182年の人生

山碕田鶴

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1940ー1974 秋山正二

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「マツカワ電機」には社員寮がある。主に単身者向けの、それこそ寝るためだけにあるような小さな部屋だ。私物をほぼ持たない私には丁度良い。私的な痕跡を残さない昔からの習慣はそのままだ。
 いったい私は誰なのか。鏡に映った死神の顔を見ながら自問する。
 私は、シキだ。
 死神は私をそう呼んだ。私以外に吉澤識を知る者は、もはや死神しかいない。
 今の私は誰なのか。秋山か。小林か。
 シキという連続した存在だと認識してくれるのは死神しかいない。私は死神によって自己を保っているのか? 馬鹿げた話だ。
 私が死神のことばかり考えるせいであろうか。
 ある夜、寝ていた私の足元に、闇よりも暗い影が立っていた。姿ははっきりとしないが、私を見ている。
 幽霊を見たことのない私でも見える怪異だ。
 ずっと感じていたのはこの視線だ。
 やはり、死神か。
 影を放置できるはずもなく、布団に入ったまま息をひそめて出方を待つ。
 視線は感じるがそれ以上の気配はない。
 緊張しながら明け方まで様子を伺っていたが、ただそこに立っているだけで何もしてこない。私は影を無視して眠ることにした。
 気味は悪いが正体は知れている。
 私の魂を喰らいに来たのか。それほど私が欲しいのか。
 まるで自分が人類の生贄に選ばれたかのような心持ちで、歪んだ優越感に浸った。シキというひとりの人間が特別に認められたような陶酔。
 この世に生きて日々充実を得ながら、それだけでは満たされなくなっている自分に苦笑する。
 私の前に現れるようになった死神の影は、その後毎晩足元で揺らめいた。
 どうせ何もしてこないとタカをくくっていたが、はじめはただの影であったのが徐々に存在を強く感じるようになっていく。
 そこにいる気配。
 だが、直接触れることはない。
 生活音が漏れ聞こえる寮の隣人の方がはるかに身近に感じられた。
 ある夜、死神はとうとう夢の中に現われた。変わらぬ黒い影。だが、闇の内側にはあまりにも美しい光を隠していることを直感した。
 私の夢の空間が歪む。見えないがそこに確かに在る。まるで神に対する表現だが、そうとしかいえないものだった。
 私に向けられるのは憎悪や拒絶ではなく、深い慈悲だ。どこまでも静かに穏やかに私を狩りに来たのだ。

「久しいな。ようやくまた会えた。だが、お前はまだ俺から遠い。俺の名を呼べ、シキ。お前の魂に、俺を刻め。どこにいようとお前を見ている。俺はカイ。覚えているか?  お前は一度この名を刻んだが、新しい肉体が邪魔をする。さあ、もう一度仕切り直しだ。シキ、俺はカイだ」
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