182年の人生

山碕田鶴

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1974ー2039 大村修一

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 大村修一は郊外の戸建て住宅に住む、中流家庭の平凡な少年だった。十歳の時に殺人未遂事件の被害者となる。
 その日、修一は夕刻から行方不明になっていた。一人で遊びに出て迷子になったらしい。
 家族が探し、近所の住民も手伝い、ついには駐在も動いたが一向に見つからない。手分けして探すうちに町はずれの雑木林から子供の叫び声が聞こえてきた。駆けつけた大人たちが見たのは、探していた少年と彼に掴みかかっている血まみれの若い男、そして草むらに倒れた初老の男であった。
 遠藤寛治が秋山正二を殺害しようとしているところに修一が遭遇してしまい、遠藤は修一も殺害しようとしたのである。
 深夜の閑静な住宅街は騒然となった。その後、遠藤は正式に逮捕、拘束された。
 秋山と遠藤が事件直前に一緒に酒を飲んでいたと近隣の居酒屋店主は証言している。泥酔した秋山を抱えるようにして遠藤は店を出た。断言はできないものの、店主の記憶する特徴は秋山、遠藤の二人に酷似していた。
 修一は、遠藤が秋山のカバンを奪おうとしていたと証言した。目撃したのは修一ただ一人であったが、供述に矛盾はない。
 窃盗の末の殺人である。強盗殺人ならびに殺人未遂。二十七歳の男は生涯を刑務所で過ごすことになる。
 それで終わるはずだった。
 だが、修一の妹、安子が修一の証言を否定した。安子は、修一の行動をまるで自分が体験したかのように話し出したのだ。
 遊びに出た修一は冒険心から知らない道を歩き、途中で迷子になった。助けを求めようにも周囲には民家すらなく、日が暮れた後に遠くの灯りを頼りになんとか線路を見つける。鉄道駅を目印に自宅方面へ向かう途中で事件現場に居合わせてしまった。
 修一が殺人を目撃したのは事実だが、自身が殺されかけたというのは嘘だ。遠藤は修一を殺す気などなかった。遠藤は秋山を殺害したが、カバンを奪おうとした事実はなく、物盗りが目的ではない。修一はこの点でも虚偽の証言をしている。
 安子の話す内容は詳細に過ぎた。
 報道には出ていないはずの遠藤の背格好や服装を居酒屋の店主よりも細かく正しく説明し、雑木林に集まったパトカーの台数も知っていた。
 事件当日の夜、安子は母親と共にずっと自宅にいて修一の帰りを待っていたはずである。現場にすらいなかった八歳の少女の証言はまともに取り合われることはなかった。
 どれだけ正確に状況を言い当てても、なぜ正しいかを証明できないのだ。
 遠藤の罪が覆る要素はなかった。
 当初騒いでいたマスコミは、これ以上の進展がないとみたのか事件を取り上げなくなった。
 事件後、修一は家を出なくなった。毎晩夢にうなされ、起きては特に大人の男を怖がり誰とも会おうとしない。医師の診察さえ、修一は断固として拒否した。
 学校にも通えなくなり、引きこもったまま数年が過ぎた。周囲は非常に心配したが、その間の修一はひとり様々な書物を読み漁ることに没頭していた。
 両親は修一に求められるまま本を買い与えた。内容は大人向けの専門書の類であり、書店に頼んで取り寄せてもらうほどだった。
 世間が知る被害者の少年は、誰の目にも触れず成長して昔の面影は消えた。
 駅周辺の開発に伴い雑木林は商業ビルに変わった。
 事件そのものが風化して地域住民が過去を忘れた頃、修一は大学進学を機にこの土地を離れた。
 私は、修一の家族と顔を合わせなくてよくなったことに安堵した。



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