182年の人生

山碕田鶴

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1974ー2039 大村修一

39-(2/2)

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「他に何をしたら魂が壊れる?」
「幽霊となり肉体を持たないままこの世をさまよって百年もすれば消えてなくなる。これは前に教えたろう」

 寝返りを打つ私の隣で影が生真面目に講釈する。
 ねやの睦言にしては情緒に欠けるな。
 急にいたずら心が湧き上がった。
 私は品性下劣な堕落した魂なのだろう? お前のことも知りたい。少しくらい遊びにつきあえ。
 
「なあ、カイ……」

 袖を引く仕草で影を誘う。直接掴めないのがもどかしいが、そっと触れるように指先で影をなぞる。薄く開いた唇のわずかな笑みで挑発する。
 死神はこうした作法を解さないのか、私の魂が焼けないよう一定の距離で後ずさった。
 お前は長く人間をやっているというのに、つまらないやつだな。添い寝すらできないのか。

「俺は品性下劣とは言っていない」

 不機嫌そうな声が私を拒絶した。夢の中では心の声が筒抜けらしい。
 仕方なく生真面目な睦言に戻ることにした。

「私に幽霊は視えないが、世の怪談話では盆に死者が戻って来たり先祖の霊がずっと見守ったりとかいうのがあるだろう? あれは何だ? この世に長く留まると、魂は形が保てなくなるのではなかったか?」
「あれは、別だ。一度あの世に行ってから、正規に在留許可申請をしている。この世に関与することはできないが、同じ時間の流れの中で見守り続けることができる。いわば観戦チケットを手に入れた連中だ。俺の管轄ではない。お前のような不法滞在とは違う」

 そういうものか。この世と変わらず合理的なシステムだと、私は妙に納得した。

「己が何者かを認識できなくなれば、個としての存在は保てない。肉体は、己を知らずとも強制的に自己を保つ器だ」
「魂の器があれば、永遠に生きられるか?」
「永遠にこの世に魂が居続けること自体は可能だろう。ただし器は朽ちる。お前のように他人の肉体を奪い続ければ可能だという話だ。この世で永遠に生きることは想定されていない。お前はシステムの不具合で、例外中の例外なのだ」
「他人の身体を乗っ取らずとも、魂の器があればいいのだろう? ならば作ればよい」
「ほう。作れるか?」
「作る。……だが、それもお前の言う規則違反になるのか?」
「さあな。未来のことをお前に話しても仕方あるまい」

 死神は素っ気なく話を打ち切った。未来の希望は与えてくれないらしい。

「カイ」

 私は死神の気配に強引にしがみついた。
 影の内に潜む輝きに届くほど深く飛び込み、燃え上がるような刹那の激痛に意識がくらむ。

「クッ……」

 全身が痺れ、神経が覚醒するのがわかる。

「よせ。魂が焼けるぞ」
「ははっ……お前が誘ったのだろう? お前がこの痛みと刺激を私に教えた。お前が……私を……」

 快楽の域を超えた過度な刺激は私を覚醒させる。それは、死神が支配する夢から離脱するのに必要な痛みなのだ。
 私の頭は依然極めて冷静だった。私は堕落などしていない。お前にたぶらかされ甘美な刺激の中毒者となってでも、お前に極限まで近づく。そうしてお前から情報を引き出すのだ。この世に生きながら、死神の見る世界を知るのだ。
 死神に諜報を仕掛ける。
 あまりにも無謀だが、死神は私の肉体は奪っても、魂を決して殺さない。その確信が、私を大胆にさせた。
 夜が待ち遠しい。死神が待ち遠しい。
 愛しい恋人に対する感情よりなお深く激しい欲望ではなかろうか。
 死神に追われず永遠を生きる方法を見つけるのだ。この世の法則とやらを知りつくすのだ。
 死神、お前は何を思って私を訪れる?
 お前は私ごときの小賢しい浅知恵など、とうに看破しているのではないのか? 私がお前の知識を奪えば満足してこの世を去ると踏んでいるのか?

「カイ……」

 一度呼んでしまえば、何度でも同じだ。
 来い、私の元へ。



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