182年の人生

山碕田鶴

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1940ー1974 秋山正二

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　松川は期待通り事業を拡大していった。工場用の組み立てアームに始まり、ぬいぐるみを改造して動く玩具を作ったり、ロボットに関するものであれば何でも手を出した。
　玩具類はロボットと呼ぶには疑わしいからくり人形であったが、子供たちに未来のロボットを期待させるには十分過ぎるほど強い印象を与えた。
　近未来の先端技術という明るいイメージも手伝って、「マツカワ電機」は名物社長松川の人柄とともに世に知られていった。
　松川は、私が出会った当初からアンドロイドにはそれなりの関心を示していた。
　人間に代わって重労働や危険な作業を行うだけでなく、不自由になった身体を補助し衣服のように着せ替えられるロボットにも言及していた。

「戦争に負けたらしばらく不自由するのは仕方ないが、戦争で人が死ぬ必要はなかろう。戦うならせめてロボットどうしでやってもらいたいよ。これだって人間の技術力比べだ。経済力の対決でもある。国力を競うのだから十分に戦争だろう。ああ、ロボットが人を殺すなんて言語道断だ。秋山君は知ってる？君、無事に帰って来たけど、傷痍しょうい軍人は山ほどいて生活するだけでも大変なの。僕の親戚にも腕を失くしたのがいて、これ本人だけじゃなくってさ、周りの家族がね、やっぱり大変なのよ。身体の一部でも全部でもロボットにして自由に動かせたらずいぶんと楽だろうけれどねえ。あ、身体がロボットになっても、酒は飲めるよね？」
「きっとメチルも飲めるようになりますよ」

　会長になった松川は、相変わらず私と飲み友達だった。飲めば必ず戦争とロボットの話になった。

「会長は、アンドロイドに特化した会社は作らないのですか？」
「将来への投資か？　一企業ではさすがに難しいだろう」
「いずれアンドロイドが家電になる日が来ますよ。今、医療系の企業が一社、設立に動いています」
「医療系？」
「はい。目標は、不老不死です。人間の精神、心をアンドロイドに移植して、永遠に生きるのです。海外では、実際に脳を機械に移植してつなげる計画もあります」
「ほう。ずいぶんと壮大な計画だな。医療系なら予算もケタ違いか。それでも全国展開する規模の病院を持っていないと十分な研究は難しかろうね」

　松川は不老不死には関心を示さなかった。

「半官半民で進むはずです。国は、アンドロイド事業の予算確保に来年度から動き始めます。マツカワも準備しておいて損はないと思いますよ」
「人間は死ぬ」

　松川はきっぱりと言った。

「会長の理想を通せばいいでしょう。今生きている人にすぐ役立つロボットですよ。HCDは、マツカワ電機の精神でしょう？」

　HCD。
　Human Centered Design。
　人間中心設計のことだ。人間の快適性、安全性などを重視した製品やサービスを基本とするものづくりをマツカワ電機は謳うたっている。
　松川自身の精神だ。
　松川は上機嫌になった。メチルも飲めるなら悪くない。そう言って豪快に笑った。
　こんな程度で即決はしないが、わずかでも前向きな検討事項に入ったならば今はそれで十分だ。
　この男には、順風満帆が似合う。新たな事業の開拓者は、この男でなければできない。
　私がロボットにこだわっているのは、やはり「學天則」を知った時の衝撃が理由であろう。純粋に、未来を覗いた気がした。そして、永遠を見てしまった。永遠の命を夢見てしまった。
　機械人形に魂を移せたならば、私はこの世で生き続けられるのではないか。
　夢物語であることは承知している。だが、私にとって死と死神は目の前に迫る現実だ。二度の偶然かもしれないが、自分の魂がこの世で継続可能であることを知ってしまった。魂の器を望むことは間違っているだろうか。
　私は、五十代になっていた。松川とともに前進を続け充実した日々を送る今、秋山として生きることを当然とさえ思っていた。
　それなのに、あの視線だ。
　ここへきて、どこからともなくまたあの視線を感じるようになっていた。
　遠くから、しかしはっきりと監視する気配に私は怯えた。
　死神が、私を見ている。

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