182年の人生

山碕田鶴

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2039ー2043 相馬智律

67-(2/2)

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「あの、リツを職員寮に連れて行っても構いませんか?」
「リツ?」
「イオンは基本外出できませんが、リツはBS社に長期出張させられていたようですし、今日もいきなりお呼ばれですから特例ということでしょう? 屋外での反応を見てみたいのですよ。職員寮まで散歩できたら最高ですが、まあ、車の送迎でも良しとしましょう。構いませんか?」
「どうぞご自由に」

 リツは今日中に戻って来るということか。
 高瀬は私を見たまま視線を外さない。私の内側まで覗き込むような強い眼差しの奥に、不信、疑惑が揺れている。
 生死のかかった切羽詰まった状況にあるのは私の方だというのに、なぜお前がおびえる?

「ねえ高瀬さん。あなたは視力が悪いのですか? さっきからじっと見つめられて落ち着かないのですが。視力が悪いのでなければ他に理由でも?」

 まるっきりリツが使ったのと同じ手だ。自分でもくだらないとは思ったが、高瀬の反応が見てみたくなった。

「……相馬さん。思わせぶりな態度をとるなら、もっと従順そうな顔でやってもらいたいものですね」
「こういう方がお好きでしょう?」
「好きですね、常に計算している人間は」

 卓上に置いていた手を対面の高瀬に突然掴まれた。強く握る指先から怒りにも似た感情が漏れ出ている。
 高瀬の顔が私の目の前に迫る。

「あなたは、誰だ?」

 警戒と緊張。不安を押し隠して私を探っている。

「相馬です」
「相馬……」

 私の笑顔は高瀬の神経を逆なでしたらしい。高瀬からは殺気すら滲み始めた。

「あなたは相馬を知らないようだ。相馬は、こんな下品なことはしない。相馬は人の心を盗み見るような真似はしない。相馬が私の目を見るなどありえない」

 高瀬は嫌な笑い方をした。

「相馬は私に関わろうとしない。私が死ぬほど嫌いだったからな」

 自慢するな。知っている。相馬の身体は覚えている。高瀬に掴まれた手から嫌悪が広がるのがわかる。
 相馬はこいつに拷問でもされたことがあるのではないか? 笑えない冗談だ。

「高瀬さん、笠原の論文を読みましたね? それで魂の移植を信じたのですか。あれはアンドロイドの話でしょう。人間にも魂を移せるとお考えですか? 私が相馬ではないとでも? 今の私が相馬でない? この身体が別の何かに乗っ取られた? ……では、誰ですか。大村教授ですか?」

 ククッ。お前の逡巡が顔に出ているぞ。魂には興味がなかったのではないか?
 高瀬は現在の相馬にただ違和感を覚えただけで、魂の移植も全く信じていなかっただろう。わずかな疑義。そこに私は一本の道筋を示し、混乱へと誘導した。
 どこにも嘘はない。だが、信じられなければ真実にはならない。
 高瀬は迷っている。常識と非常識の間で、自分の勘を信じきれずにいる。
 でも、自分を信じたいだろう?  ならば現実を見る勇気はあるか?
 相馬の身体が動くのを目の前で見れば、誰もが私を無条件に相馬だと認識した。疑念を持たれたのは初めてだ。
 高瀬は余程相馬に思い入れでもあったのか、あるいは昔からの知り合いか。入社時期も部署も違う二人に社内での接点はなかったはずだが。

「……馬鹿馬鹿しい。明日の時間は追って連絡します」

 高瀬はそれだけ言うと会議室を出て行った。
 動揺。混乱。緊張。不信。
 高瀬は、私が相馬ではないと感じ取っている。だが、その事実を受け入れてはいない。そして、相馬ではない私が誰なのかわからないでいる。
 ククッ、愉快だ。訊いてくれればいくらでも教えてやるのにな。
 私にその時間が残されていれば、だが。



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