182年の人生

山碕田鶴

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2039ー2043 相馬智律

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 数日後、リツに迎えが来て、有無を言わさず本部に連れて行かれた。イオンの管理者である研究棟所長でさえ、止める権限はない。
 リツがいなくなる代わりに、車から統括本部長の高瀬が降りて来た。

「アポ無しの面会は困りますよ、高瀬さん。お茶菓子の用意がない。私のキャラメルでも食べますか?」
「結構」

 あからさまに嫌がっている。どこにも隙がなさそうなスーツ姿の男は、やはり甘党ではないらしい。
 完璧な営業用の笑顔と常に冷静で紳士的なふるまいができる最強スキルを持ちながら、高瀬は相馬に対してはいっさいサービスをしない。不機嫌さを見せていることに無自覚なのか。相馬なら許されるという甘えか。
 早川も相馬にだけは当たりがきつい。相馬は他人の悪感情を引き出しやすいのかもしれない。当の相馬は気にしなかっただろうが。
 高瀬を会議室に通す私をイオンたちが遠まきに見ていた。
 大丈夫だ。リツも無事帰って来る。
 念じれば通じるのは便利である。
 研究棟を離れたリツには、さすがに通じないだろう。だからリツには、ただ無事を祈った。
 会議室で二人きりになった途端、高瀬は溜息をついた。平静を装う割に、面倒で仕方がないという態度を隠そうとしない。私と関わりたくないのだろう。

「相馬さん、お元気そうで何よりです」
「おかげさまで。高瀬さんは楽しそうで何よりです」

 嫌味ですかと笑顔で返す高瀬はどこまでも紳士だ。その態度が嫌味だな。
 高瀬は背筋を伸ばすと、急に感情を消した。静かな笑顔が、本題に入ったことを告げている。

「相馬さんは現在ほぼ研究棟にお住まいのようですね。本部の決定で、すぐに引っ越していただくことになりました」
「引っ越し? どこへですか」
「ここへ。職員寮を引き払って、完全にこちらだけで生活するようにとのことです」
「軟禁、ですか?」
「つきましては、明日荷物を片づけに行っていただきたく、こちらで車を手配いたします」

 こちらからの質問は無しか。

「荷物はありません。行く必要はありませんよ。既にもう何年も職員寮には帰っていませんので」
「では、退去する部屋の確認だけして下さい」
「面倒です」
「そうですか。引っ越しの件、確かにお伝えしましたので。用件は以上です」

 どうしても職員寮まで行けというのだな。それは処刑宣告か? お前はわかって言っているのだろう?
 高瀬は私を見つめたまま、変わらぬ平静さを貫いている。国や軍との渉外担当は、さすがに常に冷静だな。私が研究報告のために本部へ行って話す時には、目を合わせてくれたことなど一度もないというのに。
 上層部の判断を私は知る由もないが、国家機密に触れた社員をNH社が守れるとは思えない。そもそも国内だけの問題で済まないことを本部は知らない可能性がある。私の他にNH社の社員で全て知っているのは高瀬だけだ。機密の内容まで上層部に話したら、全員消されて会社もBS社に吸収されかねないだろう。
 お前は一人で背負うのか? 一人でNH社を守る覚悟か?
 だから、私を消す手配をしに来たのか。
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