76 / 200
1974ー2039 大村修一
37
しおりを挟む
遠藤寛治が逮捕されてから、はや十五年が過ぎた。
遠藤は逮捕後全ての罪を認め、いっさいの反論なく、また謝罪反省もなかった。
この先機会があれば何度でも同じことをやると宣言してはばからず、更生の余地なしとみなされた。
死刑の確定である。
死神が死刑を誘導するであろうことは、ある程度予想していた。その場合、被害者の私が極刑に反対する心づもりでいた。
社会的信用が置けるどこぞの宗教団体に出向き入信する。そこで愛を説き、罪人への赦しを口にすればいい。団体は喜び勇んで遠藤救済のロビー活動を始めてくれるだろう。
だが、私はNH社の裏部門へ移動し、世間から隔離されていた。これは自主希望であり、あくまで研究者としての拘束であるから外へ出て行けないわけではないが、極力目立つことはしたくなかった。
意見の申し述べは文書で送ったが、あまり効果はなかったようだ。
最大の誤算は、マツカワ電機会長の松川だった。
当時松川の秘書をしていた秋山が殺害されたことへの嘆きは甚だしく、マツカワ電機あるいはNH社への怨恨説を含め独自に事件を調査して厳罰を求める署名活動まで始めてしまった。
テレビによく出演してお茶の間に知られたかつての名物社長は、その知名度で事件の裁判を注目させる立役者となった。
判決そのものが世論に直接動かされることはなかろうが、さすがに裁判官の心象は変わるかもしれない。私はその程度に考えていた。
ところが、松川はそれで済まさなかった。
既にNH社を創設して国との関わりを深めていた男は、見えないところでも動いた。
なぜ私がそれを知り得たかといえば、大村修一がNH社に所属していたからだ。事件の当事者である私が偶然にも社内にいるのだから、被害者どうし密かに面会の場が設けられたのだ。
松川は孫世代の私に心から同情し、慰めの言葉をかけた。そうして遠藤に対する憎しみを語る中に、裁判への圧力ともとれる働きかけがいくつも出てきた。
長い引きこもり生活の後、大学を出ても地方の研究施設に籠っている社会経験の乏しい青年には理解できないことを前提に、松川は気安く語っていた。被害者の連帯感であろうか。
松川には悪意などない。純粋に秋山の供養のため、正義のためだ。長年の飲み友達であった秋山への情が、晩年の松川を突き動かしたのだろう。
実際に何をどこまでやったのか、具体的に私は知らない。既に松川は、真相を全て墓場へ持って行ってしまっている。
遠藤の極刑が覆らないことだけは確かなようだ。
人間としての死が魂の解放であるならば、死神は死刑を待ちわびているはずだ。自ら生を終わらせることも叶わず、その肉に囚われたまま刑務所の中で延々と時間を費やしているのだから。
死神は自由に肉体を離れることはできないのだろうか。黒い影として散歩に出るのがせいぜいだろうか。
安子が修一の殺人未遂を否定し続け再審請求に動いていると噂に聞いたのは、遠藤の刑が確定してしばらくしてからだった。
安子は真実を諦めていなかったのか。
私は彼女にどれだけ恨まれているのかを再認識した。
安子は遠藤との接見を果たし、以後定期的に拘置所を訪れているらしい。これは週刊誌に出ていた穴埋め記事程度の真意不明なゴシップだが、訪れたことは事実であろう。
遠藤は、いや、死神は自分の正体を安子に話すだろうか。安子は遠藤が人ならざるものであると気づくであろうか。
どちらも否だと私は推測した。
いくら安子が私を憎むからといって、相手が人ならざるものだと知ってなお減刑を強く求め続けるだろうか。頻繁に接見に向かうだろうか。接見中に安子が死神にたぶらかされた可能性を考えて、それもすぐに否定した。
死神は、私を消し去ること以外この世に干渉はしないだろう。ただ私だけを追い続ける闇。
カイ……。
私はNeo-HCD社の研究棟に配属となってから、同社の広大な敷地内にある寮で生活している。いわゆる裏部門に所属して以降、敷地の外へ出たことはない。
