182年の人生

山碕田鶴

文字の大きさ
58 / 200
1913ー1940 小林建夫

27-(2/5)

しおりを挟む
 かつて、新聞記者の佐藤がたびたび私を訪ねて来ることに何やら引っかかるものを感じていた。あれは佐藤ではなく、佐藤が連れていた秋山正二に対する違和感だったのか。

「可及的速やかに……だが私は、どうやってあの世へ行けばよいかわからない」
「なんだ、迷子だったのか? 可哀想なことをした。もっと早く来てやればよかったか」

 死神は私を捉えたまま、からかうような笑顔を見せた。

「道草を食って遊んでいるから迷子になどなるのだ。お前も死後すぐは、ゆらゆらと天に上がっただろう? そのまま行けば彼岸の入り口で案内役が待っている。あとはそれに従えばよいだけだ。簡単だろう? 彼岸ではこの世から離脱する手続きを完了させ、魂にこびりついたこの世の汚れを落とすためにしばし留まることになる。元の世界に帰るのはそれからだ。あの世へ行く前から色々教えてやる義理はないが、お前は先々納得しなければ帰らなそうだからな」
「元の世界へ帰る、か。記憶もないのに帰れというのか。こちらですと案内されて地獄へ落とされても、ここが元の世界だと言われそうだな。もし、この世に留まり続けたらどうなる?」
「死後四十九日は生前と特段変わりはしない。この世に干渉できないが、生きていた頃の姿のまま徘徊してまわることは可能だ。この世をあきらめ、別れを受け入れるための猶予期間だと思えばいい。だがその先、死者はこの世から乖離していく。肉体という器を持たない魂は自らを保てなくなり、自らの姿を見失い、やがて自分が何者であったのかさえわからなくなる。それでもさまよい続ける幽霊は、もはや人の姿を取れず、あるいは砂塵の如く崩れてゆくのだ。この世に留まり続けて百年もすれば、魂自体が霞の如く消えて無くなるだろう。どれだけ強い執着をもって特定の場所や物、人に取り憑いても魂は消滅する。そこに怨念がいつまでも残るのは、ナメクジが這った跡がついているようなものだ。死者そのものがいるわけではない。お前のように新たな肉体を得れば魂は保持できるが、それは例外中の例外だ。まずありえない」
「ククッ。ずいぶんと親切な死神だな。懇切丁寧なご教示感謝する」

 死神に笑顔を見せながら、頭の中ではこの状況を理解するのに必死だった。
 私は四十九日が過ぎる前に小林の肉体を得て、再び生者となった。よってこの世から乖離することなく、存在の大本おおもとであるらしい魂とやらも崩れずに済んだのか。
 四十九日……さまよう幽霊……。

「宮田は⁉︎ 宮田は……間に合ったのか?」

 急に宮田が心配になった。私をこの地へ導いたという時点で、宮田は死後どれだけが過ぎていた? あの世へ旅立ったとヤイは言ったが、あれの魂は無事支障なかったのであろうか。

「あれはずいぶんとお前に執着していた。全く余計なことをしてくれる。心配するな、お前と話した日がちょうどの期限だ。当人はそんなことを考えもしなかっただろうがな。自らあの世へ向かったのだから、お前と違って手がかからなかった。結構なことだ」

 よかった。間に合ったのか。
 確証もない宮田の死後の救済に、私は安堵していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

見えない戦争

山碕田鶴
SF
長引く戦争と隣国からの亡命希望者のニュースに日々うんざりする公務員のAとB。 仕事の合間にぼやく一コマです。 ブラックジョーク系。

月夜想曲

山碕田鶴
現代文学
月夜に出会うアタシとあなた。 自由詩的小説です。 (表紙絵/山碕田鶴)

日当たりの良い借家には、花の精が憑いていました⁉︎

山碕田鶴
ライト文芸
大学生になった河西一郎が入居したボロ借家は、日当たり良好、広い庭、縁側が魅力だが、なぜか庭には黒衣のおかっぱ美少女と作業着姿の爽やかお兄さんたちが居ついていた。彼らを花の精だと説明する大家の孫、二宮誠。銀髪長身で綿毛タンポポのような超絶美形の青年は、花の精が現れた経緯を知っているようだが……。 (表紙絵/山碕田鶴)

神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた

黒崎隼人
ファンタジー
過労死した植物研究者が転生したのは、貧しい開拓村の少年アランだった。彼に与えられたのは、あらゆる植物を意のままに操る神スキル【絶対育成】だった。 そんな彼の元に、ある日、王都から追放されてきた「悪役令嬢」セラフィーナがやってくる。 「私があなたの知識となり、盾となりましょう。その代わり、この村を豊かにする力を貸してください」 前世の知識とチートスキルを持つ少年と、気高く理知的な元公爵令嬢。 二人が手を取り合った時、飢えた辺境の村は、やがて世界が羨む豊かで平和な楽園へと姿を変えていく。 辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

くらげ のんびりだいぼうけん

山碕田鶴
絵本
波にゆられる くらげ が大冒険してしまうお話です。

アララギ兄妹の現代怪異事件簿

鳥谷綾斗(とやあやと)
ホラー
「令和のお化け退治って、そんな感じなの?」 2020年、春。世界中が感染症の危機に晒されていた。 日本の高校生の工藤(くどう)直歩(なほ)は、ある日、弟の歩望(あゆむ)と動画を見ていると怪異に取り憑かれてしまった。 『ぱぱぱぱぱぱ』と鳴き続ける怪異は、どうにかして直歩の家に入り込もうとする。 直歩は同級生、塔(あららぎ)桃吾(とうご)にビデオ通話で助けを求める。 彼は高校生でありながら、心霊現象を調査し、怪異と対峙・退治する〈拝み屋〉だった。 どうにか除霊をお願いするが、感染症のせいで外出できない。 そこで桃吾はなんと〈オンライン除霊〉なるものを提案するが――彼の妹、李夢(りゆ)が反対する。 もしかしてこの兄妹、仲が悪い? 黒髪眼鏡の真面目系男子の高校生兄と最強最恐な武士系ガールの小学生妹が 『現代』にアップグレードした怪異と戦う、テンション高めライトホラー!!! ‎✧ 表紙使用イラスト……シルエットメーカーさま、シルエットメーカー2さま

処理中です...