182年の人生

山碕田鶴

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1878ー1913 吉澤識

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 大陸では、諸省独立の混乱が続く。内陸部に現地人の労働力を使った欧州の工場が隆盛を極め、本国の影響力は益々低下している……

 私は日々淡々と日誌の如く情勢をしたため、吉澤組の行く末の判断材料とするべく本国へ送っている。
 父を介して第二部へ届く算段だ。
 私個人の遊興録もまた、同様にして本国へ送る。こちらは、店の料理の質や値段、治安や現地人の暮らしぶりの変化など、市井を記録した日記のようなものだ。現地人が話す噂や外国人に対する悪口は、本国でなかなか評判らしい。情報の要はこちらである。
 無事に手紙が到着した合図として、父からは短い近況が返ってくる。
   日頃祖国を懐かしむ気持ちは起きないが、大陸の大変革の最中さなかに本国では元号が大正に改まったと聞き、何やら世相に変革の兆しありと想像したりする。通天閣なる塔が完成したらしく、これはすぐにでも見に行きたい気分である。
 第二部の存在理由が情報収集だけなら、これで事足りる。私はあくまで貿易商だ。見聞きしたままを伝えればよいのだ。
 実態は、第二部からの客人を接待するまでが私の役目である。
 大陸に渡って来て各地に潜る工作員に宴席を設けることは、これまでたびたびあった。土地の情報を伝え、工作準備に協力するためである。
 来るのは商売人であったり、料理人、技師、留学生と肩書きは様々だ。主目的は、革命の気運を醸成することであったろう。
   私はその先を知らないし、再びの関わりは持たなかった。請われるまま情報を与える。それだけだ。羽振の良い現地在住の商人が同胞を歓迎してもてなすだけのことだ。
 だが、宮田は公使館付なのでこれまでとは違い頻繁に顔を合わせている。第二部の工作員とは違うが、わざわざつきあうべき相手ではない。
 関わるな。
 私の本能が警告する。あれは危うい。
   生真面目で高潔な、尊敬に値する男だ。大陸を侵食する欧米列強を払い、アジアの友好国として我が国が手を携えて真の独立と発展を後押ししたいと言っていた。本心であろうか。
   本心でも構わないが、お前の祖国はそう言いながら方針転換したぞ。欧米に取って代わろうとする我が国への悪感情が大陸中に広がっているのをお前も知ったはずだ。
   現実を見て、何を思う?  
   宮田が軍の機密情報漏洩を調査しているのは確かだろう。だが、探っているのは駐留している軍人、軍属ではない。
   宮田が私に情報提供を求めた南京方面には、第二部から派遣された工作員が何人かいたはずだ。これまでに出向いた地方も、第二部の工作員が最初に向かった地だ。第二部がもてなせと通達してきたのも異例だ。
   宮田は、第二部の関係者を追っているのか。

「あの……」

 部屋の隅の卓に頬杖をついていた私の背後から、か細い声がした。
 振り向くと、女が不安そうに私を見ている。
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