく空を眺めている。人の姿をしているが、雰囲気は花そのものだ。
「僕たちが見えていない、わけじゃないよね? さっき目が合ったし」
「植物は人間に興味なんかないだろ。人間が植物に世話を頼まれたことがあるか? 勝手に成長して庭でも屋根でも壁の隙間でも生えまくっている」
「あ、花の精って家の中にも出るの? いきなり風呂とかにいたらスゲー怖いんだけど」
「花を家に持ち込まなければ出ないんじゃないのか? お前が入居する前に何度か家の掃除に入ったが、中で見たことはない。怖いなら葉も茎もいっさい入れるな」
僕は何度もうなずいた。
「そうだな……念のために、絶対入って来られないようにしておいてやるか。必要なものを取ってくるから少し待っていろ」
「ここで? 一人で?」
「お前の家だろう。嫌なら敷地から出ていろ」
誠は鬱陶しそうだ。
「……ここで三兄弟を見張って待っている」
「じゃあ、手を離せ」
僕が離した誠の服は、相当にシワだらけになっていた。誠はあきれていたが、怒ることもからかうこともしなかった。
「キク」
誠が呼ぶと、キクがふわりと目の前に現れた。
「俺が戻って来るまで、一郎のそばを離れるな」
そう言い残して誠は大家宅へ戻って行った。
三兄弟がこちらを見ている。花の精どうしだからなのか、明らかにキクを意識している感じがした。
「しばらくご一緒させていただきます」
キクは、正視するのが申し訳ないほど愛らしく笑った。
いきなり出現されると心臓に悪いけれど、一人にならずに済んでホッとした。僕がもうキクを怖がらないとわかっているから、誠は呼んでくれたのだろう。
「あれ? キクちゃんは僕たちと普通に話すよね? 同じ花の精でも、あのお兄さんたちとは違うの?」
キクはちらりと三兄弟に目をやった。
「あちらは弱いので」
「キクちゃんは強いの?」
「はい」
強いって何だ?
花の精に身分や階級みたいなものがあるのか。僕には全くわからない。でも、見た目で例えるならばお嬢様と庭師ってところだよな。
「キクちゃんはいつからここにいるの? この敷地の外には出ないの?」
「私は、ここに植えられた時からここにいます。私のいるところに私はいます」
「へ?」
禅問答のようで、僕は頭をひねった。
キクの本体は庭の菊らしいから、菊のある場所にキクは姿を見せるということか。
花びら一枚たりとも家に入れないよう気をつけよう。
「キクちゃんは自分を植えた人って覚えているの? って、人間の感覚で訊くのが間違いか。ごめん、何でもない」
「マコトさん」
「え?」
「マコトさんです。私はマコトさんのために存在します」
誠がこの借家に菊を植えた?
「なあ、一郎。一応訊いておく。お前にはどう見えている?」
「……縁側にお兄さんが三人並んで座っている。なんだかニコニコして楽しそうだよ。うわ、目が合った。左側の人は冠みたいな黄色い花輪が頭に乗っていて、真ん中は頭にピンクの花が一輪刺さっている人で……右の人は白と紫の花が山盛りでアフロヘア状態。うーん、なんか色々間違えている感じ?」
和むか笑うかしたいが、僕にそんな余裕はなかった。誠の服をつかむ手がかすかに震えている。
「俺にもそう見えるな。あれは左からフリージア、ガーベラ、ビオラだな」
「花の名前、だよね? お兄さんたち トリオの大道芸人みたいだな」
「あれの本体は花壇の花だ」
「前の借主さんが世話していた花? そういえば三人とも基本同じ顔に見えるけれど、三つ子? なんで作業着?」
「さあな」
誠は興味がなさそうに答えた。ずっと見えている誠にとっては、花の精もただその辺に咲いている花と同じなのだろうか。
「いや、でもマコちゃんはここに住んでいないから他人事だけど、僕は毎日ここに暮らす当事者なんだよ」
「どうした、いきなり」
「あ、ごめん。考えごとの続き。声に出た」
縁側の三兄弟は、僕たちを全く気にかけることなく空を眺めている。人の姿をしているが、雰囲気は花そのものだ。
「僕たちが見えていない、わけじゃないよね? さっき目が合ったし」
「植物は人間に興味なんかないだろ。人間が植物に世話を頼まれたことがあるか? 勝手に成長して庭でも屋根でも壁の隙間でも生えまくっている」
「あ、花の精って家の中にも出るの? いきなり風呂とかにいたらスゲー怖いんだけど」
「花を家に持ち込まなければ出ないんじゃないのか? お前が入居する前に何度か家の掃除に入ったが、中で見たことはない。怖いなら葉も茎もいっさい入れるな」
僕は何度もうなずいた。
「そうだな……念のために、絶対入って来られないようにしておいてやるか。必要なものを取ってくるから少し待っていろ」
「ここで? 一人で?」
「お前の家だろう。嫌なら敷地から出ていろ」
誠は鬱陶しそうだ。
「……ここで三兄弟を見張って待っている」
「じゃあ、手を離せ」
僕が離した誠の服は、相当にシワだらけになっていた。誠はあきれていたが、怒ることもからかうこともしなかった。
「キク」
誠が呼ぶと、キクがふわりと目の前に現れた。
「俺が戻って来るまで、一郎のそばを離れるな」
そう言い残して誠は大家宅へ戻って行った。
三兄弟がこちらを見ている。花の精どうしだからなのか、明らかにキクを意識している感じがした。
「しばらくご一緒させていただきます」
キクは、正視するのが申し訳ないほど愛らしく笑った。
いきなり出現されると心臓に悪いけれど、一人にならずに済んでホッとした。僕がもうキクを怖がらないとわかっているから、誠は呼んでくれたのだろう。
「あれ? キクちゃんは僕たちと普通に話すよね? 同じ花の精でも、あのお兄さんたちとは違うの?」
キクはちらりと三兄弟に目をやった。
「あちらは弱いので」
「キクちゃんは強いの?」
「はい」
強いって何だ?
花の精に身分や階級みたいなものがあるのか。僕には全くわからない。でも、見た目で例えるならばお嬢様と庭師ってところだよな。
「キクちゃんはいつからここにいるの? この敷地の外には出ないの?」
「私は、ここに植えられた時からここにいます。私のいるところに私はいます」
「へ?」
禅問答のようで、僕は頭をひねった。
キクの本体は庭の菊らしいから、菊のある場所にキクは姿を見せるということか。
花びら一枚たりとも家に入れないよう気をつけよう。
「キクちゃんは自分を植えた人って覚えているの? って、人間の感覚で訊くのが間違いか。ごめん、何でもない」
「マコトさん」
「え?」
「マコトさんです。私はマコトさんのために存在します」
誠がこの借家に菊を植えた?
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