許可を取ればもちろん外出できるが、私には必要なかった。世情から遮断されるわけではなし、死神に追われる恐怖を忘れて研究に没頭し、これまでとは違った充実感に浸っていた。
アンドロイドを開発することで、私は「魂の器」をこの世に生み出そうとしている。
生きることをどれだけ否定されようとも、私は未来を望み続ける。
死神は刑務所から出られない。安子が再審請求を続けている限り、法的拘束力はなくともすぐに刑が執行されるとは考えにくい。私が死神に追われずに済む期限が延びるだけだ。安子のおかげで、私は死神と接触しないで済んでいた。
遠藤は逮捕後全ての罪を認め、いっさいの反論なく、また謝罪反省もなかった。
この先機会があれば何度でも同じことをやると宣言してはばからず、更生の余地なしとみなされた。
死刑の確定である。
死神が死刑を誘導するであろうことは、ある程度予想していた。その場合、被害者の私が極刑に反対する心づもりでいた。
社会的信用が置けるどこぞの宗教団体に出向き入信する。そこで愛を説き、罪人への赦しを口にすればいい。団体は喜び勇んで遠藤救済のロビー活動を始めてくれるだろう。
だが、私はNH社の裏部門へ移動し、世間から隔離されていた。これは自主希望であり、あくまで研究者としての拘束であるから外へ出て行けないわけではないが、極力目立つことはしたくなかった。
意見の申し述べは文書で送ったが、あまり効果はなかったようだ。
最大の誤算は、マツカワ電機会長の松川だった。
当時松川の秘書をしていた秋山が殺害されたことへの嘆きは甚だしく、マツカワ電機あるいはNH社への怨恨説を含め独自に事件を調査して厳罰を求める署名活動まで始めてしまった。
テレビによく出演してお茶の間に知られたかつての名物社長は、その知名度で事件の裁判を注目させる立役者となった。
判決そのものが世論に直接動かされることはなかろうが、さすがに裁判官の心象は変わるかもしれない。私はその程度に考えていた。
ところが、松川はそれで済まさなかった。
既にNH社を創設して国との関わりを深めていた男は、見えないところでも動いた。
なぜ私がそれを知り得たかといえば、大村修一がNH社に所属していたからだ。事件の当事者である私が偶然にも社内にいるのだから、被害者どうし密かに面会の場が設けられたのだ。
松川は孫世代の私に心から同情し、慰めの言葉をかけた。そうして遠藤に対する憎しみを語る中に、裁判への圧力ともとれる働きかけがいくつも出てきた。
長い引きこもり生活の後、大学を出ても地方の研究施設に籠っている社会経験の乏しい青年には理解できないことを前提に、松川は気安く語っていた。被害者の連帯感であろうか。
松川には悪意などない。純粋に秋山の供養のため、正義のためだ。長年の飲み友達であった秋山への情が、晩年の松川を突き動かしたのだろう。
実際に何をどこまでやったのか、具体的に私は知らない。既に松川は、真相を全て墓場へ持って行ってしまっている。
遠藤の極刑が覆らないことだけは確かなようだ。
人間としての死が魂の解放であるならば、死神は死刑を待ちわびているはずだ。自ら生を終わらせることも叶わず、その肉に囚われたまま刑務所の中で延々と時間を費やしているのだから。
死神は自由に肉体を離れることはできないのだろうか。黒い影として散歩に出るのがせいぜいだろうか。
安子が修一の殺人未遂を否定し続け再審請求に動いていると噂に聞いたのは、遠藤の刑が確定してしばらくしてからだった。
安子は真実を諦めていなかったのか。
私は彼女にどれだけ恨まれているのかを再認識した。
安子は遠藤との接見を果たし、以後定期的に拘置所を訪れているらしい。これは週刊誌に出ていた穴埋め記事程度の真意不明なゴシップだが、訪れたことは事実であろう。
遠藤は、いや、死神は自分の正体を安子に話すだろうか。安子は遠藤が人ならざるものであると気づくであろうか。
