182年の人生

山碕田鶴

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1878ー1913 吉澤識

7-(2/2)

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「ああ、失礼」

 ハツといったか。年は知らないが、まだ少女のようにも見える。
 ここは公使館に近い小料理屋だ。大陸には本国のような遊郭はない。諸外国の批判の目が厳しく、結果様々な店が裏の看板を出して営業するに至っている。私はこの店の静かな雰囲気が気に入って何度か通い、そのたびハツを呼ぶ。
 ハツの境遇は知らない。想像にかたくないが、私とは関わりのない人生だ。

貴女あなたは静かでよろしいですね。ものを考えるには丁度良い避難所です」
「あの、私は本当にここに居るだけでよいので?  いつもただこうしておりますが……」
「はい、ぜひご一緒に。側にいるだけで心安らげる女性は、貴女だけですから。日頃大変でしょう?  先にお休みなさい。起こして差し上げますから」
「吉澤様は?」
「後ほど」

 ハツは素直にとこに入った。こちらを向かずじっとしていたが、やがて静かな寝息をたて始めた。私はしばらくハツを眺めてから卓に向き直った。
 考えろ。小さな違和感を潰せ。
 革命の混乱が全土に広がっていく。大陸の外でも世界が動いている。吉澤組はこの機に乗じる構えがあるから問題ない。宮田のことは戻った後の出方を待つしかないが、動向にはより注意を払う必要があるな。あれとは関わり過ぎている。接触を続ける必要があるならば、関わり方を変えねばなるまい。
 それよりも加藤だ。
 加藤の目は強過ぎる。監視なら、なぜ存在感を消そうとしないのか。
   どこで誰と会おうと、ふと意識に割って入る加藤が鬱陶しかった。店の中までついて来ることはないが、店先で待たれるのが不愉快だった。絡みつく視線にうんざりしていた。
 ここであれば私は朝まで出て行かないから、さすがに加藤もどこかへ消えるだろう。今、加藤の気配はない。
 私が大陸へ渡った時から、加藤は私の護衛としてつき従った。馬車の御者ぎょしゃでもあり、父の決めたことであるから私に解任の権限はない。
 監視にはすぐ気づいたが、第二部の差し金であることはだいぶ後で理解した。父を介した第二部との手紙のやり取りの中に、加藤しか知り得ない私に関する行動の情報が出てきたからだ。
 父は手紙で、私が出向いた地域の骨董屋にこんな陶磁器や織物はなかったか尋ねたり、この店が貿易商の間で噂になったから行ってみろと勧めてきたりする。全て第二部からの暗号めいた伝言だ。そこでは、私があえて報告しなかった行き先や予定まで話題にされているのだ。
   何度か試して確信した。私の行動は、逐一報告されている。
 それは当然で仕方のないことだと割り切った。私は第二部の目として大陸にいる。加藤もまた、これが任務だ。
 問題は、加藤個人だ。
 宮田から過剰な護衛と指摘され、余計に気に障るようになったのか。
 私が何をしようとも動じない。非難も嘲笑もせず、近づくことも触れることもなくただ監視し続ける。
 見ている。それだけをはっきりと私に意識させ続ける。不愉快だ。
 せっかく加藤のいない夜に、加藤を考える。馬鹿げている。



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