138 / 200
2039ー2043 相馬智律
67-(2/2)
しおりを挟む
「あの、リツを職員寮に連れて行っても構いませんか?」
「リツ?」
「イオンは基本外出できませんが、リツはBS社に長期出張させられていたようですし、今日もいきなりお呼ばれですから特例ということでしょう? 屋外での反応を見てみたいのですよ。職員寮まで散歩できたら最高ですが、まあ、車の送迎でも良しとしましょう。構いませんか?」
「どうぞご自由に」
リツは今日中に戻って来るということか。
高瀬は私を見たまま視線を外さない。私の内側まで覗き込むような強い眼差しの奥に、不信、疑惑が揺れている。
生死のかかった切羽詰まった状況にあるのは私の方だというのに、なぜお前が怯える?
「ねえ高瀬さん。あなたは視力が悪いのですか? さっきからじっと見つめられて落ち着かないのですが。視力が悪いのでなければ他に理由でも?」
まるっきりリツが使ったのと同じ手だ。自分でもくだらないとは思ったが、高瀬の反応が見てみたくなった。
「……相馬さん。思わせぶりな態度をとるなら、もっと従順そうな顔でやってもらいたいものですね」
「こういう方がお好きでしょう?」
「好きですね、常に計算している人間は」
卓上に置いていた手を対面の高瀬に突然掴まれた。強く握る指先から怒りにも似た感情が漏れ出ている。
高瀬の顔が私の目の前に迫る。
「あなたは、誰だ?」
警戒と緊張。不安を押し隠して私を探っている。
「相馬です」
「相馬……」
私の笑顔は高瀬の神経を逆なでしたらしい。高瀬からは殺気すら滲み始めた。
「あなたは相馬を知らないようだ。相馬は、こんな下品なことはしない。相馬は人の心を盗み見るような真似はしない。相馬が私の目を見るなどありえない」
高瀬は嫌な笑い方をした。
「相馬は私に関わろうとしない。私が死ぬほど嫌いだったからな」
自慢するな。知っている。相馬の身体は覚えている。高瀬に掴まれた手から嫌悪が広がるのがわかる。
相馬はこいつに拷問でもされたことがあるのではないか? 笑えない冗談だ。
「高瀬さん、笠原の論文を読みましたね? それで魂の移植を信じたのですか。あれはアンドロイドの話でしょう。人間にも魂を移せるとお考えですか? 私が相馬ではないとでも? 今の私が相馬でない? この身体が別の何かに乗っ取られた? ……では、誰ですか。大村教授ですか?」
ククッ。お前の逡巡が顔に出ているぞ。魂には興味がなかったのではないか?
高瀬は現在の相馬にただ違和感を覚えただけで、魂の移植も全く信じていなかっただろう。わずかな疑義。そこに私は一本の道筋を示し、混乱へと誘導した。
どこにも嘘はない。だが、信じられなければ真実にはならない。
高瀬は迷っている。常識と非常識の間で、自分の勘を信じきれずにいる。
でも、自分を信じたいだろう? ならば現実を見る勇気はあるか?
相馬の身体が動くのを目の前で見れば、誰もが私を無条件に相馬だと認識した。疑念を持たれたのは初めてだ。
高瀬は余程相馬に思い入れでもあったのか、あるいは昔からの知り合いか。入社時期も部署も違う二人に社内での接点はなかったはずだが。
「……馬鹿馬鹿しい。明日の時間は追って連絡します」
高瀬はそれだけ言うと会議室を出て行った。
動揺。混乱。緊張。不信。
高瀬は、私が相馬ではないと感じ取っている。だが、その事実を受け入れてはいない。そして、相馬ではない私が誰なのかわからないでいる。
ククッ、愉快だ。訊いてくれればいくらでも教えてやるのにな。
私にその時間が残されていれば、だが。
「リツ?」
「イオンは基本外出できませんが、リツはBS社に長期出張させられていたようですし、今日もいきなりお呼ばれですから特例ということでしょう? 屋外での反応を見てみたいのですよ。職員寮まで散歩できたら最高ですが、まあ、車の送迎でも良しとしましょう。構いませんか?」
「どうぞご自由に」
リツは今日中に戻って来るということか。
高瀬は私を見たまま視線を外さない。私の内側まで覗き込むような強い眼差しの奥に、不信、疑惑が揺れている。
生死のかかった切羽詰まった状況にあるのは私の方だというのに、なぜお前が怯える?