どちらも否だと私は推測した。
いくら安子が私を憎むからといって、相手が人ならざるものだと知ってなお減刑を強く求め続けるだろうか。頻繁に接見に向かうだろうか。接見中に安子が死神にたぶらかされた可能性を考えて、それもすぐに否定した。
死神は、私を消し去ること以外この世に干渉はしないだろう。ただ私だけを追い続ける闇。
カイ……。
私はNeo-HCD社の研究棟に配属となってから、同社の広大な敷地内にある寮で生活している。いわゆる裏部門に所属して以降、敷地の外へ出たことはない。
許可を取ればもちろん外出できるが、私には必要なかった。世情から遮断されるわけではなし、死神に追われる恐怖を忘れて研究に没頭し、これまでとは違った充実感に浸っていた。
アンドロイドを開発することで、私は「魂の器」をこの世に生み出そうとしている。
生きることをどれだけ否定されようとも、私は未来を望み続ける。
死神は刑務所から出られない。安子が再審請求を続けている限り、法的拘束力はなくともすぐに刑が執行されるとは考えにくい。私が死神に追われずに済む期限が延びるだけだ。安子のおかげで、私は死神と接触しないで済んでいた。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日当たりの良い借家には、花の精が憑いていました⁉︎
山碕田鶴
ライト文芸
大学生になった河西一郎が入居したボロ借家は、日当たり良好、広い庭、縁側が魅力だが、なぜか庭には黒衣のおかっぱ美少女と作業着姿の爽やかお兄さんたちが居ついていた。彼らを花の精だと説明する大家の孫、二宮誠。銀髪長身で綿毛タンポポのような超絶美形の青年は、花の精が現れた経緯を知っているようだが……。
(表紙絵/山碕田鶴)
神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた
黒崎隼人
ファンタジー
過労死した植物研究者が転生したのは、貧しい開拓村の少年アランだった。彼に与えられたのは、あらゆる植物を意のままに操る神スキル【絶対育成】だった。
そんな彼の元に、ある日、王都から追放されてきた「悪役令嬢」セラフィーナがやってくる。
「私があなたの知識となり、盾となりましょう。その代わり、この村を豊かにする力を貸してください」
前世の知識とチートスキルを持つ少年と、気高く理知的な元公爵令嬢。
二人が手を取り合った時、飢えた辺境の村は、やがて世界が羨む豊かで平和な楽園へと姿を変えていく。
辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
アララギ兄妹の現代怪異事件簿
鳥谷綾斗(とやあやと)
ホラー
「令和のお化け退治って、そんな感じなの?」
2020年、春。世界中が感染症の危機に晒されていた。
日本の高校生の工藤(くどう)直歩(なほ)は、ある日、弟の歩望(あゆむ)と動画を見ていると怪異に取り憑かれてしまった。
『ぱぱぱぱぱぱ』と鳴き続ける怪異は、どうにかして直歩の家に入り込もうとする。
直歩は同級生、塔(あららぎ)桃吾(とうご)にビデオ通話で助けを求める。
彼は高校生でありながら、心霊現象を調査し、怪異と対峙・退治する〈拝み屋〉だった。
どうにか除霊をお願いするが、感染症のせいで外出できない。
そこで桃吾はなんと〈オンライン除霊〉なるものを提案するが――彼の妹、李夢(りゆ)が反対する。
もしかしてこの兄妹、仲が悪い?
黒髪眼鏡の真面目系男子の高校生兄と最強最恐な武士系ガールの小学生妹が
『現代』にアップグレードした怪異と戦う、テンション高めライトホラー!!!
✧
表紙使用イラスト……シルエットメーカーさま、シルエットメーカー2さま
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる