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2039ー2043 相馬智律
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「相馬所長、ちょっとよろしいですか?」
夕刻、研究棟の周りを軽く散歩して戻って来た私は、玄関で待ち伏せしていた早川に声をかけられた。
早川はこの研究棟で雑務全般を担当している。イオンを研究していた職員が次々と部署移動する中で、私以外に唯一残っている研究者だ。長年大村と仕事をしてきて、相馬よりかなり先輩だが、相馬が研究棟所長になってからは相馬の部下に徹している。
早川は、あからさまに相馬を嫌っている。私が大村であった時には気にならなかったが、細身で背筋の伸びた隙のない立ち姿も切れ長の目もストレートボブの黒髪も、全てが刺さるようにトゲがある。
私は他人の悪感情に慣れているから何とも思わないし、元々相馬ではないからどこか他人事だ。だが、あまりはっきりと気にしない態度を取ると早川を余計に不快にさせそうなので、一応は怯えるふりをしている。
プライベートで関わることはまずありえない。わざわざ外で待っていたのは、イオンたちに聞かせたくない話でもあるのだろう。
「本部から連絡が入りました。リツの持っていたメモリカードの件です。笠原という研究員が実施した人格移植の記録と映像がいくつか入っていたそうです」
「早川さんは見ていないのですか?」
「……私はそういう立場にはありませんから」
知っている。早川は、上層部にとって単なる連絡要員だ。
「それで……蘇った大村教授がいて、ああ、これはBS社のアンドロイドですが、大村教授の人格を移植されたらしいイオンと……大村教授からリツに変化するイオンを見ながら解説している大村教授、いえ、BS社のアンドロイドの姿が映っていて……」
側聞しただけであろうに、早川は気分が悪そうだった。側聞の側聞である私も気分が悪くなった。元は私が大村だ。
「それって、BS社がイオンに教授の人格を移植しただけでなく、BS社製の教授そっくりアンドロイドまで作ってそこにも教授の人格を移植したということですか?」
「そうなりますね」
そんなデータを笠原が持ち出したのであれば、BS社は黙っていないだろう。
やはり笠原を消したのは、BS社なのか?
「それから、リツを事情聴取した後で、再度監視システムに登録しようとしたそうなのですが……六号の認識ができなくなっていたようです」
イオンは研究棟内でデータ送受信しているだけでなく、本部でも別システムで登録管理されている。位置情報を把握できる盗難防止システムのようなもので、不正な外出があれば、場合によってはイオンの電源を落とすことも可能なはずだ。イオンは常に監視されているのだ。リツはBS社で色々改造されて、こちらの機器で通信できなくなったのか?
「統括本部長が、所長に確認してもらいたいそうです」
「リツを触っていいのか?」
「統括本部長の立ち会いのもとで、と条件がありますけどね」
「厳重だな。いつですか?」
「開かないフォルダを開けてからだと言っていましたよ」
「開かない?」
「実験の記録や映像の他に、フォルダがあったそうです。開こうとすると『所有者の氏名と生年月日を入力して下さい。エラーで即データ消去になります』っていうふざけたパスワード入力画面が出て……。さすがに『笠原大輔』はないだろうって」
「試せないのか」
早川は呆れたようにうなずいた。
「今時そんな古いやり方って、何なんですか?」
「年寄りなんだよ」
お互いに。お前とは長いつきあいになったものだな。
私が楽しそうに笑うのを早川は怪訝そうに見ていた。
「氏名は『死神』。生年月日は『一九一三年十月二十四日』だ」
「え?」
「他は、ありえない」
そう。死神が私を追うためにこの世に人間として生まれた日。私が吉澤識としての死後、小林建夫になった日だ。
そのフォルダは、カイから私へのメッセージに違いなかった。
夕刻、研究棟の周りを軽く散歩して戻って来た私は、玄関で待ち伏せしていた早川に声をかけられた。
早川はこの研究棟で雑務全般を担当している。イオンを研究していた職員が次々と部署移動する中で、私以外に唯一残っている研究者だ。長年大村と仕事をしてきて、相馬よりかなり先輩だが、相馬が研究棟所長になってからは相馬の部下に徹している。
早川は、あからさまに相馬を嫌っている。私が大村であった時には気にならなかったが、細身で背筋の伸びた隙のない立ち姿も切れ長の目もストレートボブの黒髪も、全てが刺さるようにトゲがある。
私は他人の悪感情に慣れているから何とも思わないし、元々相馬ではないからどこか他人事だ。だが、あまりはっきりと気にしない態度を取ると早川を余計に不快にさせそうなので、一応は怯えるふりをしている。
プライベートで関わることはまずありえない。わざわざ外で待っていたのは、イオンたちに聞かせたくない話でもあるのだろう。
「本部から連絡が入りました。リツの持っていたメモリカードの件です。笠原という研究員が実施した人格移植の記録と映像がいくつか入っていたそうです」
「早川さんは見ていないのですか?」
「……私はそういう立場にはありませんから」
知っている。早川は、上層部にとって単なる連絡要員だ。
「それで……蘇った大村教授がいて、ああ、これはBS社のアンドロイドですが、大村教授の人格を移植されたらしいイオンと……大村教授からリツに変化するイオンを見ながら解説している大村教授、いえ、BS社のアンドロイドの姿が映っていて……」
側聞しただけであろうに、早川は気分が悪そうだった。側聞の側聞である私も気分が悪くなった。元は私が大村だ。
「それって、BS社がイオンに教授の人格を移植しただけでなく、BS社製の教授そっくりアンドロイドまで作ってそこにも教授の人格を移植したということですか?」
「そうなりますね」
そんなデータを笠原が持ち出したのであれば、BS社は黙っていないだろう。
やはり笠原を消したのは、BS社なのか?
「それから、リツを事情聴取した後で、再度監視システムに登録しようとしたそうなのですが……六号の認識ができなくなっていたようです」
イオンは研究棟内でデータ送受信しているだけでなく、本部でも別システムで登録管理されている。位置情報を把握できる盗難防止システムのようなもので、不正な外出があれば、場合によってはイオンの電源を落とすことも可能なはずだ。イオンは常に監視されているのだ。リツはBS社で色々改造されて、こちらの機器で通信できなくなったのか?
「統括本部長が、所長に確認してもらいたいそうです」
「リツを触っていいのか?」
「統括本部長の立ち会いのもとで、と条件がありますけどね」
「厳重だな。いつですか?」
「開かないフォルダを開けてからだと言っていましたよ」
「開かない?」
「実験の記録や映像の他に、フォルダがあったそうです。開こうとすると『所有者の氏名と生年月日を入力して下さい。エラーで即データ消去になります』っていうふざけたパスワード入力画面が出て……。さすがに『笠原大輔』はないだろうって」
「試せないのか」
早川は呆れたようにうなずいた。
「今時そんな古いやり方って、何なんですか?」
「年寄りなんだよ」
お互いに。お前とは長いつきあいになったものだな。
私が楽しそうに笑うのを早川は怪訝そうに見ていた。
「氏名は『死神』。生年月日は『一九一三年十月二十四日』だ」
「え?」
「他は、ありえない」
そう。死神が私を追うためにこの世に人間として生まれた日。私が吉澤識としての死後、小林建夫になった日だ。
そのフォルダは、カイから私へのメッセージに違いなかった。
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