182年の人生

山碕田鶴

文字の大きさ
59 / 200
1913ー1940 小林建夫

27-(3/5)

しおりを挟む
 消滅の恐怖は本能だ。それは肉体に依るものではなかったのか。死後霊魂となってもなお囚われる恐怖から解放されるには、あの世へ行くしかないらしい。
 だが、確証がないのだ。この世でさえ手の届く範囲をわずかに知る程度であるのに、あの世とはいったい何なのだ?

「私は……全て信じたわけではない。死後も自分が存続することは実体験として納得するしかないが……その後をどうして信じられる? あの世だ何だと、それは遺された者の慰めや自己満足ではないのか? そもそもなぜ帰る場所を誰も覚えていない?」

 死神の憐れむような眼差しに、息をのんだ。
 死神は怯える私をさげすんではいない。むしろ慈悲を与えるかのように見守っているではないか。

「……私は……あの世がないと言っているのではない。わからない、確証がない……自分を納得させるには不十分なのだ……」
「怖がる必要はない。あの世へ行けば思い出す。納得もする。この世でお前に説明しても、この世の仕組みに組み込まれている今のお前に理解することはできない」

 あの世へ行けば全てわかる。だから、さっさと向こうへ行けと言うのか。

「私は一度この世の仕組みから外れたではないか。吉澤識の死後、この世の過去も未来も、俯瞰するように見てきた。それでもなお理解は難しいのか?」
「今のお前には無理だと言ったろう。あの世へ行かない限り、理解は無理だ。まったく、ずいぶんと好奇心が強いらしいな。死後に過去や未来を覗いたか。確かに死してこの世を出たからこそ見られる光景だが、あの未来はただの予測だ。お前やお前と同時代に生きる人間たちの履歴、行動から計算された映像に過ぎない。この世はその都度に更新され、どこにも予定調和はない。これも、あの世へ行けば全てわかる。お前にそれだけの好奇心があるならば、あの世へ行ってみたいと思わないのか?」

 死神はさすがに呆れた様子で私をあしらった。

「私が他人の肉体を乗っ取り生き続けていることが規則違反というならば、さっさと私を罰して消せばよかったであろう。お前はそのために現れたのではないのか? なぜ今まで黙って見ていた?」
「罰はない。この世の秩序はこの世の内で完結している。外からの影響は受けない。この世は完全に閉じた空間だ。お前たちの考えるような神仏の罰やら神の怒りなど存在しない。この世の外の存在がお前に罰を与え、罰によってお前の生命を奪うことはありえない。俺はさまよう不具合の魂を拾い集めてあの世へ送っているが、あくまでも誘うだけだ。外からの強制排除も規則違反だ」
「ずいぶんと平和的だな。私が拒否したら、あの世へは連れて行けないぞ」
「そのとおりだ。お前は死後もこの世に存在し続ける不法滞在者だが、自らの意思でここから去ってもらうしかないのだ。面倒だろう?」

 死神は私に触れそうなほど近づくと、さらに顔を寄せてきた。
 見下ろす視線から逃れることができない。

「お前は恐れているだけだ。知ることで己の不安を払拭したいだけだ。怯えるのも無理はない。お前は一度死後の孤独を味わってしまった。さまようことなくあの世へ行けば楽であったろうに。可哀想なことをしたな。消滅の恐怖を感じているのか? 案ずるな。あの世とは孤独でも消滅でもない。永劫だ」

 永劫……。操られるように口にすると、死神は満足そうにうなずいた。

「説明も説得もここまでだ。遊びはしまいだ。死後の孤独を恐れるならばさっさとあの世へ行け。なあ、俺は人間にしか見えないだろう? 俺は人間として、お前を殺しに来た。強制排除にはなるが、今の俺は人間だ。これなら規則違反ではない」
「なっ……」

 何を、言っている?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

見えない戦争

山碕田鶴
SF
長引く戦争と隣国からの亡命希望者のニュースに日々うんざりする公務員のAとB。 仕事の合間にぼやく一コマです。 ブラックジョーク系。

月夜想曲

山碕田鶴
現代文学
月夜に出会うアタシとあなた。 自由詩的小説です。 (表紙絵/山碕田鶴)

日当たりの良い借家には、花の精が憑いていました⁉︎

山碕田鶴
ライト文芸
大学生になった河西一郎が入居したボロ借家は、日当たり良好、広い庭、縁側が魅力だが、なぜか庭には黒衣のおかっぱ美少女と作業着姿の爽やかお兄さんたちが居ついていた。彼らを花の精だと説明する大家の孫、二宮誠。銀髪長身で綿毛タンポポのような超絶美形の青年は、花の精が現れた経緯を知っているようだが……。 (表紙絵/山碕田鶴)

神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた

黒崎隼人
ファンタジー
過労死した植物研究者が転生したのは、貧しい開拓村の少年アランだった。彼に与えられたのは、あらゆる植物を意のままに操る神スキル【絶対育成】だった。 そんな彼の元に、ある日、王都から追放されてきた「悪役令嬢」セラフィーナがやってくる。 「私があなたの知識となり、盾となりましょう。その代わり、この村を豊かにする力を貸してください」 前世の知識とチートスキルを持つ少年と、気高く理知的な元公爵令嬢。 二人が手を取り合った時、飢えた辺境の村は、やがて世界が羨む豊かで平和な楽園へと姿を変えていく。 辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

くらげ のんびりだいぼうけん

山碕田鶴
絵本
波にゆられる くらげ が大冒険してしまうお話です。

アララギ兄妹の現代怪異事件簿

鳥谷綾斗(とやあやと)
ホラー
「令和のお化け退治って、そんな感じなの?」 2020年、春。世界中が感染症の危機に晒されていた。 日本の高校生の工藤(くどう)直歩(なほ)は、ある日、弟の歩望(あゆむ)と動画を見ていると怪異に取り憑かれてしまった。 『ぱぱぱぱぱぱ』と鳴き続ける怪異は、どうにかして直歩の家に入り込もうとする。 直歩は同級生、塔(あららぎ)桃吾(とうご)にビデオ通話で助けを求める。 彼は高校生でありながら、心霊現象を調査し、怪異と対峙・退治する〈拝み屋〉だった。 どうにか除霊をお願いするが、感染症のせいで外出できない。 そこで桃吾はなんと〈オンライン除霊〉なるものを提案するが――彼の妹、李夢(りゆ)が反対する。 もしかしてこの兄妹、仲が悪い? 黒髪眼鏡の真面目系男子の高校生兄と最強最恐な武士系ガールの小学生妹が 『現代』にアップグレードした怪異と戦う、テンション高めライトホラー!!! ‎✧ 表紙使用イラスト……シルエットメーカーさま、シルエットメーカー2さま

処理中です...