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2039ー2043 相馬智律
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「何も知らないのに人格移植や魂の話を聞かせるのか?」
「何も知らないなら聞いても理解できないだろう?」
笠原がリツに目をやると、リツは困ったように少しだけ笑った。
「説明もなく一方的に利用しているということか」
二人の関係はわからないが、リツが何かを強要されている様子はない。それどころか、リツと笠原は個人的に近しい間柄にも見える。
笠原が堂々と利用していると言ってもなお動じないリツに、何やら釈然としないものを感じた。
「なあ、シキ」
急に呼ばれて身構えた。
私をシキと呼ぶこの男は、私を狩る死神だ。
「笠原がここへ来た目的はただひとつだ。亡命だ」
「亡命?」
「そうだ。笠原はBS社で人体実験をした。実験自体は大村の死後であったとはいえ、死期が近いのを見越して生前から計画されていた。倫理的に許されない行為だ。自責の念で精神的に追い詰められた笠原は告発を試みるが、BS社に阻止され消されようとしている。そこで、競合するNH社に助けてもらおうと、売店の社員に紛れてNH社の敷地に入ることに成功する。もちろん、手みやげに実験データもつける。どうだ、悪くないだろう?」
笠原は唐突な提案をした。何をしようとしているのか全く理解できない。
「人体実験の材料を提供したNH社になぜわざわざ来る? 両者がつながっているのは明白だろう。それでNH社に逃げて、それからどうする?」
「どうもしない。そこまでだ。俺はBS社に飽きた。だが、BS社は一度入ったら退職させてくれないらしい。お前のところもそうか? お互いブラック企業だな」
まるで愚痴をこぼすサラリーマンのように笑いながら、笠原はリツを私の前に押し出した。
「リツを保護してほしい。リツはBS社の社員ではないが、俺が巻き込んだ。もう関係者だ。NH社が安全だとは思わないが、このままBS社にいればリツは消される。お前に預けた方がよほどマシだろう」
「巻き込んだと言うなら最後までお前が守ってやればいいだろう。売店で働くのもお前がやらせたのか? リツは自由に動けないのか?」
「リツは監視されている。外では生きられない。俺は一緒にいてやれない」
いきなり丸投げか? いきなり全て信じろというのか?
笠原はリツの手をそっと握った。私からは、メモリカードのような物を渡すのが見えた。監視カメラには映らない位置だ。
「シキに世話してもらえ」
「カイ……」
リツが笠原を不安そうに見る。たぶん何も聞かされていなかったのだろう。戸惑いと不安が伝わってくる。
カイ?
「カイと呼ばせているのか? お前とリツはどういう関係……」
異様な気配。私は反射的にガラス窓の外を見た。
売店が大勢の警備員に取り囲まれている。いや、本当に警備員か?
笠原の不法侵入が発覚したのか。
「 ……外にいるのはここの警備員だけじゃないな。お前、かなりヤバい状況だろう?」
大村の遺体とイオン一体をボディ技術とバーターにして実施された極秘実験の当事者が笠原だ。NH、BS両社の機密情報を知る笠原の動向は、当然監視されているはずだ。
笠原がBS社を抜け出してここへ来たことくらいリアルタイムで把握されているだろう。
「だから、リツを頼む」
「お前は? 亡命ははじめからリツひとりか?」
「俺はここを去る」
「お前、敷地の外まで走る気か? 逃げ切れると思っているのか?」
いくら死神でもその身体は普通の人間だ。こんなに大勢に囲まれて、お前に勝算はないぞ。
笠原がドアに向かったので、私もリツも従った。
私は三人の先頭でドアの前に立った。
自動ドアが開くと同時に、後ろから笠原が走り出た。
横を過ぎる瞬間、笠原は私の肩に軽く手を置いた。
熱い。
死神の感触。
魂が焼けるのと同じ感覚が肩から広がる。
施設の中央門は売店のすぐ先だった。だが、警備員とも軍人ともつかない人間の壁ができている。
笠原は正面から警備員たちに向かって行った。
「カイ!」
突然リツが走り出した。笠原を追う気なのか。
よせ!
なんと無謀な。お前は捨てられたのではない。追うな!
私はリツの腕を掴んで止めた。細身だが、私が引きずられるほどの力で前へ進もうとする。
「止まれリツ!」
振り向くリツと目があった。
ザシュッ! ザシュッ!
布を擦るような音が響く。
私は反射的にリツの頭を抱えて地面に引き倒していた。
銃声!
リツに自分の腕で頭を抱えさせ、私も地に伏したまま周囲をうかがった。
警備員たちも一斉に臥している。NH社側の発砲ではない。敷地の外から狙っている? 誰を?
笠原を見ると、門のすぐ手前で大勢の警備員に紛れて臥していた。
標的は、笠原か。
笠原はわかっていて警備員たちに向かって行ったのか。
ザシュッ!
笠原が動くたびに確実に狙って来る。
NH社の警備員たちは隙を見て退避していく。
「カイ!」
リツが走った。笠原から離れる警備員たちの流れに逆行するリツを私は追った。
後ろから抱きつくようにしてリツを再び引き倒すのを笠原は見ていた。
「何も知らないなら聞いても理解できないだろう?」
笠原がリツに目をやると、リツは困ったように少しだけ笑った。
「説明もなく一方的に利用しているということか」
二人の関係はわからないが、リツが何かを強要されている様子はない。それどころか、リツと笠原は個人的に近しい間柄にも見える。
笠原が堂々と利用していると言ってもなお動じないリツに、何やら釈然としないものを感じた。
「なあ、シキ」
急に呼ばれて身構えた。
私をシキと呼ぶこの男は、私を狩る死神だ。
「笠原がここへ来た目的はただひとつだ。亡命だ」
「亡命?」
「そうだ。笠原はBS社で人体実験をした。実験自体は大村の死後であったとはいえ、死期が近いのを見越して生前から計画されていた。倫理的に許されない行為だ。自責の念で精神的に追い詰められた笠原は告発を試みるが、BS社に阻止され消されようとしている。そこで、競合するNH社に助けてもらおうと、売店の社員に紛れてNH社の敷地に入ることに成功する。もちろん、手みやげに実験データもつける。どうだ、悪くないだろう?」
笠原は唐突な提案をした。何をしようとしているのか全く理解できない。
「人体実験の材料を提供したNH社になぜわざわざ来る? 両者がつながっているのは明白だろう。それでNH社に逃げて、それからどうする?」
「どうもしない。そこまでだ。俺はBS社に飽きた。だが、BS社は一度入ったら退職させてくれないらしい。お前のところもそうか? お互いブラック企業だな」
まるで愚痴をこぼすサラリーマンのように笑いながら、笠原はリツを私の前に押し出した。
「リツを保護してほしい。リツはBS社の社員ではないが、俺が巻き込んだ。もう関係者だ。NH社が安全だとは思わないが、このままBS社にいればリツは消される。お前に預けた方がよほどマシだろう」
「巻き込んだと言うなら最後までお前が守ってやればいいだろう。売店で働くのもお前がやらせたのか? リツは自由に動けないのか?」
「リツは監視されている。外では生きられない。俺は一緒にいてやれない」
いきなり丸投げか? いきなり全て信じろというのか?
笠原はリツの手をそっと握った。私からは、メモリカードのような物を渡すのが見えた。監視カメラには映らない位置だ。
「シキに世話してもらえ」
「カイ……」
リツが笠原を不安そうに見る。たぶん何も聞かされていなかったのだろう。戸惑いと不安が伝わってくる。
カイ?
「カイと呼ばせているのか? お前とリツはどういう関係……」
異様な気配。私は反射的にガラス窓の外を見た。
売店が大勢の警備員に取り囲まれている。いや、本当に警備員か?
笠原の不法侵入が発覚したのか。
「 ……外にいるのはここの警備員だけじゃないな。お前、かなりヤバい状況だろう?」
大村の遺体とイオン一体をボディ技術とバーターにして実施された極秘実験の当事者が笠原だ。NH、BS両社の機密情報を知る笠原の動向は、当然監視されているはずだ。
笠原がBS社を抜け出してここへ来たことくらいリアルタイムで把握されているだろう。
「だから、リツを頼む」
「お前は? 亡命ははじめからリツひとりか?」
「俺はここを去る」
「お前、敷地の外まで走る気か? 逃げ切れると思っているのか?」
いくら死神でもその身体は普通の人間だ。こんなに大勢に囲まれて、お前に勝算はないぞ。
笠原がドアに向かったので、私もリツも従った。
私は三人の先頭でドアの前に立った。
自動ドアが開くと同時に、後ろから笠原が走り出た。
横を過ぎる瞬間、笠原は私の肩に軽く手を置いた。
熱い。
死神の感触。
魂が焼けるのと同じ感覚が肩から広がる。
施設の中央門は売店のすぐ先だった。だが、警備員とも軍人ともつかない人間の壁ができている。
笠原は正面から警備員たちに向かって行った。
「カイ!」
突然リツが走り出した。笠原を追う気なのか。
よせ!
なんと無謀な。お前は捨てられたのではない。追うな!
私はリツの腕を掴んで止めた。細身だが、私が引きずられるほどの力で前へ進もうとする。
「止まれリツ!」
振り向くリツと目があった。
ザシュッ! ザシュッ!
布を擦るような音が響く。
私は反射的にリツの頭を抱えて地面に引き倒していた。
銃声!
リツに自分の腕で頭を抱えさせ、私も地に伏したまま周囲をうかがった。
警備員たちも一斉に臥している。NH社側の発砲ではない。敷地の外から狙っている? 誰を?
笠原を見ると、門のすぐ手前で大勢の警備員に紛れて臥していた。
標的は、笠原か。
笠原はわかっていて警備員たちに向かって行ったのか。
ザシュッ!
笠原が動くたびに確実に狙って来る。
NH社の警備員たちは隙を見て退避していく。
「カイ!」
リツが走った。笠原から離れる警備員たちの流れに逆行するリツを私は追った。
後ろから抱きつくようにしてリツを再び引き倒すのを笠原は見ていた。
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