25 / 38
第4章 大暑
25.草刈り(一)
しおりを挟む
本格的に夏が来た。一雨毎に雑草が増え、ここ数日は見ている間にも草が伸びる勢いだ。僕はどうしたものかと、家賃支払いの際に大家さんに相談した。
「他の借主さんからもね、この時期そういうお話をいただくんですよ。良かったら、うちの草刈機をお貸ししますよ。河西さん使ったことある?」
家賃手渡しの月一訪問は、大家さんの借家管理術に違いない。情報把握だけでなく、実は人物査定もしているのではないか。
大家さんは、エンジン草刈機を持ってうちにやって来た。誠も一緒について来た。
「ゴーグル着けましたかね? 動かす時は体の右側に持つ感じで。じゃあ、まずはこの紐を引っ張るんですが……」
「おおっ!」
勢いよくスターターの紐を引くと、エンジン音が響いた。
これは楽しい。
僕は大家さんに草刈機の使い方を教わりながら、雑草を次々と刈っていった。玄関や勝手口前のひび割れたコンクリートからはみ出す草が一気に散ると、気分がすっきりした。
花や草の精が見えなくて良かったとつくづく思う。
誠は、縁側に座って僕と大家さんのやりとりを眺めていた。
「ありがとうございました。助かりました。なんか楽しかったです」
「こちらこそ、きれいにしておいてもらえると助かりますよ。いつでもお貸ししますから」
草刈機を大家さん宅の前まで運んでお辞儀をすると、頭を上げる前にポンポンと肩を叩かれた。
「河西さん、マコと仲良くしてくれてありがとう。これからもどうか頼みます」
はい、と返事をした。けれども僕はすぐに頭を上げられなかった。
誠の婆ちゃんにも同じようなことを言われた。その時はわからなかったけれど、今なら大家さんたちの言葉がただの挨拶ではないことがわかる。
僕は、言葉に込められた思いを勝手に想像して辛くなって、大家さんの顔が見られなかった。
家に戻ると、縁側に座る誠とその横に立つキクが楽しそうに何か話していた。そこだけキラキラしていて、ボロ借家に似つかわしくない、映画のような光景だ。
僕は疲れてクタクタなのに……。そんな感想しか出ない僕は、非現実的な日常にすっかり慣れてしまっているのだろう。
よく見ると楽しそうなのはキクだけで、誠の方は無表情だ。それどころかキクを見向きもせず淡々と話している。
それがなぜか腹立たしかった。
そういえば、誠はキクにいつも素っ気ない。むしろ冷たい。ひどいではないか。
「一郎、お疲れ。冷たい飲み物あるぞ」
「ありがとう。僕が頑張っている時に、なにイチャイチャしているんだよ」
「あ? なに怒っているんだよ。お前もキクとイチャイチャすれば?」
誠は僕が疲れて不機嫌になっていると思ったのか、全く相手にしない。
「……違うよ。嫌味で言ったの!」
「仲間外れで寂しかったのか? お前の話しかしていないぞ。そのうち爺ちゃんから自治会の除草活動に誘われるだろうなって」
「僕は、マコちゃんがイチャイチャしないから怒っているの。もっとキクちゃんに優しくしてあげればいいのに。マコちゃんがキクちゃんに笑いかけているの、見たことがない」
「は? お前が笑えば?」
「……」
キクは僕たちの会話を聞いているのかいないのか、草刈りの終わった庭にふわりと出て行ってしまった。キクが誠の塩対応を気にしていないのなら、僕が口出しするのも変だろう。
はあっと気の抜けたため息が出た。
誠から冷えたペットボトルを奪い取って、隣に座る。誠は笑いをこらえながら僕を見ていた。
「他の借主さんからもね、この時期そういうお話をいただくんですよ。良かったら、うちの草刈機をお貸ししますよ。河西さん使ったことある?」
家賃手渡しの月一訪問は、大家さんの借家管理術に違いない。情報把握だけでなく、実は人物査定もしているのではないか。
