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2039ー2043 相馬智律
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高瀬は五人の男女を連れていた。少し離れたところからこちらを見ている。
背広にバッジをつけた男が二人。一人はBS社のマーク……社員か。もう一人は……国会議員だな。議員のやや後ろに官僚の黒岩がつき従っている。あとは若い女とその護衛らしき男だ。
黒岩は一番目立たず存在感もなかったが、私が吉澤識だったら最も警戒するだろう。そういう嫌な気配がある。
「ああ、ギャラリーが多いが気にしないで下さい。立会人のようなものですから」
高瀬はにこやかに笑うと私の質問を先んじて封じた。
名乗らないということか。
「相馬さんにはまず、笠原の人格移植実験の動画をお見せしたい」
会議室に移動すると、早川が準備していたらしく、既にプロジェクタースクリーンが出ていた。
立会人だという五人も一緒に見るようだ。
高瀬は私とリツに座るよう促すと、特に説明もなく本題に入った。
笠原が簡単な説明をしている映像が流れ始める。リツは私の隣で、時間つぶしでもするようにぼんやり眺めていた。昨日も本部で見せられたのだろう。
イオンが大村を名乗り、笠原とやり取りをする。その横から大村の姿のアンドロイドが出てきてイオンと握手をした。
NH社とBS社のアンドロイドが夢の共演を果たした瞬間か。中身がどちらも大村とは、悪趣味だ。
会議室の端で見ていた立会人たちが驚く様子はない。BS社の社員以外も大村の人格移植実験を既に知っているらしいな。
イオンの人格が大村からリツに変わった。大村の時と表情が全く違う。話し方も、動きも別人のようだ。スクリーンの中のリツは、作られた記憶をもとに自己紹介している。
『初めまして。浅井律です。二十歳、大学生です』
茶番だ。台本を作れば役者でもこれくらいはできる。
「僕は、何も覚えていません」
私の横でリツが呟いた。自己紹介の後で、さらに洗脳されたのか。
いや、違う。この時はまだ今のリツではなかっただろう。ただのプログラムだ。この後で相馬の魂を呼び入れたのか? あるいは、魂は元の肉体を離れてすぐにイオンに入ったが、眠らされたような状態だったのか。ボディに馴染んで操れるようになるまで時間がかかったのか。
リツは今現在二十三歳だと言っていたから、映像はたぶん大村の死後一年以内のものだろう。大村の外見そっくりなボディと性格のデータを作って、一年以内に実動可能にできるのか。これなら死期が近づいた顧客が事前に影武者を準備させれば、空白期間なく本人と入れ替わることは可能だな。
「タマシイ?」
リツが不思議そうに私を見ていた。
そうだ、リツ。お前は誰かのコピーなどではない。お前自身が本当に人間だったのだ。人間の魂が入ったイオン、それがリツだ。
私はお前の過去を知っている。カイが知っているのと同じことを後で話してやる。それが私の義務だ。
「……本当の僕を知っている……?」
「今のお前はリツだ。『本当の僕』はリツ自身だろう? 私が知っているのは、リツの前世みたいなものだよ」
ここに相馬はいない。リツは、初めからリツとして存在した全く別の人格だ。リツ自身の知る過去が全て作られた記憶だとしても、目の前のリツが消えてなくなるわけではない。
立会人の女が私とリツを見ていた。
全て聞こえているかのように見守る視線は、私と目があっても逸らされることはなかった。
「相馬さん、ここからが問題ですよ。あなたがなぜパスワードを知っていたのかは後で訊くとして、フォルダの論文の一部分をお見せします」
学会講演要旨程度の簡単なまとめがスクリーンに映された。笠原大輔と記されている。日付は、笠原が売店に現れる直前だ。
人間とアンドロイドの未来を考える。
ずいぶんと哲学的な論題だな。
BS社の社員が苦笑いしている。議員は呆然としていた。議員は初見らしいな。
「これ、は……。はは、ははは……」
アハハハハハ!
