182年の人生

山碕田鶴

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1940ー1974 秋山正二

33-(1/3)

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 一人で飲むと必ず店で見かける男がいた。いつからか記憶にないほど頻繁に、思い返せば確かにそこにいた。
 ただの常連客だと思い、気にも留めなかった。
 今、この時までは。

「相席、いいですか?」
「座ってから訊かないで欲しいな」

 男はグラス片手に声をかけてきて、勝手に目の前で飲み始めた。先日、松川と飲んだ時に目が合った二十代後半くらいの男だ。
 ここは私の行きつけの店ではない。いつも飲む時間でもない。はじめて来た土地で、はじめて寄る、気まぐれに入った店だ。
 あえて私の習慣から外した全く想定外の状況で、なぜ現れた? 常に尾行されていたのか。
 違う。
 店で男を見つけた時に覚悟せねばならなかった。私は、その事実を認めたくなかっただけだ。

「死神……」

 こいつはあの死神だ。今度はまたずいぶんと男前ではないか。やや癖のある長めの髪が、うつむく加減で目や頬にかかって揺れる。痩せ気味でやさぐれた感じが、酒場に似つかわしい。肉の嫌いなお前は、モテても困るだけだろう。
 死神は一人で酒をあおりながら私をまじまじと見つめてきた。

「酒がないと生きられない身体にして申し訳ない。着心地はどうだ?」

 口角を上げて不敵に笑う。ぞっとするほど冷たい目をしていた。

「……久しぶり、だな」

 声がかすかに震える。身体が勝手に緊張する。

「そうか? 俺はずっとお前のそばにいたつもりだが。なあ、シキ」

 テーブルをはさんで向かい合っているのに、喉元を掴まれたような錯覚に襲われる。息ができない。
 私が深呼吸するのを面白そうに見ていた死神は、身を乗り出して顔を近づけてきた。

「シキ。お前は相変わらず言うことを聞かないから、こうして直接出向いてやったぞ。夢の中でせっかくいい思いをさせてやろうと思ったのにな。俺の名を覚えているか?」
「カ……イ……」
「そうだ。俺はカイだ。ようやく言えたな。名を呼べと夢で誘ってやったのに、お前はこばんだ。それでも俺を待っていたのだろう? 残念だったな。この身体がじゃまをして俺も遠出は難しいのだ。だから俺を呼べ、シキ。名を呼ぶほどにお前の魂は俺とつながっていく。シキ、この感覚がわかるか? 俺はお前の内に深く入りこむ。絡み合い、溶けるようにして、お前は俺に流れていく……」

 魂が支配される。このまま地獄に引きずり込まれそうな恐怖に精神が高揚している。

「シキ、お前は規則違反の不法滞在者だ。わざわざこの世に生まれ来た者が生き急ぐ必要はないが、お前はすぐに去らねばならない」

 テーブルに置いたままの腕に死神が触れてきた。肘から手首、手の甲をなぞったかと思うと、ゆっくりと指を絡めてきた。指先で私の反応を楽しんでいる。
 死神の肉体は私よりよほど温かかった。
 私と死神の接点で、魂が直接触れ合うのを肉体がはばんでいるのがもどかしい。

「俺はこの肉の感触が我慢ならない。お前はどうだ? その身体では、いっさいの肉を受けつけないのではないか? 肉体に刻まれた五感の記憶は魂を侵食するだろう? さっさと脱いだらどうだ。俺が脱がしてやってもいいが、あまり紳士的にはできないぞ」
「お前は、武力では何も解決しないと悟って平和的交渉をしに来たのか?」
「お前の出方次第だ。夢の中なら楽に肉体から剥がしてやれたものを。ああ、でもお前は少しくらい乱暴な方が好きだったか。ククッ、面倒だな」

 魂を喰われたい。
 死神を前にすると異様な興奮と衝動にかられる自分がいる。
 かつて小林であった時に、魂を引きずり出されながら掴まれた死神の腕の感触をはっきりと覚えている。肉体を介さず、魂が直接触れ合う快感に抗う自信がない。

「何を考えている? お前の欲しいものを俺はいくらでも与えてやれるぞ? お前はただ望むだけでいい。そこから出て、オレと一緒に来るだけだ」

 死神は静かに指を離しながら、意味ありげな視線を送ってきた。じわじわと崖に追い込む作戦か。
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