182年の人生

山碕田鶴

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1974ー2039 大村修一

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 夢の中で死神との逢瀬を重ねる私は、ますます中毒患者のようになっていった。
 絶えず死神のエネルギーを求め、求めるほどに満たされない思いが私を支配する。いったいどこを埋めればこの渇きから解放されるのか。

「やめろ。俺に触れるな」

 強引に奪おうとする私を死神は呆れたように眺めている。

「ではなぜ私の元に現れる? 死神のくせに寂しいのか? 夢の中であればこうして触れ合おうとも肉の臭いはしないだろう? カイ……私が欲しいか? 魂は無理やり奪えなくて残念だな」

 私は相変わらず伏して起き上がれず、転がるようにして死神に近寄ったり離れたりしながら挑発を続けた。

「今の私がどれだけお前に依存しても、この世への執着が消えることはないぞ。なあカイ、お前は時間を超越できないのか? 私が生まれた時に戻り、命を奪えばよいではないか。なぜやらない?」

 死神が時空を自在に移動できるかどうかなど知らない。私は吉澤識として死んだ直後に過去も未来も覗くことができたから、死神ならばもっとすごいことをやれるだろう。その程度のくだらない思いつきだ。
 会話が続くなら何でもよかった。思考を続けていないと飢えの波にさらわれて溺れそうなのだ。
 飢えを癒すために魂が焼けるような痛みを求め、正気を保つためにも痛みを求めて、我ながら度が過ぎている。
 飢えに屈して焼け死ぬのと、正気を保てず狂い死ぬのと、どちらが先であろうな。

「シキは楽しそうだな」

 全く楽しくなさそうな声で言いながら、薄笑いを浮かべる私の唇に影が指を這わせた。
 私に痛みを与えずに飢えを緩和させるやり方を死神は知っている。甘露を施し懐柔しようとしているのを私は知っている。

「お前は一人しかいない。お前の生きる時間に添って俺が存在しなければ、お前には出会えない」
「私の、時間?」
「お前をここに残して俺が過去のお前に会ったとて、お前に新たな記憶が生まれるわけではない。俺が会いに行った過去の吉澤識と今ここにいるシキは別の存在だ。合一することはない。この世の側にいるお前には理解できないだろうがな」

 この世の一部である私には、外からこの世の仕組みを覗くことはできない。死神は私の知らない全てを見ているのだ。

「お前は面倒な説明はいつも理解できないだろうで逃げるな。……カイは知っているか? 現存する人間と全く見分けのつかないコピーが実際に作られつつあるのを。姿形がそっくりな人形に、思考パターンを再現したコンピュータを搭載する。これで私のコピーができたら、私は二人になるのか? 私の死を隠してコピーが生き続けたら、私自身が生き続けたことになるのか?」
「俺に仕事の愚痴をこぼすな。この世で人間のやることには興味がない。そもそも、お前が既に実践しているだろう。元の大村修一は死んだが、この世では今も生存していることになっている。他人から見れば同じ修一が生き続けている」
「……」
「シキ、お前の魂はひとつだ。何度他人の肉体を奪って姿を変えようとも、この世に生まれたお前はひとつだけだ。コピーは俺の管轄外だ」
「私は、コピーではなく魂の器を作りたいのだ。カイ、教えてくれ。生まれた肉体から離れた時点で、ゲームオーバーなのか? 機械の肉体では結局規則違反になるのか?」
「吉澤識が死んだ時に未来を覗いただろう。答えを見なかったのか?」
「……未来は、私が死んだ時点の状況から計算できる予測値だった。未来を見るというのは、常に観測時点での予測に過ぎない。識が死んだ時に見た未来と今は同じではなかった」
「更に先の未来は見なかったのか?」
「どこまで見ようと妄想と同じだ。この世の事象は刻一刻と変わる。それに、私は世情を俯瞰で見ただけだ。識の死後にまだ生き続けるなど……考えもしなかったから、私個人の未来を見る発想はなかった」
「賢明な判断だ。未来を不用意に見せられると、あたかもそれが目標であるかのように誤認するからな。意図せずそこを目指して行動するようになる。他者から得られる先読みは、暗示や洗脳に等しい行為だ」
「私はこの世の人間の倫理ではなく、お前の判断する規則を訊いているのだ。人間の脳を機械に移植する実験は既にある。あれはまだ肉体の一部が残っている。だが、魂だけならどうだ? やはり許されないのか?」

 死神は、いかにも面倒だという様子で私を見ていた。
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