私は大声で笑っていた。私の声だけが会議室に響き続けた。
やってくれたな、カイ。難解なパスワードを解除して機密文書を手に入れたはずがこんなものを見せられて、NH社の上層部はきっと椅子から転げ落ちたぞ。
「あの……これは本物の……論文なんでしょうか」
早川が怒ったように訊く。
「笠原がわざわざリツに持たせたのだ。最重要機密だ。BS社は、本気で心霊でも研究していたのだろう? 違いますか?」
BS社の立会人は、私の視線に気づくと不快そうに顔をそむけた。
カイは、人間の魂をイオン型アンドロイドに入れて実際に動かしたリツの症例を、学術用語を尽くして書き残していた。
背広にバッジをつけた男が二人。一人はBS社のマーク……社員か。もう一人は……国会議員だな。議員のやや後ろに官僚の黒岩がつき従っている。あとは若い女とその護衛らしき男だ。
黒岩は一番目立たず存在感もなかったが、私が吉澤識だったら最も警戒するだろう。そういう嫌な気配がある。
「ああ、ギャラリーが多いが気にしないで下さい。立会人のようなものですから」
高瀬はにこやかに笑うと私の質問を先んじて封じた。
名乗らないということか。
「相馬さんにはまず、笠原の人格移植実験の動画をお見せしたい」
会議室に移動すると、早川が準備していたらしく、既にプロジェクタースクリーンが出ていた。
立会人だという五人も一緒に見るようだ。
高瀬は私とリツに座るよう促すと、特に説明もなく本題に入った。
笠原が簡単な説明をしている映像が流れ始める。リツは私の隣で、時間つぶしでもするようにぼんやり眺めていた。昨日も本部で見せられたのだろう。
イオンが大村を名乗り、笠原とやり取りをする。その横から大村の姿のアンドロイドが出てきてイオンと握手をした。
NH社とBS社のアンドロイドが夢の共演を果たした瞬間か。中身がどちらも大村とは、悪趣味だ。
会議室の端で見ていた立会人たちが驚く様子はない。BS社の社員以外も大村の人格移植実験を既に知っているらしいな。
イオンの人格が大村からリツに変わった。大村の時と表情が全く違う。話し方も、動きも別人のようだ。スクリーンの中のリツは、作られた記憶をもとに自己紹介している。
『初めまして。浅井律です。二十歳、大学生です』
茶番だ。台本を作れば役者でもこれくらいはできる。
「僕は、何も覚えていません」
私の横でリツが呟いた。自己紹介の後で、さらに洗脳されたのか。
いや、違う。この時はまだ今のリツではなかっただろう。ただのプログラムだ。この後で相馬の魂を呼び入れたのか? あるいは、魂は元の肉体を離れてすぐにイオンに入ったが、眠らされたような状態だったのか。ボディに馴染んで操れるようになるまで時間がかかったのか。
リツは今現在二十三歳だと言っていたから、映像はたぶん大村の死後一年以内のものだろう。大村の外見そっくりなボディと性格のデータを作って、一年以内に実動可能にできるのか。これなら死期が近づいた顧客が事前に影武者を準備させれば、空白期間なく本人と入れ替わることは可能だな。
「タマシイ?」
リツが不思議そうに私を見ていた。
そうだ、リツ。お前は誰かのコピーなどではない。お前自身が本当に人間だったのだ。人間の魂が入ったイオン、それがリツだ。
私はお前の過去を知っている。カイが知っているのと同じことを後で話してやる。それが私の義務だ。
「……本当の僕を知っている……?」
「今のお前はリツだ。『本当の僕』はリツ自身だろう? 私が知っているのは、リツの前世みたいなものだよ」
ここに相馬はいない。リツは、初めからリツとして存在した全く別の人格だ。リツ自身の知る過去が全て作られた記憶だとしても、目の前のリツが消えてなくなるわけではない。
立会人の女が私とリツを見ていた。
全て聞こえているかのように見守る視線は、私と目があっても逸らされることはなかった。
「相馬さん、ここからが問題ですよ。あなたがなぜパスワードを知っていたのかは後で訊くとして、フォルダの論文の一部分をお見せします」
学会講演要旨程度の簡単なまとめがスクリーンに映された。笠原大輔と記されている。日付は、笠原が売店に現れる直前だ。
人間とアンドロイドの未来を考える。
ずいぶんと哲学的な論題だな。
BS社の社員が苦笑いしている。議員は呆然としていた。議員は初見らしいな。
「これ、は……。はは、ははは……」
アハハハハハ!
私は大声で笑っていた。私の声だけが会議室に響き続けた。
やってくれたな、カイ。難解なパスワードを解除して機密文書を手に入れたはずがこんなものを見せられて、NH社の上層部はきっと椅子から転げ落ちたぞ。
「あの……これは本物の……論文なんでしょうか」
早川が怒ったように訊く。
「笠原がわざわざリツに持たせたのだ。最重要機密だ。BS社は、本気で心霊でも研究していたのだろう? 違いますか?」
BS社の立会人は、私の視線に気づくと不快そうに顔をそむけた。
カイは、人間の魂をイオン型アンドロイドに入れて実際に動かしたリツの症例を、学術用語を尽くして書き残していた。
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