182年の人生

1913ー1940 小林建夫

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　佐藤が村を訪れた際には、いつも工場のすぐ隣にある事務所兼自宅に通している。見回り点検だけされて帰すのも癪しゃくなので、こちらからも佐藤の知る時事情報を毎回あれこれ聞き出している。
　新聞記者だけあってさすがに裏の事情までよく知っているし、訊けば何でも答えてくれる。
　小林は田舎の小さな工場から一歩も出ない世間知らずだから、政財界の裏話をいくら教えてやっても小説などを読み聞かせるのと変わらない。その程度の気安さで、佐藤は私に大盤振舞いをしているのだろう。
　応接間で茶を出す程度のもてなしであるが、佐藤も自ら時事の土産を持って来てくれるようになり、つい長話になる。外の情報に飢えている私には、またとない娯楽であった。

「そうそう、社長。面白い記者がいましてね。人型のロボットを作ったんですよ」
「記者がロボット？」
「人造人間。いや、人造大仏か。とにかく巨大な機械人形でして。今やっている博覧会で話題なんですよ。西村というんですが、社長より二十は年下かな。記者といっても、元々大学の先生かなんかで変わった経歴を持っていましてね」
「學天則がくてんそく……」
「そう、それです。さすが社長はもの知りだ。記事だけでなく、ほら、写真もありますよ。新聞には出ていないのもいくつか持って来ました」

　一九二八年、京都の博覧会でお披露目された「學天則」は、国内外で話題になっていた。
　戦争と大震災を経て御代替みよがわりを記念した博覧会は希望に満ちたものだったが、世界は新たな争いと混乱に突き進んでいる。
　そこに登場したのが、大仏のごとき巨大ロボットであった。世の中には、とんでもないことを考え、作る人間がいるものだと私は感銘を受けた。

「鮮明な写真で見ると、また何と奇天烈きてれつな。いやあ、どうやって動いているのか」
「あはは。社長はまだまだ若いですなあ。ご自身でロボットを作ってしまいそうな勢いだ」

　佐藤が話をしてくれる間、正二しょうじは村を見て回りたいというので一人で自由に行かせた。記者の助手としていつも佐藤につき従っているから、村人には既に顔なじみだ。特に不審がられることもなかろう。
　私は玄関先で正二を見送ってから、再び「學天則」の写真に見入った。
　世を全て知る、まさに悟りを開いたような相貌に神仏を見た気がした。
　天を見上げる笑顔の巨人は、からくりで表情が変わり腕も曲げ伸ばしができるという。

「社長はずいぶんと気に入ったようですね。ロボットの語源は奴隷という意味らしいですから、いずれ人間と見た目が変わらぬ機械人形が現れて、人に代わって働く日が来るかも知れませんよ。この工場だって、みんな機械人形になっていても不思議ではありません」

　佐藤は特段関心もなさそうだったが、さすがに詳しかった。
　話を聞いて、私は別のことを考えた。
　機械人形は、しょせんからくりである。動力源が必要な人形だ。だが、人間と見た目が変わらぬ機械人形が作れたならば、そこに魂を入れて身体を動かせたならば、それは人間ではないのか。
　荒唐無稽な話ではある。しかし、私は人間の身体を魂の容れ物だと実感してしまっている。機械人形であれば誰の身体を乗っ取らずとも、それこそ永遠に生きられるのではないか。
　かつて覗き見た未来の光景には、人間のような機械が数多く動いていた気がする。なんの知識もなかった当時の私にはさっぱりわからぬ世界であったが、今ならあれがロボットではないかと想像できる。
　こちらの知識や理解が追いつかないと未来を見ても意味がないのか。人生の短さを嘆く前に、柔軟な思考と想像力を鍛えるべきだな。
　小林の人生が晩年に差しかかるのを意識してなお、私は今が楽しく未来が楽しそうで仕方がない。永遠の命が手に入るのなら私は迷わず手に入れる。
　そう思った瞬間、視線を感じて顔を上げた。
　目の前の佐藤ではない。部屋を見回しても他に誰もいない。
　私は、相変わらず得体の知れぬ何かに監視され続けていた。