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1913ー1940 小林建夫
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消滅の恐怖は本能だ。それは肉体に依るものではなかったのか。死後霊魂となってもなお囚われる恐怖から解放されるには、あの世へ行くしかないらしい。
だが、確証がないのだ。この世でさえ手の届く範囲をわずかに知る程度であるのに、あの世とはいったい何なのだ?
「私は……全て信じたわけではない。死後も自分が存続することは実体験として納得するしかないが……その後をどうして信じられる? あの世だ何だと、それは遺された者の慰めや自己満足ではないのか? そもそもなぜ帰る場所を誰も覚えていない?」
死神の憐れむような眼差しに、息をのんだ。
死神は怯える私を蔑んではいない。むしろ慈悲を与えるかのように見守っているではないか。
「……私は……あの世がないと言っているのではない。わからない、確証がない……自分を納得させるには不十分なのだ……」
「怖がる必要はない。あの世へ行けば思い出す。納得もする。この世でお前に説明しても、この世の仕組みに組み込まれている今のお前に理解することはできない」
あの世へ行けば全てわかる。だから、さっさと向こうへ行けと言うのか。
「私は一度この世の仕組みから外れたではないか。吉澤識の死後、この世の過去も未来も、俯瞰するように見てきた。それでもなお理解は難しいのか?」
「今のお前には無理だと言ったろう。あの世へ行かない限り、理解は無理だ。まったく、ずいぶんと好奇心が強いらしいな。死後に過去や未来を覗いたか。確かに死してこの世を出たからこそ見られる光景だが、あの未来はただの予測だ。お前やお前と同時代に生きる人間たちの履歴、行動から計算された映像に過ぎない。この世はその都度に更新され、どこにも予定調和はない。これも、あの世へ行けば全てわかる。お前にそれだけの好奇心があるならば、あの世へ行ってみたいと思わないのか?」
死神はさすがに呆れた様子で私をあしらった。
「私が他人の肉体を乗っ取り生き続けていることが規則違反というならば、さっさと私を罰して消せばよかったであろう。お前はそのために現れたのではないのか? なぜ今まで黙って見ていた?」
「罰はない。この世の秩序はこの世の内で完結している。外からの影響は受けない。この世は完全に閉じた空間だ。お前たちの考えるような神仏の罰やら神の怒りなど存在しない。この世の外の存在がお前に罰を与え、罰によってお前の生命を奪うことはありえない。俺はさまよう不具合の魂を拾い集めてあの世へ送っているが、あくまでも誘うだけだ。外からの強制排除も規則違反だ」
「ずいぶんと平和的だな。私が拒否したら、あの世へは連れて行けないぞ」
「そのとおりだ。お前は死後もこの世に存在し続ける不法滞在者だが、自らの意思でここから去ってもらうしかないのだ。面倒だろう?」
死神は私に触れそうなほど近づくと、さらに顔を寄せてきた。
見下ろす視線から逃れることができない。
「お前は恐れているだけだ。知ることで己の不安を払拭したいだけだ。怯えるのも無理はない。お前は一度死後の孤独を味わってしまった。さまようことなくあの世へ行けば楽であったろうに。可哀想なことをしたな。消滅の恐怖を感じているのか? 案ずるな。あの世とは孤独でも消滅でもない。永劫だ」
永劫……。操られるように口にすると、死神は満足そうにうなずいた。
「説明も説得もここまでだ。遊びは終いだ。死後の孤独を恐れるならばさっさとあの世へ行け。なあ、俺は人間にしか見えないだろう? 俺は人間として、お前を殺しに来た。強制排除にはなるが、今の俺は人間だ。これなら規則違反ではない」
「なっ……」
何を、言っている?
だが、確証がないのだ。この世でさえ手の届く範囲をわずかに知る程度であるのに、あの世とはいったい何なのだ?
「私は……全て信じたわけではない。死後も自分が存続することは実体験として納得するしかないが……その後をどうして信じられる? あの世だ何だと、それは遺された者の慰めや自己満足ではないのか? そもそもなぜ帰る場所を誰も覚えていない?」
死神の憐れむような眼差しに、息をのんだ。
死神は怯える私を蔑んではいない。むしろ慈悲を与えるかのように見守っているではないか。
「……私は……あの世がないと言っているのではない。わからない、確証がない……自分を納得させるには不十分なのだ……」
「怖がる必要はない。あの世へ行けば思い出す。納得もする。この世でお前に説明しても、この世の仕組みに組み込まれている今のお前に理解することはできない」
あの世へ行けば全てわかる。だから、さっさと向こうへ行けと言うのか。
「私は一度この世の仕組みから外れたではないか。吉澤識の死後、この世の過去も未来も、俯瞰するように見てきた。それでもなお理解は難しいのか?」
「今のお前には無理だと言ったろう。あの世へ行かない限り、理解は無理だ。まったく、ずいぶんと好奇心が強いらしいな。死後に過去や未来を覗いたか。確かに死してこの世を出たからこそ見られる光景だが、あの未来はただの予測だ。お前やお前と同時代に生きる人間たちの履歴、行動から計算された映像に過ぎない。この世はその都度に更新され、どこにも予定調和はない。これも、あの世へ行けば全てわかる。お前にそれだけの好奇心があるならば、あの世へ行ってみたいと思わないのか?」
死神はさすがに呆れた様子で私をあしらった。
「私が他人の肉体を乗っ取り生き続けていることが規則違反というならば、さっさと私を罰して消せばよかったであろう。お前はそのために現れたのではないのか? なぜ今まで黙って見ていた?」
「罰はない。この世の秩序はこの世の内で完結している。外からの影響は受けない。この世は完全に閉じた空間だ。お前たちの考えるような神仏の罰やら神の怒りなど存在しない。この世の外の存在がお前に罰を与え、罰によってお前の生命を奪うことはありえない。俺はさまよう不具合の魂を拾い集めてあの世へ送っているが、あくまでも誘うだけだ。外からの強制排除も規則違反だ」
「ずいぶんと平和的だな。私が拒否したら、あの世へは連れて行けないぞ」
「そのとおりだ。お前は死後もこの世に存在し続ける不法滞在者だが、自らの意思でここから去ってもらうしかないのだ。面倒だろう?」
死神は私に触れそうなほど近づくと、さらに顔を寄せてきた。
見下ろす視線から逃れることができない。
「お前は恐れているだけだ。知ることで己の不安を払拭したいだけだ。怯えるのも無理はない。お前は一度死後の孤独を味わってしまった。さまようことなくあの世へ行けば楽であったろうに。可哀想なことをしたな。消滅の恐怖を感じているのか? 案ずるな。あの世とは孤独でも消滅でもない。永劫だ」
永劫……。操られるように口にすると、死神は満足そうにうなずいた。
「説明も説得もここまでだ。遊びは終いだ。死後の孤独を恐れるならばさっさとあの世へ行け。なあ、俺は人間にしか見えないだろう? 俺は人間として、お前を殺しに来た。強制排除にはなるが、今の俺は人間だ。これなら規則違反ではない」
「なっ……」
何を、言っている?
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