大家さんは、エンジン草刈機を持ってうちにやって来た。誠も一緒について来た。
「ゴーグル着けましたかね? 動かす時は体の右側に持つ感じで。じゃあ、まずはこの紐を引っ張るんですが……」
「おおっ!」
勢いよくスターターの紐を引くと、エンジン音が響いた。
これは楽しい。
僕は大家さんに草刈機の使い方を教わりながら、雑草を次々と刈っていった。玄関や勝手口前のひび割れたコンクリートからはみ出す草が一気に散ると、気分がすっきりした。
花や草の精が見えなくて良かったとつくづく思う。
誠は、縁側に座って僕と大家さんのやりとりを眺めていた。
「ありがとうございました。助かりました。なんか楽しかったです」
「こちらこそ、きれいにしておいてもらえると助かりますよ。いつでもお貸ししますから」
草刈機を大家さん宅の前まで運んでお辞儀をすると、頭を上げる前にポンポンと肩を叩かれた。
「河西さん、マコと仲良くしてくれてありがとう。これからもどうか頼みます」
はい、と返事をした。けれども僕はすぐに頭を上げられなかった。
誠の婆ちゃんにも同じようなことを言われた。その時はわからなかったけれど、今なら大家さんたちの言葉がただの挨拶ではないことがわかる。
僕は、言葉に込められた思いを勝手に想像して辛くなって、大家さんの顔が見られなかった。
家に戻ると、縁側に座る誠とその横に立つキクが楽しそうに何か話していた。そこだけキラキラしていて、ボロ借家に似つかわしくない、映画のような光景だ。
僕は疲れてクタクタなのに……。そんな感想しか出ない僕は、非現実的な日常にすっかり慣れてしまっているのだろう。
よく見ると楽しそうなのはキクだけで、誠の方は無表情だ。それどころかキクを見向きもせず淡々と話している。
それがなぜか腹立たしかった。
そういえば、誠はキクにいつも素っ気ない。むしろ冷たい。ひどいではないか。
「一郎、お疲れ。冷たい飲み物あるぞ」
「ありがとう。僕が頑張っている時に、なにイチャイチャしているんだよ」
「あ? なに怒っているんだよ。お前もキクとイチャイチャすれば?」
誠は僕が疲れて不機嫌になっていると思ったのか、全く相手にしない。
「……違うよ。嫌味で言ったの!」
「仲間外れで寂しかったのか? お前の話しかしていないぞ。そのうち爺ちゃんから自治会の除草活動に誘われるだろうなって」
「僕は、マコちゃんがイチャイチャしないから怒っているの。もっとキクちゃんに優しくしてあげればいいのに。マコちゃんがキクちゃんに笑いかけているの、見たことがない」
「は? お前が笑えば?」
「……」
キクは僕たちの会話を聞いているのかいないのか、草刈りの終わった庭にふわりと出て行ってしまった。キクが誠の塩対応を気にしていないのなら、僕が口出しするのも変だろう。
はあっと気の抜けたため息が出た。
誠から冷えたペットボトルを奪い取って、隣に座る。誠は笑いをこらえながら僕を見ていた。
2
あなたにおすすめの小説
神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた
黒崎隼人
ファンタジー
過労死した植物研究者が転生したのは、貧しい開拓村の少年アランだった。彼に与えられたのは、あらゆる植物を意のままに操る神スキル【絶対育成】だった。
そんな彼の元に、ある日、王都から追放されてきた「悪役令嬢」セラフィーナがやってくる。
「私があなたの知識となり、盾となりましょう。その代わり、この村を豊かにする力を貸してください」
前世の知識とチートスキルを持つ少年と、気高く理知的な元公爵令嬢。
二人が手を取り合った時、飢えた辺境の村は、やがて世界が羨む豊かで平和な楽園へと姿を変えていく。
辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる