182年の人生

山碕田鶴

文字の大きさ
10 / 200
1878ー1913 吉澤識

6-(3/3)

しおりを挟む
 公使館まで戻り宮田と別れると、加藤が距離を詰めてきた。

「もっと離れろ」
「宮田様が何かおっしゃいましたか」
「いや」

 加藤は私の意思に関係なくつき従う影だ。気にかけるな。
 今日歩くと言ったのは私だ。当然、加藤は護衛につく。私と二人の時はいつもこの間合いだ。別段変わったことはない。
 背後からの視線は相変わらず強く絡みつく。家まではまだ距離がある。
 いつも。いつも。いつも。いつも。
 私の思考を乱す存在感が鬱陶しい。
 加藤を頭から追い出し、別のことを考える。
 ああ、本国へ報告を出す頃合いだな。
 宮田について書く必要はない。私の職務の範囲は、あくまで世情だ。
 共存共栄か。あれの理想は崇高で尊い。だが、ここは大陸だ。寺の講釈ではないのだ。
 宮田は本気で言っていたのか。たとえ本気でも、現実は見えているはずだ。
 あれは大陸の人間と手に手をとって共に真の繁栄を目指したいのだろうが、本国の政治はこの国を支配下に置こうとしている。そもそも宮田は、大陸に加担する軍内部の裏切り者を調査するため派遣されたのではないか。第二部から私にもてなしの依頼まであったということは、かなり深刻な事態を扱っているはずだ。理想や願望で目を曇らせることはなかろう。
 宮田はたびたび遠方まで出かけていく。私が宴席を設けた後数週間は姿を見せなくなる。
 ふらりと帰って来ては長旅の慰労会の如く二人で酒を酌み交わし、すぐにまた地方へつ。
 ……何度繰り返した?
 私から見れば数ある交遊のひとつでしかない。だが、宮田の行動をたどれば、公使館にいる時期に個人的接触があるのは今のところ私のみだ。宮田に請われて情報提供をしている以上断ることはできないが、宮田を探る者がいれば私は確実に目をつけられるだろう……。

「鬱陶しい」

 私は思わず振り返っていた。
 加藤は少し驚いたように私を見た。私も驚いた。何を苛立いらだっている?

「お前の視線が鬱陶しい。横を歩け」

 加藤の反応を待たずに歩き出したが、すぐに加藤は並んで歩調を合わせた。
 私と常に行動を共にし、常に従う存在。まともに言葉を交わしたことなどない。

「……私の行動をけいに聞かせるな」

 以前、経が加藤の軽口を気にしていたのを思い出した。
 加藤はわざとやっている。他の使用人に行く先々を言いふらすのも、私の行動を周囲に印象づける加藤の工作の一環だろう。
 加藤の言うことは、半分本当で半分嘘だ。酒席や見世物に出かけるのは本当でも、明かせない面会だけは敢えて触れずに行動歴から抜く。聞かされた者は、極秘の面会はなかったと錯覚する。
   取捨選択は加藤の判断だ。第二部の指令に沿ったものだから、余計な醜聞艶聞はそのまま面白おかしく伝わっていく。

「慎みます」

 加藤はそれだけ言った。
 どうせ加藤は慎まない。
 私がそう思うのを見越したような返事に苛立ちが増す。何より加藤が全く動じていないのが、余計に腹立たしかった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

見えない戦争

山碕田鶴
SF
長引く戦争と隣国からの亡命希望者のニュースに日々うんざりする公務員のAとB。 仕事の合間にぼやく一コマです。 ブラックジョーク系。

月夜想曲

山碕田鶴
現代文学
月夜に出会うアタシとあなた。 自由詩的小説です。 (表紙絵/山碕田鶴)

日当たりの良い借家には、花の精が憑いていました⁉︎

山碕田鶴
ライト文芸
大学生になった河西一郎が入居したボロ借家は、日当たり良好、広い庭、縁側が魅力だが、なぜか庭には黒衣のおかっぱ美少女と作業着姿の爽やかお兄さんたちが居ついていた。彼らを花の精だと説明する大家の孫、二宮誠。銀髪長身で綿毛タンポポのような超絶美形の青年は、花の精が現れた経緯を知っているようだが……。 (表紙絵/山碕田鶴)

神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた

黒崎隼人
ファンタジー
過労死した植物研究者が転生したのは、貧しい開拓村の少年アランだった。彼に与えられたのは、あらゆる植物を意のままに操る神スキル【絶対育成】だった。 そんな彼の元に、ある日、王都から追放されてきた「悪役令嬢」セラフィーナがやってくる。 「私があなたの知識となり、盾となりましょう。その代わり、この村を豊かにする力を貸してください」 前世の知識とチートスキルを持つ少年と、気高く理知的な元公爵令嬢。 二人が手を取り合った時、飢えた辺境の村は、やがて世界が羨む豊かで平和な楽園へと姿を変えていく。 辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

くらげ のんびりだいぼうけん

山碕田鶴
絵本
波にゆられる くらげ が大冒険してしまうお話です。

アララギ兄妹の現代怪異事件簿

鳥谷綾斗(とやあやと)
ホラー
「令和のお化け退治って、そんな感じなの?」 2020年、春。世界中が感染症の危機に晒されていた。 日本の高校生の工藤(くどう)直歩(なほ)は、ある日、弟の歩望(あゆむ)と動画を見ていると怪異に取り憑かれてしまった。 『ぱぱぱぱぱぱ』と鳴き続ける怪異は、どうにかして直歩の家に入り込もうとする。 直歩は同級生、塔(あららぎ)桃吾(とうご)にビデオ通話で助けを求める。 彼は高校生でありながら、心霊現象を調査し、怪異と対峙・退治する〈拝み屋〉だった。 どうにか除霊をお願いするが、感染症のせいで外出できない。 そこで桃吾はなんと〈オンライン除霊〉なるものを提案するが――彼の妹、李夢(りゆ)が反対する。 もしかしてこの兄妹、仲が悪い? 黒髪眼鏡の真面目系男子の高校生兄と最強最恐な武士系ガールの小学生妹が 『現代』にアップグレードした怪異と戦う、テンション高めライトホラー!!! ‎✧ 表紙使用イラスト……シルエットメーカーさま、シルエットメーカー2さま

処理中です...