182年の人生

山碕田鶴

文字の大きさ
14 / 200
1878ー1913 吉澤識

8-(2/4)

しおりを挟む
 少し酔いをさましたいと言って先に芸妓を帰らせてから、また二人で盃を交わした。宮田はかなり飲んだのか、私の肩に頭をもたれかけている。

「……吉澤さん。自分はしばらく戻っては来れないかもしれません。長らく世話になりました」
「では、次回は慰労会ですね」

 宮田はそれには答えず、ぼんやりと遠い先を見ていた。

「吉澤さん。貴方と飲む酒は、いつもうまかった。いい思いをさせてもらいました。ここに戻って来るたび、ご迷惑とわかっていながら声をかけてしまった」

 ゆっくりと私の肩から離れた宮田は、うつむき加減に溜息をついた。

「……大陸から列強を追い出しても、我々が同じことをしたら何も変わらないのです。共存共栄ではなかったのか。自分は理想を語っていますか?  なぜ同じアジア人なのに手を取り合うことができない?  だから山本さんは……」
「宮田さん!」

 私は宮田を強く制した。
 山本。江西で目撃されている本国人だ。
 山本が江西で現地人と絡んでいるらしいことは先ほど宮田に耳打ちしたが、既に南京周辺で会っていたのか。宮田は既に山本を知っていたのだ。これから江西でも会うつもりなのか。
 第二部が革命を煽るのは、大陸の自立と繁栄のためではない。大陸の国力衰退と、混乱に乗じて我が国が影響力を増大させるためだ。山本はそのための要員ではなかったのか。
 機密漏洩の疑義で宮田が追っているのは山本に違いない。山本は本気で大陸側についたということか。
 宮田と接触してしまった以上、山本は宮田の理想につけ入り引き込むか、宮田を消すしかないだろう。
 南京で山本に会った宮田が無事ここに帰ってきた。そして今度は江西へ行く。
 宮田、お前は山本にくみしたということか?

「飲み過ぎましたね」

 私は宮田の手から盃を取って膳に置いた。
 お前の理想は山本の側にあっても、お前の職務は本国にある。
 職務を遂行しろ、宮田。それが嫌なら今すぐ辞職してけじめをつけろ。

「吉澤……さん……」

 宮田が話を続ければ、任務に触れる可能性がある。私は軍とは関わりのない貿易商として宮田の前にいる。
   これ以上話すな。私に立ち入らせるな。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

見えない戦争

山碕田鶴
SF
長引く戦争と隣国からの亡命希望者のニュースに日々うんざりする公務員のAとB。 仕事の合間にぼやく一コマです。 ブラックジョーク系。

月夜想曲

山碕田鶴
現代文学
月夜に出会うアタシとあなた。 自由詩的小説です。 (表紙絵/山碕田鶴)

日当たりの良い借家には、花の精が憑いていました⁉︎

山碕田鶴
ライト文芸
大学生になった河西一郎が入居したボロ借家は、日当たり良好、広い庭、縁側が魅力だが、なぜか庭には黒衣のおかっぱ美少女と作業着姿の爽やかお兄さんたちが居ついていた。彼らを花の精だと説明する大家の孫、二宮誠。銀髪長身で綿毛タンポポのような超絶美形の青年は、花の精が現れた経緯を知っているようだが……。 (表紙絵/山碕田鶴)

神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた

黒崎隼人
ファンタジー
過労死した植物研究者が転生したのは、貧しい開拓村の少年アランだった。彼に与えられたのは、あらゆる植物を意のままに操る神スキル【絶対育成】だった。 そんな彼の元に、ある日、王都から追放されてきた「悪役令嬢」セラフィーナがやってくる。 「私があなたの知識となり、盾となりましょう。その代わり、この村を豊かにする力を貸してください」 前世の知識とチートスキルを持つ少年と、気高く理知的な元公爵令嬢。 二人が手を取り合った時、飢えた辺境の村は、やがて世界が羨む豊かで平和な楽園へと姿を変えていく。 辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

くらげ のんびりだいぼうけん

山碕田鶴
絵本
波にゆられる くらげ が大冒険してしまうお話です。

アララギ兄妹の現代怪異事件簿

鳥谷綾斗(とやあやと)
ホラー
「令和のお化け退治って、そんな感じなの?」 2020年、春。世界中が感染症の危機に晒されていた。 日本の高校生の工藤(くどう)直歩(なほ)は、ある日、弟の歩望(あゆむ)と動画を見ていると怪異に取り憑かれてしまった。 『ぱぱぱぱぱぱ』と鳴き続ける怪異は、どうにかして直歩の家に入り込もうとする。 直歩は同級生、塔(あららぎ)桃吾(とうご)にビデオ通話で助けを求める。 彼は高校生でありながら、心霊現象を調査し、怪異と対峙・退治する〈拝み屋〉だった。 どうにか除霊をお願いするが、感染症のせいで外出できない。 そこで桃吾はなんと〈オンライン除霊〉なるものを提案するが――彼の妹、李夢(りゆ)が反対する。 もしかしてこの兄妹、仲が悪い? 黒髪眼鏡の真面目系男子の高校生兄と最強最恐な武士系ガールの小学生妹が 『現代』にアップグレードした怪異と戦う、テンション高めライトホラー!!! ‎✧ 表紙使用イラスト……シルエットメーカーさま、シルエットメーカー2さま

処理中です...