「ねえ高瀬さん。あなたは視力が悪いのですか? さっきからじっと見つめられて落ち着かないのですが。視力が悪いのでなければ他に理由でも?」
まるっきりリツが使ったのと同じ手だ。自分でもくだらないとは思ったが、高瀬の反応が見てみたくなった。
「……相馬さん。思わせぶりな態度をとるなら、もっと従順そうな顔でやってもらいたいものですね」
「こういう方がお好きでしょう?」
「好きですね、常に計算している人間は」
卓上に置いていた手を対面の高瀬に突然掴まれた。強く握る指先から怒りにも似た感情が漏れ出ている。
高瀬の顔が私の目の前に迫る。
「あなたは、誰だ?」
警戒と緊張。不安を押し隠して私を探っている。
「相馬です」
「相馬……」
私の笑顔は高瀬の神経を逆なでしたらしい。高瀬からは殺気すら滲み始めた。
「あなたは相馬を知らないようだ。相馬は、こんな下品なことはしない。相馬は人の心を盗み見るような真似はしない。相馬が私の目を見るなどありえない」
高瀬は嫌な笑い方をした。
「相馬は私に関わろうとしない。私が死ぬほど嫌いだったからな」
自慢するな。知っている。相馬の身体は覚えている。高瀬に掴まれた手から嫌悪が広がるのがわかる。
相馬はこいつに拷問でもされたことがあるのではないか? 笑えない冗談だ。
「高瀬さん、笠原の論文を読みましたね? それで魂の移植を信じたのですか。あれはアンドロイドの話でしょう。人間にも魂を移せるとお考えですか? 私が相馬ではないとでも? 今の私が相馬でない? この身体が別の何かに乗っ取られた? ……では、誰ですか。大村教授ですか?」
ククッ。お前の逡巡が顔に出ているぞ。魂には興味がなかったのではないか?
高瀬は現在の相馬にただ違和感を覚えただけで、魂の移植も全く信じていなかっただろう。わずかな疑義。そこに私は一本の道筋を示し、混乱へと誘導した。
どこにも嘘はない。だが、信じられなければ真実にはならない。
高瀬は迷っている。常識と非常識の間で、自分の勘を信じきれずにいる。
でも、自分を信じたいだろう? ならば現実を見る勇気はあるか?
相馬の身体が動くのを目の前で見れば、誰もが私を無条件に相馬だと認識した。疑念を持たれたのは初めてだ。
高瀬は余程相馬に思い入れでもあったのか、あるいは昔からの知り合いか。入社時期も部署も違う二人に社内での接点はなかったはずだが。
「……馬鹿馬鹿しい。明日の時間は追って連絡します」
高瀬はそれだけ言うと会議室を出て行った。
動揺。混乱。緊張。不信。
高瀬は、私が相馬ではないと感じ取っている。だが、その事実を受け入れてはいない。そして、相馬ではない私が誰なのかわからないでいる。
ククッ、愉快だ。訊いてくれればいくらでも教えてやるのにな。
私にその時間が残されていれば、だが。
2
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日当たりの良い借家には、花の精が憑いていました⁉︎
山碕田鶴
ライト文芸
大学生になった河西一郎が入居したボロ借家は、日当たり良好、広い庭、縁側が魅力だが、なぜか庭には黒衣のおかっぱ美少女と作業着姿の爽やかお兄さんたちが居ついていた。彼らを花の精だと説明する大家の孫、二宮誠。銀髪長身で綿毛タンポポのような超絶美形の青年は、花の精が現れた経緯を知っているようだが……。
(表紙絵/山碕田鶴)
神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた
黒崎隼人
ファンタジー
過労死した植物研究者が転生したのは、貧しい開拓村の少年アランだった。彼に与えられたのは、あらゆる植物を意のままに操る神スキル【絶対育成】だった。
そんな彼の元に、ある日、王都から追放されてきた「悪役令嬢」セラフィーナがやってくる。
「私があなたの知識となり、盾となりましょう。その代わり、この村を豊かにする力を貸してください」
前世の知識とチートスキルを持つ少年と、気高く理知的な元公爵令嬢。
二人が手を取り合った時、飢えた辺境の村は、やがて世界が羨む豊かで平和な楽園へと姿を変えていく。
辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
アララギ兄妹の現代怪異事件簿
鳥谷綾斗(とやあやと)
ホラー
「令和のお化け退治って、そんな感じなの?」
2020年、春。世界中が感染症の危機に晒されていた。
日本の高校生の工藤(くどう)直歩(なほ)は、ある日、弟の歩望(あゆむ)と動画を見ていると怪異に取り憑かれてしまった。
『ぱぱぱぱぱぱ』と鳴き続ける怪異は、どうにかして直歩の家に入り込もうとする。
直歩は同級生、塔(あららぎ)桃吾(とうご)にビデオ通話で助けを求める。
彼は高校生でありながら、心霊現象を調査し、怪異と対峙・退治する〈拝み屋〉だった。
どうにか除霊をお願いするが、感染症のせいで外出できない。
そこで桃吾はなんと〈オンライン除霊〉なるものを提案するが――彼の妹、李夢(りゆ)が反対する。
もしかしてこの兄妹、仲が悪い?
黒髪眼鏡の真面目系男子の高校生兄と最強最恐な武士系ガールの小学生妹が
『現代』にアップグレードした怪異と戦う、テンション高めライトホラー!!!
✧
表紙使用イラスト……シルエットメーカーさま、シルエットメーカー2さま
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる