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2039ー2043 相馬智律
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「はい、こちらです」
リツが戻ってきて会計を済ませる。菓子をポケットに突っ込んで、私は笠原に訊いた。
「お前、今は何をやっているのだ? 売店とはいえNH社の敷地に入るのは簡単ではなかろう」
「リツが本部の社員だと紹介しただろう?」
「お前は人間の仕事もするのか?」
「当たり前だ。ただし売店は今日だけだ。本職はバイオスチーム社の研究員としてアンドロイドを作っている」
笠原は、名刺でも出しそうな自己紹介をした。
「BS社⁉︎」
驚く私をつまらなそうに見ながら、笠原はうなずいた。
「お前、まさか大村を……」
瞬時に思い浮かべたのは、消えた大村の遺体の行方だった。BS社の人格移植実験。被験。イオンのボディ刷新。憶測が現実味を帯びてつながる。
「察しがいいな。大村を使った人格移植実験は成功した。言っておくが、俺は生首を機械の身体につなげるようなことはしていないぞ。脳の電気信号をデータ化してアンドロイドに移行したわけでももちろんない。そんな馬鹿げたことは俺にだって無理だ」
NH社に裏部門があるのと同様、BS社にも当然公表しない先鋭の研究部署はあるだろう。今さら倫理や技術面で驚くことなどない。
ただ、NH社とBS社は確実につながっている。それが気になった。国が関与しているのだから当然かもしれないが、少なくとも上層部には両社の最新技術を全て把握したパイプ役となる存在がいるはずだ。もちろん、私が知らなくていい話ではある。
「私は研究棟でも自室でもずっと監視されていた。大村には生前の記録が豊富にあるから、デジタルデータを解析すれば思考パターンは把握できるし、AIに学習させるのも容易だろう。……NH社は大村の画像も全て提供したということだな。それで再現度合いも検証できる。遺体はボディの精巧なコピーを作るために使ったのか? 骨格データがあれば声は再現しやすい。外観が似れば本人と同定されるから、指紋や顔認証もパスできる」
「そうだ。人格移植などと呼ぶから大げさになる。要するに、それらしく似せたコピーだ。だがBS社はその程度で喜んでいたぞ。アンドロイドになって蘇った大村と生前の映像を比べる検証動画を撮っていたが、あれは宣伝用だろう。誰のための不老不死なのか知らんが需要はあるというから、この世はややこしくなるな。どうせなら魂を移してみせてやってもよかったが、大村の身体は抜け殻だったから、まあ仕方があるまい」
「魂を移す⁉︎ お前にはできるのか? BS社のアンドロイドでか?」
「お前が作っただろう? 大村とセットで届いたのがあったぞ」
「イオン……」
ボディ工場に出張したまま戻らなかったイオンは、BS社で使われていたのか。
「お前、魂をイオンに移せると言ったな。魂が機械に入って生き続けるのは規則違反ではないのか?」
「いや」
笠原はあっさりと否定した。
「魂が消えなければどう生きようと自由だ。今だって義肢や臓器提供で生き続ける人間はいるだろう? 機械の身体はそれと同じだ。この世のやり方に俺が口出しすることはない。魂の移植ができるのなら勝手にやれ。やれるものならな。ただし、お前はダメだ。この世の在り方に反している」
「なぜ私だけがダメなのだ? 既に何度も他人の肉体を乗っ取り、元の魂を追い出した前科が問題なのか」
ククッと笠原が小さく笑った。
「申し訳ない。この世の知識しか持たないお前には、まだ説明不足だったようだな。他人の肉体を乗っ取るだけならその辺の悪霊でもやっている。急に人格が変わる人間がたまにはいるだろう? だが、悪霊によって身体から追い出されたところで元の魂はあの世へは帰れない。この世に来る際の契約があってな、あの世へ帰るのは自分の肉体が滅んだ時と決まっているのだ。魂と肉体の固着は厳格だ。わかるか? 植物人間や脳死の状態では魂は解放されない。意思表出ができないまま肉体に閉じ込められ、あるいは魂だけがふらふらと遊びに出ているかもしれないが、肉体がある限りこの世から去ることは不可能だ。だから、臓器移植によって肉体の一部でも他人の中で生き続けている間は、ドナーの魂はこの世を離れることはない」
「だが、小林や修一はあの世へ行ったぞ? お前だって生まれ変わったではないか」
「そう、お前は生きた肉体から魂を切り離した。この世のルールに反する力をお前は持ってしまった。それこそが問題であり、お前が可及的速やかに排除されなければならない最大の理由だ」
「初耳だぞ。ますますもって私にはどうしようもない話ではないか」
システムの不具合。
死神は確かに私をそう呼んでいた。
「……私の魂を強制排除しない設定はそのままだな?」
「もちろんだ」
「なら、いい」
魂はこの世から強制排除しない。だが、肉体からは追い出す。
死神が人間の姿で現れるのは私を殺すためだ。元の魂があの世へ帰ったのに肉体が生き残っていては不都合ということか。
今さら知ってどうなる?
「イオンはどうした?」
「BS社の技術でボディをアップグレードさせてから大村の人格データを移植した。イオンでも大村の姿のアンドロイドと同じ反応をすることを確かめるためだ。イオンは大村の人格データの安定性と再現性の検証実験に使われた。その後で、別人格のデータを上書きしてイオンが全く別人になるところまでを確認している。ひとつ訊きたいが、機械に現れた人格は自分を人間と疑わず思考するのか? 簡単に上書きされる人格の人権とやらはどうなるのだろうな」
笠原は他人事にように言った。
死神はこの世のことに関与しない。そう言いながらお前は何をした?
お前はアンドロイドの進化に直接手を貸しているではないか。イオンのボディを刷新して「魂の器」を完成させたのはお前ではないか⁉︎
「なんだ? 俺は今、人間でもあるぞ」
「お前は……何がしたいのだ?」
「暇つぶしだ。お前が言うことを聞かないから、仕方なくこうして遊んでいる」
悪びれもせず何が仕方なくだ。
リツは商品の発注管理でもしているのか、先ほどからすぐ横でタブレットをいじっている。私たちのやりとりは聞こえているはずだ。
「その子はお前の助手か何かか?」
「リツは何も知らない。俺が勝手に利用しているだけだ」
リツは利用したと言われても顔色ひとつ変えなかった。
リツが戻ってきて会計を済ませる。菓子をポケットに突っ込んで、私は笠原に訊いた。
「お前、今は何をやっているのだ? 売店とはいえNH社の敷地に入るのは簡単ではなかろう」
「リツが本部の社員だと紹介しただろう?」
「お前は人間の仕事もするのか?」
「当たり前だ。ただし売店は今日だけだ。本職はバイオスチーム社の研究員としてアンドロイドを作っている」
笠原は、名刺でも出しそうな自己紹介をした。
「BS社⁉︎」
驚く私をつまらなそうに見ながら、笠原はうなずいた。
「お前、まさか大村を……」
瞬時に思い浮かべたのは、消えた大村の遺体の行方だった。BS社の人格移植実験。被験。イオンのボディ刷新。憶測が現実味を帯びてつながる。
「察しがいいな。大村を使った人格移植実験は成功した。言っておくが、俺は生首を機械の身体につなげるようなことはしていないぞ。脳の電気信号をデータ化してアンドロイドに移行したわけでももちろんない。そんな馬鹿げたことは俺にだって無理だ」
NH社に裏部門があるのと同様、BS社にも当然公表しない先鋭の研究部署はあるだろう。今さら倫理や技術面で驚くことなどない。
ただ、NH社とBS社は確実につながっている。それが気になった。国が関与しているのだから当然かもしれないが、少なくとも上層部には両社の最新技術を全て把握したパイプ役となる存在がいるはずだ。もちろん、私が知らなくていい話ではある。
「私は研究棟でも自室でもずっと監視されていた。大村には生前の記録が豊富にあるから、デジタルデータを解析すれば思考パターンは把握できるし、AIに学習させるのも容易だろう。……NH社は大村の画像も全て提供したということだな。それで再現度合いも検証できる。遺体はボディの精巧なコピーを作るために使ったのか? 骨格データがあれば声は再現しやすい。外観が似れば本人と同定されるから、指紋や顔認証もパスできる」
「そうだ。人格移植などと呼ぶから大げさになる。要するに、それらしく似せたコピーだ。だがBS社はその程度で喜んでいたぞ。アンドロイドになって蘇った大村と生前の映像を比べる検証動画を撮っていたが、あれは宣伝用だろう。誰のための不老不死なのか知らんが需要はあるというから、この世はややこしくなるな。どうせなら魂を移してみせてやってもよかったが、大村の身体は抜け殻だったから、まあ仕方があるまい」
「魂を移す⁉︎ お前にはできるのか? BS社のアンドロイドでか?」
「お前が作っただろう? 大村とセットで届いたのがあったぞ」
「イオン……」
ボディ工場に出張したまま戻らなかったイオンは、BS社で使われていたのか。
「お前、魂をイオンに移せると言ったな。魂が機械に入って生き続けるのは規則違反ではないのか?」
「いや」
笠原はあっさりと否定した。
「魂が消えなければどう生きようと自由だ。今だって義肢や臓器提供で生き続ける人間はいるだろう? 機械の身体はそれと同じだ。この世のやり方に俺が口出しすることはない。魂の移植ができるのなら勝手にやれ。やれるものならな。ただし、お前はダメだ。この世の在り方に反している」
「なぜ私だけがダメなのだ? 既に何度も他人の肉体を乗っ取り、元の魂を追い出した前科が問題なのか」
ククッと笠原が小さく笑った。
「申し訳ない。この世の知識しか持たないお前には、まだ説明不足だったようだな。他人の肉体を乗っ取るだけならその辺の悪霊でもやっている。急に人格が変わる人間がたまにはいるだろう? だが、悪霊によって身体から追い出されたところで元の魂はあの世へは帰れない。この世に来る際の契約があってな、あの世へ帰るのは自分の肉体が滅んだ時と決まっているのだ。魂と肉体の固着は厳格だ。わかるか? 植物人間や脳死の状態では魂は解放されない。意思表出ができないまま肉体に閉じ込められ、あるいは魂だけがふらふらと遊びに出ているかもしれないが、肉体がある限りこの世から去ることは不可能だ。だから、臓器移植によって肉体の一部でも他人の中で生き続けている間は、ドナーの魂はこの世を離れることはない」
「だが、小林や修一はあの世へ行ったぞ? お前だって生まれ変わったではないか」
「そう、お前は生きた肉体から魂を切り離した。この世のルールに反する力をお前は持ってしまった。それこそが問題であり、お前が可及的速やかに排除されなければならない最大の理由だ」
「初耳だぞ。ますますもって私にはどうしようもない話ではないか」
システムの不具合。
死神は確かに私をそう呼んでいた。
「……私の魂を強制排除しない設定はそのままだな?」
「もちろんだ」
「なら、いい」
魂はこの世から強制排除しない。だが、肉体からは追い出す。
死神が人間の姿で現れるのは私を殺すためだ。元の魂があの世へ帰ったのに肉体が生き残っていては不都合ということか。
今さら知ってどうなる?
「イオンはどうした?」
「BS社の技術でボディをアップグレードさせてから大村の人格データを移植した。イオンでも大村の姿のアンドロイドと同じ反応をすることを確かめるためだ。イオンは大村の人格データの安定性と再現性の検証実験に使われた。その後で、別人格のデータを上書きしてイオンが全く別人になるところまでを確認している。ひとつ訊きたいが、機械に現れた人格は自分を人間と疑わず思考するのか? 簡単に上書きされる人格の人権とやらはどうなるのだろうな」
笠原は他人事にように言った。
死神はこの世のことに関与しない。そう言いながらお前は何をした?
お前はアンドロイドの進化に直接手を貸しているではないか。イオンのボディを刷新して「魂の器」を完成させたのはお前ではないか⁉︎
「なんだ? 俺は今、人間でもあるぞ」
「お前は……何がしたいのだ?」
「暇つぶしだ。お前が言うことを聞かないから、仕方なくこうして遊んでいる」
悪びれもせず何が仕方なくだ。
リツは商品の発注管理でもしているのか、先ほどからすぐ横でタブレットをいじっている。私たちのやりとりは聞こえているはずだ。
「その子はお前の助手か何かか?」
「リツは何も知らない。俺が勝手に利用しているだけだ」
リツは利用したと言われても顔色ひとつ変えなかった。
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