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1878ー1913 吉澤識
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私の時間はまだ続いていた。肉体を持たず、誰にも認知されないまま、私は死後の現世を見続けていた。
非科学的なものは信じないが自分の経験は信じるしかない。四十九日の間はこの世にとどまるというのは本当らしい。
吉澤外海組の後継者であり駐在所長として大陸に渡っていた吉澤識の死は、世間を騒がす大事件であった。だが、どの新聞社も報じることはなく、葬儀は極秘に営まれた。
商業会は、識の弟である吉澤経を当初からの所長のごとく扱った。誰も識の名を口にしない。事件に触れる者はいなかった。
理由は明白だ。識は、御者兼護衛であった加藤との痴情のもつれの末、無理心中で殺害されたのだ。
使用人ならびに経は、加藤の一方的で執拗な懸想を証言している。実際、経は加藤の言動に苦言を呈し、父に解雇を要求する手紙を何度も送っている。
事件現場は猟奇的と言えるほど陰惨なものであった。担当した警察官は、正視に耐えないと話した。ただし、加藤の死因には触れていない。
新聞や雑誌の記者は、吉澤組に押しかけた。父はすぐに広報担当を大陸に派遣して対応させ、屋敷への立ち入りだけでなく使用人への取材も許可した。経も率先して取材に応じ、記者たちの同情を引いた。
この件は吉澤組の商いとはいっさい関わりなく、駐在所長の極めて私的な、かつ従者によるいわば身内の不祥事であったことを父は伝えたかったのだろう。
父はまた、大陸で私を知る者にもいっさいの口止めはしなかった。これを取材了承と受け取った記者たちは商業会の連中にも次々と取材に行き、私の評判を聞いて回った。煽情的な三流記事にはうってつけである。
事件の仔細を伝えて感想を求めるのだから、かえって事件を知らせて回るようなものだが、隠せば気になる人情を父は逆手に取った。記者を利用して個別に真相らしきものを教えてやることで、事件に尾ひれがつくのを防いだのだろう。吉澤識を知る者は皆、さもありなんと受け止めて終いになった。
こうして書かれた記事の数々は発行する段階になって、風紀を乱すとの理由で全て差し止めになった。
吉澤組が一族の恥を世にさらすはずがない。全容を記者に開示する一方で、裏ではあらゆる方面に手を回して情報統制を敷き、事態の収拾を図っていた。
代わりに出たのが、次期後継者の記事だった。若く優秀で眉目秀麗な経は、婦人雑誌の取材が来るほど世間の注目を集めた。
父は、私の事件を発行できなかった新聞、出版各社を何食わぬ顔でねぎらい、大陸までわざわざやって来た記者たちを優先して経の取材を許可した。
既に経を知り同情的であった記者たちが、世間に公表前の吉澤組後継者の特ダネ記事を書く。
父は経を広告塔にして吉澤組の知名度を上げ、同時に識の醜聞を完全に消し去った。
本国で私の死が明るみに出ることはなかった。
非科学的なものは信じないが自分の経験は信じるしかない。四十九日の間はこの世にとどまるというのは本当らしい。
吉澤外海組の後継者であり駐在所長として大陸に渡っていた吉澤識の死は、世間を騒がす大事件であった。だが、どの新聞社も報じることはなく、葬儀は極秘に営まれた。
商業会は、識の弟である吉澤経を当初からの所長のごとく扱った。誰も識の名を口にしない。事件に触れる者はいなかった。
理由は明白だ。識は、御者兼護衛であった加藤との痴情のもつれの末、無理心中で殺害されたのだ。
使用人ならびに経は、加藤の一方的で執拗な懸想を証言している。実際、経は加藤の言動に苦言を呈し、父に解雇を要求する手紙を何度も送っている。
事件現場は猟奇的と言えるほど陰惨なものであった。担当した警察官は、正視に耐えないと話した。ただし、加藤の死因には触れていない。
新聞や雑誌の記者は、吉澤組に押しかけた。父はすぐに広報担当を大陸に派遣して対応させ、屋敷への立ち入りだけでなく使用人への取材も許可した。経も率先して取材に応じ、記者たちの同情を引いた。
この件は吉澤組の商いとはいっさい関わりなく、駐在所長の極めて私的な、かつ従者によるいわば身内の不祥事であったことを父は伝えたかったのだろう。
父はまた、大陸で私を知る者にもいっさいの口止めはしなかった。これを取材了承と受け取った記者たちは商業会の連中にも次々と取材に行き、私の評判を聞いて回った。煽情的な三流記事にはうってつけである。
事件の仔細を伝えて感想を求めるのだから、かえって事件を知らせて回るようなものだが、隠せば気になる人情を父は逆手に取った。記者を利用して個別に真相らしきものを教えてやることで、事件に尾ひれがつくのを防いだのだろう。吉澤識を知る者は皆、さもありなんと受け止めて終いになった。
こうして書かれた記事の数々は発行する段階になって、風紀を乱すとの理由で全て差し止めになった。
吉澤組が一族の恥を世にさらすはずがない。全容を記者に開示する一方で、裏ではあらゆる方面に手を回して情報統制を敷き、事態の収拾を図っていた。
代わりに出たのが、次期後継者の記事だった。若く優秀で眉目秀麗な経は、婦人雑誌の取材が来るほど世間の注目を集めた。
父は、私の事件を発行できなかった新聞、出版各社を何食わぬ顔でねぎらい、大陸までわざわざやって来た記者たちを優先して経の取材を許可した。
既に経を知り同情的であった記者たちが、世間に公表前の吉澤組後継者の特ダネ記事を書く。
父は経を広告塔にして吉澤組の知名度を上げ、同時に識の醜聞を完全に消し去った。
本国で私の死が明るみに出ることはなかった。
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