53 / 200
1913ー1940 小林建夫
23
しおりを挟む
佐藤たちが帰った後で、私は思い立って村はずれの小屋に向かった。ヤイの住まいだ。
盆暮のつけ届けは密かに続けていたが、長らく気に留めることもなく義理を欠いた非礼を詫びに行こうと思ったのだ。
理由はもうひとつある。正二だ。佐藤が連れ歩く無口な少年が私はどうにも気にかかっていた。既に何度も村に来ているから、ヤイも知っているだろう。ヤイには彼がどう見えるのか聞いておきたかった。
小屋はまだこの林の先だというのに、ヤイは道の端に立っていた。
私が来るのを察したのか。
ともかく挨拶と非礼の詫びをすると、そのまま立ち話になってしまった。
「小林様、お気になさらず。小屋に近づいてはなりません」
「なぜだ? 使いの者は行くだろう?」
「いつもこのように手前でお待ち申し上げております。私は異界の者と話せますゆえ、寂しく漂う彼らが寄ってまいります。小屋にお近づきになると障りがあります」
彼ら、とは幽霊だ。
「ヤイの家はにぎやかだな」
「はい。ですが……先ほどまでいた者たちは皆消え去りました。地に縛られ続け、もはやあの世への道を失ったように見えた者まで彼岸へ渡ったのです。とは申しましても、私にこの世の先は見えませぬ。その先が極楽浄土なのか地獄なのか、はたまた露と消えるのかは存じませぬが。ともかく今は何もおりませぬ。ただ、すぐに新たな客人が集まりますから、小林様はどうかお近づきにならぬよう」
「皆消えたのか。……何があった?」
ぞくりと背筋に冷たいものが走った。
「さて。時折村に来る少年が小屋を遠くから眺めておりました。それだけです」
正二か。村はずれのヤイの小屋まで見て回っていたのか。
「ヤイ、少年は人間か?」
「もちろんこの世の人間にございます。ただ、非常に不釣合いな魂のように感じます。私には姿が視えないのです。例えるならば、光が強過ぎるのです。人ならざる何か大きな存在と申しましょうか」
「ヤイのように特別な能力があるということか?」
「特別は貴方様ですよ。さまよう幽霊が生きる者に憑くことはございますが、魂の入れ替わりなど、私は存じませぬ。そうではなく、あの少年の魂はそもそも人とは違った別のもののように感じました。きっと少年が、私の客人たちをあの世へと送り出したのでしょう」
ヤイの周りの幽霊が消えたことは以前にも何度かあったという。どれもちょうど佐藤が正二を伴って村を訪れた時期だ。
私は正二の人ならざる力が気になっていたのだろうか。
まあ、あれが周囲の幽霊を成仏させて回ったとて何ら問題はなかろう。善行ではないか。この世に生きる者には関わりのない話だ。
そう考えたところで、正二の強い視線を思い出してゾッとした。
正二には私も幽霊に見えていたのではあるまいか。死者であった私が小林と成り替わり、未だ生き続ける亡霊のごとき存在であると気づいているのではあるまいか。
正二が幽霊をあの世へ送れるのならば、私もあれに近づいた途端にこの世から引き剥がされてしまうかもしれない。
何もかもが薄く、ぼんやりと心もとない孤独の感触に血の気が引いた。
これは恐怖だ。単に命を狙われるのではない。存在を許されないという、根源的な恐怖だ。
だが、正二とは既に何度も目を合わせて至近距離で接している。私は今も生きている。
……思い過ごしであろうか。
私を監視する視線も相変わらず感じ続けているのだ。危難の疑いがわずかにもあるならば避けるに限る。
私は正二と極力関わらないことを決めた。
盆暮のつけ届けは密かに続けていたが、長らく気に留めることもなく義理を欠いた非礼を詫びに行こうと思ったのだ。
理由はもうひとつある。正二だ。佐藤が連れ歩く無口な少年が私はどうにも気にかかっていた。既に何度も村に来ているから、ヤイも知っているだろう。ヤイには彼がどう見えるのか聞いておきたかった。
小屋はまだこの林の先だというのに、ヤイは道の端に立っていた。
私が来るのを察したのか。
ともかく挨拶と非礼の詫びをすると、そのまま立ち話になってしまった。
「小林様、お気になさらず。小屋に近づいてはなりません」
「なぜだ? 使いの者は行くだろう?」
「いつもこのように手前でお待ち申し上げております。私は異界の者と話せますゆえ、寂しく漂う彼らが寄ってまいります。小屋にお近づきになると障りがあります」
彼ら、とは幽霊だ。
「ヤイの家はにぎやかだな」
「はい。ですが……先ほどまでいた者たちは皆消え去りました。地に縛られ続け、もはやあの世への道を失ったように見えた者まで彼岸へ渡ったのです。とは申しましても、私にこの世の先は見えませぬ。その先が極楽浄土なのか地獄なのか、はたまた露と消えるのかは存じませぬが。ともかく今は何もおりませぬ。ただ、すぐに新たな客人が集まりますから、小林様はどうかお近づきにならぬよう」
「皆消えたのか。……何があった?」
ぞくりと背筋に冷たいものが走った。
「さて。時折村に来る少年が小屋を遠くから眺めておりました。それだけです」
正二か。村はずれのヤイの小屋まで見て回っていたのか。
「ヤイ、少年は人間か?」
「もちろんこの世の人間にございます。ただ、非常に不釣合いな魂のように感じます。私には姿が視えないのです。例えるならば、光が強過ぎるのです。人ならざる何か大きな存在と申しましょうか」
「ヤイのように特別な能力があるということか?」
「特別は貴方様ですよ。さまよう幽霊が生きる者に憑くことはございますが、魂の入れ替わりなど、私は存じませぬ。そうではなく、あの少年の魂はそもそも人とは違った別のもののように感じました。きっと少年が、私の客人たちをあの世へと送り出したのでしょう」
ヤイの周りの幽霊が消えたことは以前にも何度かあったという。どれもちょうど佐藤が正二を伴って村を訪れた時期だ。
私は正二の人ならざる力が気になっていたのだろうか。
まあ、あれが周囲の幽霊を成仏させて回ったとて何ら問題はなかろう。善行ではないか。この世に生きる者には関わりのない話だ。
そう考えたところで、正二の強い視線を思い出してゾッとした。
正二には私も幽霊に見えていたのではあるまいか。死者であった私が小林と成り替わり、未だ生き続ける亡霊のごとき存在であると気づいているのではあるまいか。
正二が幽霊をあの世へ送れるのならば、私もあれに近づいた途端にこの世から引き剥がされてしまうかもしれない。
何もかもが薄く、ぼんやりと心もとない孤独の感触に血の気が引いた。
これは恐怖だ。単に命を狙われるのではない。存在を許されないという、根源的な恐怖だ。
だが、正二とは既に何度も目を合わせて至近距離で接している。私は今も生きている。
……思い過ごしであろうか。
私を監視する視線も相変わらず感じ続けているのだ。危難の疑いがわずかにもあるならば避けるに限る。
私は正二と極力関わらないことを決めた。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる