182年の人生

山碕田鶴

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2039ー2043 相馬智律

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 研究棟内にある会議室での事情聴取が終わると、その場でリツには自由行動が許可された。落ち着きを取り戻したリツが本部役員の質問に対して感情抜きで的確に返答し、余計なことをいっさい口にしなかったからであろう。
 リツは、終始カイのことを笠原と呼んでいた。笠原との接触は話したが、一緒に生活していたことは言わなかった。
 人間的でありながらどこか無機質なアンドロイド、イオンがそこにいた。
 アンドロイドのふりをする人間か。
 事情聴取に同席した私は、未来の自分を見ているような居心地の悪さを感じていた。

「では、相馬さん。お時間を取らせました。六号の隔離は解除しますので、今までどおり研究棟内で管理して下さい。また本部から連絡するかもしれません」

 今日は本部役員二人だけだ。黒岩はいないらしい。事務的に挨拶をして立ち上がった二人は、リツを無視して会議室を出た。
 六号とはリツのことだ。イオン六体は製造番号で個体識別され、そのまま呼ばれている。
 人格移植実験についてどこまで情報を得たか知らないが、結局リツは人間らしくふるまう機械としか見られていないのだ。

「はい、お世話様でした」

 どうせ昨日のうちにリツの処遇は決められていただろう。形式的な聴き取りと、せいぜいリツが暴れたりしていないか確認するための面談だな。

「ああ、そうだ。お帰りになる前にひとついいですか。リツを隔離した私の部屋なんですが、昨日から変なノイズが聞こえるんですよ。照明器具の調子が悪いんですかね? コンセントかな? 接触不良かなあ。気のせいかもしれないんだけれど……」
「そうですか。至急点検を手配しますよ」
「お願いします。お手間をかけてすみません」

 玄関先で本部役員を笑顔で見送りながら、黒岩がいたらまた睨まれるなと肩をすくめた。
 研究棟内には至る所に監視カメラがある。私の使っている部屋には、なぜか盗聴器まで備えつけてあるらしい。調べたことはないが、会議室にもあるだろう。
 リツとの会話は聞かれたくない。
 さすがにカメラは放っておいたが、盗聴器の方は過去に相馬がわざとらしく不調にした時の手加減をまねてみた。
 全壊にはしていない。もし問われても言い逃れの余地を残してシラを切り通すつもりだが、黒岩ならきっと気づく。なぜかそんな気がした。あの男には関わりたくない。
 さて。
 ホールをふり返ると、ぼんやり立ちつくすリツにイオンが近づいていた。

「こんにちは。私はイオンです。あなたはどなたですか?」

 にこやかに握手を求めるイオンを見て、リツはとまどっている。

「僕によく似ている気がします」
「君がアンドロイドだという言い方で悪いが、イオン型の同タイプだから同じ顔だよ」
「じゃあ、僕のお兄さん?」
「そうだな。イオンは、君を含めて六体だ」
「あなたのお名前を伺ってもよろしいでしょうか」
 別のイオンもリツのそばにやって来た。
「リツです。はじめまして。あなたは?」
「イオンです、リツ様」
「……」

 リツの違和感はもっともであろう。同じ顔のアンドロイドが、いかにも従順な機械としてそれらしくふるまっている。リツには屈辱とも取れるに違いない。
 イオンはリツを自分と同じアンドロイドとは認識しなかったようだ。移植された人格、リツを見ていたのか。

「みんな、ちゃんとアンドロイドなんですね」

 一方で、リツは自分が人間ではないことを思い知らされたらしい。
 寂しそうなリツを見て、私は自分の過ちに気づいた。
 リツは人間なのだ。
 元の人間とその人格をコピーされたイオンは別人だが、コピーも人間として扱われなければおかしいのだ。リツの思考は元々人間だ。
 だが、そうなると人格移植されたイオンは人間扱いで、元のイオンは機械のままという差別や格差が生まれる。社会を混乱させるだけだ。
 BS社は、人間と機械の境界を壊してしまったのではないのか。
 私が実行しようとする「魂の器」も同じだ。人間と見た目が全く変わらない機械の中に、人間として生きてきた魂が入る。
 これは、機械か人間か。これこそ究極の多様性か。
 人格や魂の入った機械を人間として認めるのか。あるいは人型の機械に人間と同等の権利を与えるか。
 アンドロイドはどこまで人間なのか。機械自体に自我が生まれた場合はどうなる?  
 混沌と混乱。
 価値観の大変革だ。
 既に後戻りできないところに私は立っている。
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