182年の人生

山碕田鶴

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2039ー2043 相馬智律

59ー(3/3)

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「リツ、少し訊いてもいいか? 君はカイとずっと一緒にいたのか?」
「はい。僕の記憶では、偶然カイと知り合って……カイは何かの組織に追われていて、僕も巻き込まれる形でずっと一緒にいました。カイのアパートに連れて行かれたり、ホテルみたいな所にしばらくいたり。でも、追われているのは嘘だったと思います。ああ、違うか。カイは自分が狙われているとか、危険だとかは言っていなかった。ただ、遠くからずっと監視している人がいたんです。きっと、BS社とかの関係者ですよね。今考えると、僕がちゃんと浅井律になっているのか試していた気がします」

 カイはリツをBS社の外に出していたのか。
 あれも人間として生きねばならなかったのだから、普段の生活があって当然ではある。想像すらつかないが。

「君は笠原のことをなぜカイと呼ぶ?」
「え? カイが自分でそう名乗ったから……。あの人のまわりには黒スーツの怖そうな人がいて、移動は運転手つきの黒塗りの車で、ホテルに泊まると最上階のやたらと大きな部屋で、でもボロアパートに住んでいて、なんだかヤバイ系の人っぽかったから笠原というのは偽名で、カイもどうせコードネームみたいなものかと思っていたんですけど」

 確かにあれ以上ヤバイのはいない。

「相馬さんもカイって呼びますよね? 前からの知り合い……なんですか」

 遠慮がちに訊くリツは、別段私に興味関心があるわけではないだろう。カイには何も訊けずじまいだったか。

「まあ、な。カイは君のことをどう扱っていた?」

 一瞬とまどうリツの表情が硬くなった。

「……愛玩動物」
「は?」
「なんだか拾ってきた猫みたいな感じでした。カイは全てを悟って全てをあきらめているような人で、いつも素っ気なかったです。成り行きで仕方なくめんどうを見てくれているのだろうなって思っていました。全然対等な関係ではなくて……気まぐれに優しくしてかわいがって、世話をして自分が満足する、みたいな。すぐベタベタしてくるし、あの人の距離感はおかしかったと思います」
「ベタベタ? カイが?」

 想像がつかない。
 売店でただ一度見た笠原を思い浮かべる。神経質で気難しそうな細身の男だった。
 ますます想像できない。
 魂をさらうような強い視線を思い出して全身が粟立った。笠原が触れた肩が勝手に熱を帯び始める。
 あの肉体の内に、死神は潜んでいたのだ。
 お前、やはり寂しさを感じていたのではないか。リツはお前を満たしたか?
 嫉妬にも似た感情が湧き上がる。
 私はリツをさらに抱き寄せた。
 リツは人間ではないから、肉の臭いがしないのだろうか。人間と同じようなこの皮膚の下に隠されたゴムや金属や油が、カイを安心させるのか。
 カイの言う肉の臭いとは、どのようなものなのだろう。私が秋山として生きた頃に肉を受けつけなかった、あの感覚であろうか。
 初めから人間として生まれた私にわかるはずもない。

「私には肉の臭いがするか?」

 唐突にバカなことを訊いた。
 すまないと謝る私にリツは答えた。

「カイは、僕に肉の臭いがしないと言ったことがありました。肉の臭いって何ですか?」
「……そうか。肉の臭いとは人間の臭いだろう。人間の、肉体の臭いだ。臭いがしないというのは、君がカイに特別愛された存在だという意味だよ」

 私を追って延々とこの世に縛られる死神。お前がリツで癒されるのなら、私は安心してお前を拒み続けることができるな。

「リツ、君は今寂しいか? 悲しいか?」
「わかりません。僕は自分が人間だと意識することもなく人間だったのに、本当は機械だったという事実にショックを受けました。これは機械だからがっかりしたのではなく、所属や分類が違ったという驚きによるものです。知っても知らなくても事実は変わらない。カイが死んだことも変わらない事実です。いずれ気持ちは落ち着きます。落ち着かない状態を悲しいと言うなら、今は悲しいです」
「カイに対する愛情はないのか?」

 ちらりと私を見たリツは、やっと少し笑った。自嘲に近い、寂しそうな笑い方だった。

「愛情? 僕はよくわからないままカイに頼るしかない状況に置かれていた。僕の記憶は作り物で、どこからが今の自分がしたことなのかもわからない。僕の気持ちだってプログラムかもしれない。僕が愛情だと言っても、それは本当に僕自身の気持ちだといえますか?」

 リツは責めるような目で私を見た。

「それに……あの人、いつも僕を見ながら絶対に別の誰かのことを考えていましたよ。今、やっと理解できた気がします」

 別の誰か、か。リツはずっと不安だったか。

「君とカイは一緒に過ごすことができる穏やかな関係だが、私とカイは違うよ。絶対に共存できない。あれは私を消し去ることしか考えていない。だから、私が生き続ける限りカイは私を思い続ける。それだけだ」

 いくらでも強く望めばいい。永遠に思い続ければいい。
 それが私の生きている証なのだ。
 私は苦笑しながらリツに背を向け、部屋を訪ねて来た本部役員の対応をした。



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