182年の人生

山碕田鶴

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1878ー1913 吉澤識

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 久しぶりに見る宮田は、以前にも増して精悍な顔つきになっていた。南京から無事戻り私の役目は終わったと思っていたが、折り入って話があるという。
 私は、宮田も馴染みになった店で宴席を設けた。

「吉澤さん、江西に行かれたことはありますか?  ここに赴任する前に同僚から旅行を勧められたのですが、機会が得られなくて」

 江西か。

「私もお勧めしたいが、あそこは革命蜂起の地で活動家の勢いが益々激しくなっているとか。今は危険でしょう」
「だからせめて、吉澤さんに話だけでもお聞きしておきたいと思いました。本国人も結構暮らしているのでしょうか」

 宮田はこれから江西へ行くのだろう。
 第二部と関わりのある男の一人が、今も江西で目撃されているのを私は知っている。現在の職業を把握してはいるが、実際に何をしているのかは知らない。革命の気運醸成が任務だったろうから、現地人に協力しているように見えてもそれが偽装か本心なのか私には判断できない。

「私が知るのは、こちらの綺麗どころにはお聞かせできないようなことばかりですよ」

 宮田の両隣の芸妓が、艶やかに微笑んだ。

「まあまあ。吉澤様は、宮田様をどうなさるおつもりですか?」
「どうもしませんよ。彼は相当に堅物で、私の遊びに全く興味を示しませんでしたから。でもほら、知恵をつけるだけでも。宮田さん、江西には例えば……」

 私は身を乗り出して宮田の耳元に顔を寄せると、手で口許を隠して小声で話しかけた。
 要る知恵と、要らぬ知恵と。
 宮田と私は、あくまでも遊び友達だ。宴席らしくあってもらわねば困る。
 宮田は無表情に聞いていたが、徐々に顔を赤らめ目を丸くして、次第には怒り出してしまった。
 芸妓たちがはしたなく笑ったり宮田をなだめたりしている。
 お前は実直でおごったところがないから、皆に可愛がられるな。
 私は何事もなかったように盃を傾けながら、宮田を観察した。
 お前が情報漏洩の疑義で追っているのは、やはり第二部の人間か。ならば革命活動に参加していた者だろう。大陸の熱にのまれて祖国を裏切ったというのか。革命によって大陸を弱体化させる計画はどうした?  革命の後、大陸の真の自立に本気で加担して、欧米列強のみならず我が国まで大陸から追い出そうというのか。第二部の工作は大陸側に筒抜けか。

「……吉澤さん?」
「ああ、いえ。江西には当分行かれそうにないと考えていたのです。残念です」
「そうですね。この国の自立まで、まだしばらくは混乱が続くでしょうね」
「宮田さんは、大陸の真の自立は可能とお考えですか?」

   宮田は、意外だという顔で私を見た。

「もちろんですよ。可能かどうかではなく、自立して当然なのです。他国に支配されたり不当に扱われるのはおかしいでしょう。貿易商の貴方なら良くおわかりのはずだ。我が国だってようやく関税自主権を回復させたではありませんか」

 正論だ。お前の言うことは正しい。それを言うお前は正しい。
 だが、お前が追っている男が、お前と同じ理想を抱いて本心から大陸に協力し、第二部の情報を大陸に流し、我が国を大陸から追い出そうと画策していたらどうする。
   そんな男とお前は接触するのか。そいつがお前の理想を褒めたたえ協力を求めて来たら、お前はどうする?
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